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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
12章 かけがえのない居場所
124/183

123.











 マリーは本気だった。

 本気で俺に休みを取らせることをしなかった。いや、取らせる余裕もなかったというのが正しいか。


 彼女の仕事は多かった。早々に抜け出したことでロイから長い説教と山の様な仕事を与えられたこともあった。プリンツの助力もあったが、女王就任に必要な書類は多く、中々俺も手を離すことができなかった。


 ようやく休みがとれた時には、マリー女王の誕生からそれなりの時間が経った後だった。


「そうですわよね。リンク様にとっては、私なんかどうでもよい存在ですものね。マリー女王様と比べれば雲泥の差ですわわ」


 だから、シレネに会ったとき、彼女はふさぎ込んでしまっていた。

 申し訳なく思う。


 まあ、そういう演技なんだろうけど。


「悪かったって。それに、会えてなかったわけではないだろ。四聖剣として、騎士団員として、仕事とはいえよく会っていたじゃないか」

「それとこれとは話が別ですわ。公私混同良くないですわ」


 カフェの一席で、痴話喧嘩のようなやり取り。

 目は笑いながらも口を尖らせているのがシレネらしい。


 シレネは四聖剣として有名だし、その相貌もあって、人目を引いた。街中を歩いていると、声をかけられることが多々あった。彼女はらしい微笑みを向けて、うまくいなしていた。


 驚いたのは、時折俺にも声がかけられることだった。


 女王の傍にいる変な奴。

 実際、そんな認識だったが、知っている人は知っているらしい。マリーが好意的に受け止められている現状、隣にいる俺も好意的に受け取ってもらえていた。


 そういった背景もあって、今も店の方からサービスの甘味があった。有難く舌鼓を打ちつつ、対面の美女の愚痴を聞く。


「聞いてます?」

「聞いてるよ」

「そう言って、貴方はなんでも煙に撒きますのね」


 呆れた吐息。

 美女と美味しい甘味を食す。最高の休日じゃないか。人生、こうあるべきだ。


「あの結末、どこから考えていたんですの?」


 会話は選挙の話に移っていた。

 彼女も現場にいたから何があったかは知っている。わからないのは、どうしてそうなったのか。


「最初からさ。強いて言うなら、プリンツが学園に来た時からかな」

「そこで彼の底を知ったんですか?」

「そうじゃない。そんなに殺伐とした話じゃないよ。俺のことを良い具合に恐れてくれるな、と思ったんだ。彼は頭がいい。マリーの生存が俺の主導によるものだと理解した。色んなちょっかいを俺が退けたことを知っている。

 だから、上手く嵌まると確信したよ。成功体験は人を前向きにする。逆に、失敗体験は人を後ろ向きにする。一回も上手くいっていないのに今回だけ上手くいくなんて、彼には思えなかっただろうよ。普通、今回も負けると思って、リスク管理に走る。その通りになったんだ」


 彼はなんで転んでしまうのか、理由を知った。

 けれど、どうやって上手く走るのか、それはついぞわからないままだった。


 だから逃げ道を教えてあげた。転ぶのが嫌なら走らなければいいだけだと。


「少し唆せば、あいつが降りることに確信があった」

「流石ですわね。話を聞けば納得できますわ。特に彼はお兄さんが大好きですから」

「兄を負けさせたくないという思いも、彼が開票に臨めなかった要因だ」

「よく人を見ていますわ。貴方の策はいつも的を得ている。その目をもっとプライベートで活かせればいいのに」

「善処しますわ」

「馬鹿にしてます?」


 ジト目で睨まれてしまえば、苦笑いするしかない。


「ま、選挙についてはそんな感じだ。投票の結果で勝てと言われたら、難しかっただろうけどな。その前で終わらせる方で考えていたから特に問題はなかった」

「そうですわよね。貴方は一人で何とかしてしまえる。では、私が騎士団員をまとめたことに意味はなかったと?」


 シレネの目が細められる。

 不満が見える。

 私にお願いした意味はあったの? と少し不機嫌。


「大いにあったに決まってるだろ。もしも大勢があちらに傾いていたら、プリンツだってあの判断はしなかった。あれは俺たちが余裕を持っている、そう思わせられたから成り立ったんだ。俺たちが優位になる土壌は必要だった。シレネは良く尽力してくれたよ」

「ふむ」

「俺がトイレに行ったとき、騎士団員はついてきはしたが、余計なことはしなかった。個室に誰もいないことの確認はしなかった。シレネが裏で手を回してくれたおかげだろ」


 邪魔してくれても良かったけど、言わないのはご愛敬。


「この結果は俺だけのものじゃない。おまえを含め、全員が動いてくれたから成し遂げられたんだ。ありがとう」

「それがわかっているのなら、ヨシですわ」


 シレネは笑顔で合格を出してくれた。


 実際、彼女は騎士団をまとめ上げたらしいのだから底が知れない。


「何人かの騎士団員には王子たちから誘いがありましたの。手を貸せば、それなりの地位を約束すると言われたらしいですわ。彼らは負けるのだから、そんなことはあり得ないと教えてあげましたの」

