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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
12章 かけがえのない居場所
126/183

125.













 ハナズオウはがちがちな体で会場に足を踏み入れていた。ドレスから出る四肢は右手と右足が一緒に出ている典型的な緊張状態。


 それを遠くから見ていた俺は思わず笑ってしまった。

 周囲を見渡していた彼女と目が合う。彼女が俺の反応を見て目くじら立てて近寄ってきたので、近くのテーブルに配膳されていた飲料を手に取った。


「お嬢様。まずは一杯いかがです?」

「笑いましたね」

「まあまあ。ここは紳士淑女の場。そう怒ることもないでしょう」

「笑いましたよね!」

「紳士たる私がそんな粗末なことをするはずがありません」

「……何ですか。そんな口調でしたっけ。しばらく会わないうちに躾けられたんですか?」


 躾とくるか。

 でも面白そうだから続けてみよう。


「何をおっしゃいますやら。私は最初からこのような立ち振る舞いです。マリー女王陛下の近くにいる者として、当然の嗜み」

「気持ち悪」


 なんか久々だな、こういう扱い。

 最近だと俺は恐れられたり格上に見られたり。皆俺に期待ばっかしてるから、こういう雑なあしらいこそ落ち着く。


「過分なお言葉。もっと言ってくださって構いませんよ」

「うわ。どういう躾してるんですか、マリー様は」

「してないわよ」


 頭を軽く叩かれた。


 振り返ってみれば、赤いドレスに身を包んだマリーが立っている。今日の主役は誰よりも艶やかに着飾り、周囲の視線を独り占め。

 しかし、俺とハナズオウのやり取りを聞いていたのか、呆れ顔だ。


「これはね、そう簡単に変わらないわ。私が躾けられるわけないじゃない。いつも通りにふざけてるのよ」

「ですよね。安心しました」


 大きなため息。緊張も解けているようだ。

 緊張しいに安堵をお届け。

 俺の紳士度合いも上がってきたな。


 ハナズオウは自身のドレスの端を掴むと、優雅にお辞儀した。


「マリー女王陛下。このたびは女王就任一周年、おめでとうございます。息災のようで何よりでございます」

「ありがと。でも、そんな仰々しいのはいらないから。この場だって無礼講だし」

「……失礼ですが、私もお呼ばれしてしまってよろしかったのですか? この場にいる方々からすれば見劣りいたしますし、とりえと言えば霊装を有しているくらいですが」

「構わないわ。友人も呼んでいいって言われたもの」


 それこそ言葉の綾ってやつだと思うけどな。本当の友人じゃなくて、マリー女王としての格を高める誰かを呼べってことだったと思う。友軍的な。


 プリンツの別の意図を孕んだ言葉を聞いて、学園時代に一緒にいた人間全員を呼んだマリー。女王に就任して一年経った式典を同窓会に使おうなどとは、誰が思っただろうか。


「そっちにレドもいるわよ」

「え!」


 ハナズオウは即座に反応して、レドの姿を捉えた。


 端のテーブルで視線を気にせずに料理を口に運んでいる。口周りにソースがついたままがっついているから、周りから遠巻きにされている。

 討伐隊つながりで一緒に来たライは呆れた顔でそれを見守っていた。


「ワイルドなところも素敵」


 ぞっこん過ぎだろ。


 ハナズオウはマリーに再度お辞儀をして、レドの方に向かっていった。


 彼女も学園を卒業した。

 進路は討伐隊を選んだそうだ。


 討伐隊基地は辺境の地にあって、隊員はなかなか王都に帰っては来れない。レドもその例に漏れない。ましてやハナズオウ自身も学園の生徒だし、レドとは中々会えずにやきもきしていた。

