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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
11章 紅の女王
118/183

118.










 その日の王都はお祭り騒ぎ。あるいは、乱痴気騒ぎだった。


 王が決まる大切な期間なのだ。それも当然か。


 マリーとロイ、二人の王候補が対立していることを知らない人間はいない。しかし、ここまで表だって決着をつけるとは思われていなかった。王城でお偉いさんたちが話し合い、水面下で決定し、王となったものが国民の前に姿を見せるものだと思っていた。


 王を決める――その権利が自分たちにもある。

 そんな一大イベント、騒がないわけにはいられない。


 しかし、盛り上がりも一長一短だ。


 王都の主道には多くの露店が立ち並び、行き交う人たちは飲み食い、経済効果も生まれている。熱心に政治論を議論して、こうなればいいなあと楽しそうに理想を口にしあっている。


 反面、どちらに投票するかで頻繁に喧嘩が起こっていた。マリー派とロイ派で口論が生まれ、殴り合いにまで発展することも少なくない。騎士団員が行ったり来たり、とても忙しそうだった。


 そんな中、マリーは民衆の前に顔を出して、笑顔を向ける。


 馬車の荷台の上に備えられた物見台の上では、沢山の国民の顔を覗くことができた。

 マリーが笑顔で手を振るたびに、歓声が巻き起こる。


 誰も味方がいなかった頃から考えると、こうして歓喜の表情を向けられていることに感慨を覚えるな。


 マリーが国民の心を掴んだのは、四点。

 一、前王の霊装を受け継いだ正統な王であるということ。

 一、中、小貴族と、庶民に対しての後ろ盾になり、公平化を計ろうとしていること。

 一、霊装の力を国が管理し、来たるべき時に備えること。

 一、聖女様の予言によって指名された、未来を作る王女だということ。


 だからか、今周りにいる人たちは身分がそこまで高くない人が中心だ。未来に希望を持った目をしている。


 反対に、ロイの強みは、

 一、正式な王妃の腹から産まれた王位継承者であるということ。

 一、今まで通り、有力貴族を中心とした政治を行う事。

 一、霊装使いの処遇を見直し、霊装中心の社会を是正すること。


 全部、逆なわけだ。

 人の立場によってどちらがいいかは異なっている。


 王、貴族、霊装。

 この世の根幹を担う多くがやり玉に挙げられ、自分は何を大事に思い、何を不満に思っているか、国民自ら自問自答する機会でもある。


 霊装という偶然に手元にやってくるものに人生を狂わされた者は多い。そんなものに人生を預けたくないという意見もある。

 よりよい生活を求めれば、どこかの貴族の加護を受けないといけない現状に文句のある人もいる。実力は確かなのに、下らない一言でその場に留まることになることもある。

 貴族社会は嫌だし、霊装社会も嫌だ。どっちも不満だという意見も出ている。


 多くの意見が飛び交って、今のところ、どちらが優勢かは見て取れない。


 俺たちを乗せた馬車は、王都を一周していく。


 ふと、マリーの目が固定された。

 何を見ているのかと思えば、ぼろぼろの建築物だった。


「あそこ、前に住んでいたところなのよ」


 王都の外周部。あまり治安がよろしくないところだった。今は人が住んでいるようには見えず、解体されることもなくただもの悲しくそこに佇んでいた。


「思えば遠くまで来たものね」


 感慨深そうに呟く王女様。

 成り上がりという意味では、まさしくそうだろう。


 マリーがいたのは本当に底。浅い眠りの中で暗殺者の訪問に応える日々。学園に入っても、話す相手すらいなくて、ただただ死だけが望まれている日常。


 それでも、這い上がってきた。底から頂点へ。歯を食いしばって生きてここまで来た。


 それがいいことかどうかは俺には判断できないけれど。

 今笑えているのなら、きっと良いことなんだろう。


「私が王になったら、母さんは喜ぶのかな」

「さあな。でも、おまえが生きていることに関しては、間違いなく喜んでくれてるよ」

「そう。そうなら、いいな」