「シレネさんには頭が上がりませんよ」

「キーリとかいう人が絡んできましたが、あしらっておきましたわ。『マリー様のために私がやるんだ』と訴えてきたのですが、貴方の差し金でしたか?」

「いや、ただの善意だよ。同じ方向を向いてはいたんだから、あんまり無下にしてやるな。にしても、流石だな」


 キーリとシレネ、味方内での争いはシレネに軍配が上がったか。どっちもマリーのために動いてくれたんだから、勝敗に関係なく嬉しい限りだ。


「私は意外と人に信用されるもので」


 外面は完璧だからな。

 なんて。

 内面も素敵ですよ。


「では、行きましょうか」


 飲み物も食べ物もなくなったのを見て、シレネが立ち上がる。


「どこへ?」

「買い物に付き合ってほしいと言ったではありませんか」

「ああ、そういえば」


 騎士団を取りまとめるのと引き換えにとお願いされていた。


 二人して店を出る。

 シレネが手を引いて俺を案内したのは、装飾店だった。入店すると、それなりの金額の指輪、ネックレス等々が並んでいる。


 シレネもお年頃。身に着ける装飾品の一つでもほしいんだな。

 彼女だって頑張ってくれた。今日だって、こんな俺とのデートの約束を楽しみにしてくれていた。


 そんな彼女に報いなければならない。

 持ってくれよ、俺の財布!


 薄い財布を片手に、不退転の思いを胸に気張った俺。

 シレネはそんな俺の右手を取ると、薬指に何かをはめ込んだ。


「うーん。やっぱりリンク様には青色が似合いますね」


 指輪が俺の指には嵌められていた。


「私にはどれが似合うと思いますか? 選んでくださいな」


 あれ、ハメられている?


「なんだこれ」

「何って、指輪ですわ」

「指輪がどうして必要なんだ?」

「お互いに相手のものを買って、交換するのです」

「どうしてそんなことを?」

「リンク様の選んでくれた指輪を嵌めたいのですわ」

「その真意を知りたいんだけど。噛み合っていないような気がする」

「噛み合わせていませんもの」


 うーん、俺みたいなことを言う。

 シレネは困惑する俺の顔を見て、けらけらと笑った。


「そんなに構えないでくださいな。本当に、他意はないのです。ただ、貴方からこういうものをもらいたかったのですわ。身に着けているだけで貴方を感じられる何かが欲しかったのです」


 くすくすと笑って、


「貴方はこういうの、好きではありませんわよね。別に、貴方にもつけてほしいというわけではありません」


 シレネは俺の指から指輪を抜こうとする。


 この子も大概、嘘つきだな。

 本当は俺にも身に着けてほしいくせに。

 流石にそんな思いを無下にする程俺も朴念仁ではない。


「わかった。もらうよ」


 俺は手を握りしめて、指輪が外れないようにする。右手の薬指に、青の宝石の入った細身の指輪が乗せられた。


 シレネはそれを見て、にっこりと微笑んだ。


「よく似合っていますわ」

「絶世の美女が選んだんだから当然だろ」

「では、その絶世の美女に似合うのはどれになりますか?」


 むず。

 指輪についた宝石。それがどんな意味を持つのかはわからない。とりあえず色だ。色で決めよう。


 赤……は、ダメな気がする。他に連想する女王がいる。

 白……も、脱色した髪の色に見えるな。誰かのイメージだ。

 金……は、俺が嫌だ。魔王のトラウマがある。


 意外と難しいな。シレネの髪の色になぞらえるのなら黒なんだけど、それは少し違う気がする。似合うか似合わないかでいえば、後者に見える。


 俺は自分の指に嵌まった青色の指輪を見つめる。

 これも、シレネに似合いそうだよな。


「じゃあ、同じので」


 俺は自分に嵌まっているのと同じものを選んで、手に取った。俺と同じところ、右手の薬指。シレネの細い指に差し込んでいく。青色の指輪は、落ち着いた彼女によく似合っていた。


「いいんですか、同じので」

「おまえと俺は似ているからな。同じ色がよく似合う」

「噂されてしまいますよ」

「……、まあ、今更だろ」

「今の間はなんですか」

「俺はどうでもいいけど、シレネは嫌だろうな、と思って」

「はあ。まだそんなことを言ってるんですか。では、これを自慢して回りましょうか。貴方と腕を組んで、たまに接吻をして、満面の笑みで王都を回るのです。私は一向に構いませんわ」

「そう言われると嫌だな」


 不特定多数に自慢して回るのは違う気がする。

 まあそもそも、俺が誰かの隣にいることに違和感があるんだけど。


 今更か。

 そういう後ろ向きな考えはやめよう。

 俺は色々と持っている男。


 前向きに、


「マリーやアイビーに殺されそうだからやめてください」

「カッコ悪いですわ」

「俺が格好良かった試しなんかない」

「そういうことにしておきましょう」


 流された。

 俺の扱いも堂に入っている。


 シレネは自分の指を見つめた。白くて細い指の上に、青色の輝きが乗っかっている。


「嬉しい」


 派手過ぎない輝きは、シレネのようでもあった。

 青空のように広大で、海のように穏やかで。

 彼女らしい、色だった。


「ありがとうございます。大切にしますわ」

「俺も大切にするよ」


 今後いらぬ波乱を巻き起こしそうな気がするが、今は置いておこう。


 自分の指と俺の指を交互に見てにやにやしているシレネが、彼女らしくなく子供っぽくて。

 とっても可愛らしかったから。

 

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[一言] やはり指輪...w
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