 そんな背景があったとしても、じゃあ私も討伐隊に入ろう、とは、豪胆な子である。


「お招きいただきましてありがとうございます、マリー様」


 今度は着飾ったザクロが顔を見せる。

 彼も彼で、ここ数年で女性らしい顔つきから、精悍な男のものへと変化している。四聖剣という華々しい肩書もあって、淑女たちの視線を一手に集めている。


「誰も彼も堅苦しいわね。普段通りでいいのに」

「あはは。ごめんね。一応、公の場だからカッコつけちゃった」


 ザクロはすぐに相好を崩す。

 笑うとまだ幼さが残っている。そういうところもモテる要因だろう。


「リンク君も久しぶり」

「おまえとは式典とかで会ってるからな。そこまで久しぶりって感じはしないな」

「こうやって面と向かって話すのは久々でしょ。どう、最近」

「元気にやってるよ。おまえもレフとは上手くやってるのか」

「もう少し休みがほしいってぼやいてるよ」

「あの子のサボリがちを直してくれたら考えるわ」


 マリーは鼻を鳴らした。


 あいつ、気が付いたら廊下で延々と立ち話してるからな。王城に知り合いが出来過ぎている。コミュニケーション能力が高すぎるのも困ったものだ。


「えっと、じゃあ今も?」

「長い長いトイレよ。アイビーが探しに行くくらいのね」


 マリーが眉をしかめると、ザクロは楽しそうに笑った。


「なんだ、全然変わらないね」

「少し躾けてあげて」

「僕にできることがあればね。でも、レフは変わらないよ。君たちと一緒」

「一緒かあ」


 まあそうだよな。人ってそう簡単に変わらないものな。


 じゃあまた後で、とザクロは去っていく。


 入れ替わってやってきたのはシレネだった。漆黒のドレスと纏いながら、二本の指を立てて満面の笑み。


「マリーちゃんやっほ! おひさ~。どう最近? 元気してるう?」

「え。え。誰?」

「どこからどう見たってシレネちゃんじゃーん。ひどいよマリーちゃん」

「え。何があったの? こわ」

「砕けた感じで話しかけてみたのですが、いかがですか?」


 いたずらに成功した子供のように笑っている。

 マリーはむすっとした顔になる。


「私は堅苦しいって言ったの。いつも通りに話しかけてって意味でしょ。何よそのキャラ」

「失礼いたしました。マリー女王陛下のご意向をくみ取ったつもりなのですが」

「あのね、そういうおふざけは、これで間に合ってるの。あんたには望んでないから」


 これは頷いた。

 仕事で忙しいマリーを労わるために様々な方法を試したのは記憶に新しい。


「あら。思考が似てしまいましたわ」


 悪びれる様子もなくシレネは口に手を当てる。その際、青い指輪が目に入った。


「……」


 マリーの目が線になる。

 同じものを俺もつけてるもんな。


「そうも堂々とされると、なんて言っていいかわからないわね」

「では、女王様公認ということで」

「なんでよ!」


 マリーは柳眉を逆立てて俺を見た。


「今度指輪買いに行くから。赤いやつ。左手の薬指にはめるのよ。あんたと私で」

「……暴動が起きるぞ」

「構わないわよ。かかってきなさい」


 顔を赤く染めたマリー。これ以上の暴走はまずい。

 俺は視線でシレネに下がるよう促した。


「主役であるマリー様をこれ以上拘束するわけには行きませんわね。これで私はお暇いたしますわ」

「なに、勝ち逃げするの?」

「勝てているのならどんなに良かったか。私にはこれだけなのです。どうせなら、指輪と女王のポジション、交換しません? そこの護衛が欲しいですわ」


 シレネは相変わらずうまいな。

 下手になったことで、マリーの顔が落ち着きを取り戻した。


「そうよね。ずっと一緒にいるのは私の方だもんね。ごめんなさいね、独占しちゃって。可哀想だから指輪くらいは許してあげるわ」

「やっぱり女王様公認ですわ。すわすわ」

「あ」


 マリーが文句を言う前に、シレネは去っていた。


「……勝てないわ」


 まあ、二人は種目が違うからな。



 シレネも合流したことで、気が付くと、学園でいつも一緒にいた面子が一つのテーブルに集まっている。


 俺たちも合流したいところだが、マリーの下には挨拶を希望する貴族各位が列を成していた。


 ここで彼女が成長したのは、一刻も早く皆のテーブルに向かいたいだろうに、額の青筋を押さえて笑顔で対応したことだ。昔だったら『うるさい』とか言って皆のところに駆け出しそうだったのに。