 マリーは一度顔を伏せて、再び国民に笑顔を向けた。

 それはまさしく、慈愛のこもった国母の笑みだった。



 ◇



 投票が始まった。

 会場には列が並び、一人一人が候補者を選んで投票していく。


 そんな中、ロイとマリー、二人の候補者が何をするかと言えば、何もしないをしていた。


 王候補が会場に行ったのは最初だけだった。マリーが霊装を使用して立ち並ぶ国民に意志を確認して、一言二言演説をして、それだけ。

 二人が会場に常駐してしまっては、国民を委縮させてしまう。それこそ余計な意志が介在する。今はここで何もしないことが仕事なのだ。


 王の謁見の間が待機場。

 何かがあればすぐに出られるようにして、結果を待つ。


 マリーはこれ見よがしに王座に座った。「少なくとも今は私のものでしょう? 戴冠式にはあんたもいたんだから、文句もないわよね?」とロイを煽っていた。

 ロイはロイで、用意された椅子に座ることはなかった。「私がこれより先に座るのは、その王座以外ありえない」傲岸に傲慢に、その場に立つことになった。


 似た者兄妹じゃねえかよ。


 そして俺もこの場に同席している。


 何故かと言えば、プリンツの方から強い打診があったからだ。リンクはこの場に残る様にと。

 同様に、俺もマリーを介してプリンツにこの場にいてもらうよう進言させたが、その必要はなかったようだ。彼は俺を注視している。今も俺の動向を逐一窺うように睨みつけている。


 その他、俺たちはアイビーを近くに置いて、王子は腹心である護衛を数人置いて、見張りの騎士団員が数名。総勢十数名で待機中。


「暇よ」


 そんな中でも、マリーは平常運転。

 つまらなそうに口を尖らせる。


「リンク、何か面白い話して」

「えっと、それじゃあ学園内であった話を少々。可愛い女の子がやってきて、浮気やら接吻やらで教室内を滅茶苦茶にした話を――」


 話し出すと、プリンツから横やりが入った。


「マリー王女につきましては、お話がお好きなご様子ですね。それでは普通の女の子と変わりない。緊張感がないのは王としてどうかしら」

「そうね。貴方と違って、私は王だもんね。私は王らしく威厳を持っておくわ」


 マリーは嬉しそうに口を閉じた。

 彼女にとっては十分面白い話――いや、反応だったらしく、満足げに椅子に座り直した。


 これで一応、プリンツがこの話を聞かれたくないものとして扱っていることがわかったな。兄にも詳細は言っていないのかもしれない。


 プリンツに睨まれることになったが、別にいいや。どうせ好感度は最底辺だろうし。


「のんきなことだ」


 ロイに鼻で笑われた。


「ええ。本当にのんきなことよね」

「貴様に言ってるんだ」

「え? さっきの話の登場人物にじゃなくて?」

「何を言っている」

「え? わざわざ学園に入り込んで楽しんだやつのことじゃなくて?」

「言葉が通じんな」


 ロイが大きなため息をつく横で、プリンツが青くなっている。


 マリーは楽しそうに俺に笑いかけてきた。

 本当に普段と変わらないな。緊張を紛らわそうとして――いや、違うな。この子はこういう子だ。緊張感がある場所でこそ笑える子なのだ。


 再び無言の時が流れる。

 マリーじゃないが、確かに暇だな。

 時間中はここから出るなという話になったし、やることがない。


「トイレに行きたいのですが」


 手を挙げると、王子二人から睨まれた。王が王なら側近も側近だな、そんな顔。


「何か考えてる?」


 プリンツは俺のことを相当警戒しているようだった。

 あれだけ言ったのだから、当然ともいえる。


「何か、って何をですか?」

「この選挙で私たちを出し抜く方法をよ」

「俺みたいな小市民にできることはありませんよ」


 軽薄に笑い返すが、信じてはもらえてはいなさそうだ。


「それとも、一緒に来ますか?」

「……五分。それを超えたら、貴方が何かをしたとみなすわ」

「はあ。わかりました」


 五分か。

 長いな。 


 王子が選出した見知らぬ騎士団員に連れられて、トイレへとやってくる。流石に個室までは入ってこなかった。


 ――さて。

 用を足すか。

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