「すっかり女王様だね」


 アイビーが近くにやってきていた。レフの首根っこを掴んでいる。


「それは?」

「これはね、マリーのお色直しとか来場者への会場の案内とか色々と仕事がある中、トイレ前の廊下で侍従と延々と世間話をしていたやつ」

「名前を呼んでください……」


 げんなりとしているレフ。

 アイビーから理路整然とお説教を喰らったのだろう。


 俺たちも協力して、マリー周りのお客を捌いていく。

 ようやく来場者が落ち着いてきて、歓談の時間となる。皆のところにやってくることができた。


「疲れた」


 マリーとレフが大きなため息をついた。


「パーティはまだ終わっていないんだから、油断をするな」

「少しくらいいじゃない。こっちはずっと気を張り詰めていたんだから」

「あはは。ホント、変わらないね二人とも」


 ザクロが俺とマリーのやり取りを見て、笑顔を見せた。


「なんかさ、二人ともきっちりとした格好して、しっかりと対応していたけど、根っこは変わらないんだなって」

「そりゃあ、人はそう簡単に変わらないだろ」


 劇的なことが起こらない限り。

 そして劇的なことは、起こらないから劇的なのだ。


「相変わらずわかったような口ぶりだな」


 レドは口いっぱいに料理を詰め込みながら、俺のことを睨みつけてくる。

 こいつ、ずっと喰ってるな。


「そんなに腹減ってるのか」

「討伐隊基地の飯はまずい」

「そうか……。いっぱい食えよ」

「大丈夫です、レド様。これからは私がレド様のために手料理を作って差し上げます。私、こう見えて料理が得意なんです」


 ハナズオウが笑顔。

 レドは困惑顔。


「よく討伐隊選んだよな。あそこの衛生環境はなかなか大変だぞ」

「だって、会えなくて寂しかったんですもの」


 人によっては重いかもしれない言動。しかし、レドは「そうか」なんて軽い反応してるから、意外と二人は吊り合ってるのかもしれない。


「討伐隊の様子はどうだ?」


 一応、仕事の話も振ってみる。しかしレドは食事中なので、ライが答えてくれた。


「問題はないと思うわ。訓練も続けているから、基本的に隊員は一対一で魔物を倒すことができてる。はぐれ魔物くらいならもう見かけた個人が狩ってるわ」

「そうか。それは進歩だな」


 前回はほとんどの人間が魔物から逃げ出すだけで、何もできていなかった。あれに対して対抗出来ているだけで十分。


 欲を言えば、一対一で満足はしてほしくないけどな。

 一人で何十匹を相手どらないといけなくなる場面も存在しているのだ。努力をやめてはいけない。


 まあ、それはおいおい。


「レドも強くなったのか?」

「今ならおまえを倒せる。なまったおまえ相手なら、イチコロだ」


 ぎらりと目を光らせる戦闘狂。

 俺は肩を竦めた。


「冗談。俺は味方と剣を交わらせる趣味はない」

「卑怯者め」


 そうは言われても。


 なんだかんだ、やっぱり気の知れた相手との会話は楽しかった。

 今まで感じたことがなかったが、ここが俺の居場所なのかもしれない。俺がいてもいい場所なのかもしれない。前回では思いもしなかった。


 そう思ったのがなんとなくおかしくて、笑ってしまった。

 だからこの場所を守っていきたいんだ。



 宴も闌。

 パーティもお開きを迎えようというタイミング。退出者もまばらに出てきたところで、俺は会場の端で蹲っているスカビオサを見つけた。


「おい、大丈夫か」

「……リンク」


 青い顔で振り返ってくる。

 手には会場で用意された酒のグラスが握られている。


「こんなになるまでどうした。酒の飲み方も知らないのか」

「……初めて飲んだ」

「なんで今なんだよ」


 呆れながらも、俺は水の入ったグラスを手に取って彼女に手渡した。一気飲みするが、まだ気分が悪そうだ。


「ほら、立てるか。外に行くと少しは気分がよくなるぞ」

「そういうもの?」

「そういうものだ。風に当たれ」


 彼女に肩を貸して、バルコニーへ。

 静かな風に打たれていると、スカビオサの顔も段々と平素なものへと戻っていった。


「……ありがと」

「まあいいけどさ。どうした。浮かれて飲むなんて、そんなタイプじゃないだろ」

「……浮かれてなんか、ない」


 声は低い。

 何かを押し殺しているように見受けられる。

 元々感情が表に出るタイプではなかったが、ここまでひどくはなかった。

 何か悩みでもあるのだろうか。


「逆に俺たちが浮かれすぎってか? まあ、そう見えなくもないけど、大丈夫だ。まだ四年もある。焦る状況じゃない。今は一歩ずつ足を踏み出す段階だ。走り出した矢先に転ぶなんて、それはカッコ悪いだろう?」

「……大丈夫なんだね」


 更に顔が青くなる。

 なんだこいつ。


「不満があるなら言ってくれ。アイビーを自由にさせ過ぎているか? もっと討伐隊の訓練を焦らせた方がいいか? マリーの政策をもう少し早く進めるか?」

「いらない!」


 突然の大声。

 叫んだ本人も自分の声に驚いたようで、「ごめん」と即座に謝ってきた。


 流石にやばい。

 スカビオサの精神状態がまずい。


「……本気でどうした」

「もう、何もしないで」


 スカビオサは顔を上げた。

 暗い瞳だった。


「これ以上、何もしないで。貴方は私にとって眩しすぎる」

「……俺が? 眩しい? こんな日陰者を指して何を言ってるんだ」

「やめてよ。これ以上うまくいかないで。私を否定しないで」


 スカビオサは顔を覆ってしまう。

 その表情も感情も背景も、うかがい知れない。


「――生き残った人間の総数で、この世界はリセットされる。人類が数を減らせば、もう一度やり直せる。そうだったよね」

「そうだけど……」

「そうだよね、そうだよね」


 スカビオサはふらふらとした足取りで、俺から離れていった。

 何か声をかけなければまずいと思いながらも、言葉は何も思いつかなかった。


 俺がスカビオサを否定? 確かに俺はアイビーについて嘘をついている。けれど、それに気づいて咎める言い方ではなかった。

 十全な現状、何が気に食わないんだ。


「……まずいですね」


 背後から声。


「うわっ」気づけなくて肩を大きく揺らしてしまった。

 それくらい、スカビオサの言動に意識を向けていた。


「なんだ、マーガレットか」

「何故かは知りませんが、大分弱っている様子。このままでは何をするかわかりませんね」


 スカビオサとは対照的に、彼女は慣れた様子でグラスの中の酒を煽っている。顔色は変わらず、目は理知的だった。


「私が後を追い掛けます。少し話をしてみますよ。貴方はこのまま別行動を」

「任せていいのか」

「貴方よりはうまくやりますよ。ここまで来て失敗なんてしたくありません。とりあえずは彼女のメンタルケアが最優先です。彼女抜きで魔物を退けるなんて、できようもありません」

「そうだな」


 いつになく頼もしい。

 マーガレットもうまく誘導してあげれば、ここまで優秀に見えるのか。

 流石に失礼か。こいつもアイビーに認められたから、トキノオリの中を彷徨ってるわけだし。


「では。

 ……ああ、そういえば、一つ言おうと思ってきたんです。ここまでお疲れさまでした。褒めてあげます。よく頑張りました。聖女として御礼を申し上げます」

「随分と上からだな」

「まあ、名ばかりとはいえ聖女ですから。努力には報いなければなりません。貴方が頑張ってここまで下地をくみ上げてきたこと、尊敬します。ここまで来れたのは初めて。私にもスカビオサにもできなかったことです」


 もしかして、スカビオサは自分にできなかったことを俺がやったから、プライドを傷つけられた?

 あるいは、このまま物事が進むことによって、今までヒトという記号だったものが人間となり、殺人が現実味を帯びてしまうことに耐え切れないか。


「……」


 アイビーはスカビオサの分まで十字架を背負おうとしているのに、本人がそんなつもりでどうする。


 残酷な言い方だが、そればかりは乗り越えてもらうしかないように思える。

 そんな意見が出せるのも、スカビオサの気持ちを理解できていないから――俺の手がまだ汚れていないからだろうか。


 考えたってしょうがない。

 俺は眼前のマーガレットに視線を向け直す。


「おまえにも感謝してるよ、マーガレット。色々あったけど、ありがとうな。おまえのおかげで人類はまとまりを見せている」

「貴方に褒められると悪い気はしませんね」

「なら良かった。このまま、ここですべてを終わらせるぞ。次があるなんて考えるなよ」

「当然です。今が一番ゴールに近い。やりますよ」


 スカビオサとは対照的に、マーガレットの意欲は高い。

 空回りしないことだけ祈りつつ、スカビオサのケアを頼んだ。


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[一言] まぁ自分で百回やってもできないことを1回だけで出来た人が目の前に現れたら...
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