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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
11章 紅の女王
117/183

117.














「投票権は王都に戸籍を持つ国民全員に与える」

「構わないわ。ただ、地方はどうするの?」


「住民の管理ができていない。正確な人数を絞れない以上、採択するべきではない」

「そうね。こちらも代替案が出せるわけでもないし。王都の戸籍に照合して、投票を行えるということにしましょう」


「同人物の二重投票、組織でまとまっての集団投票は不可能とする。集計はあくまで個人として投票場に入り、投票を行った者に限る」

「投票事務にあたる人間の公平性はどこでとるの?」


「投票は権力武力に屈してはならない。騎士団員に依頼をかける予定だ。そこから貴様と私で一定の人数を選定する。交互に同人数を選出することで公平性を保つ」

「配置場所も同様にして。どこに人を配置するかも、私と貴方で順番に決めるのよ。投票用紙、投票箱の管理も貴方と私が決めた事務員に行わせる」


「わかっている。投票箱、投票用紙、会場での案内、それぞれ人員と配置場所を互いに確認を取ることにする。後から不正があったと掘り下げられても敵わんし、貴様の陣営には悪知恵の働く者がいるからな」

「お互い様でしょう。加えて、大臣各位の待機場所も明確に規定するわ。脅迫まがいなことをされるのは貴方にとっても本意ではないでしょう? その間、決められた場所に留まってもらう」


「綿密なことだ。いいだろう。一定の権力を有する者の外出を禁ずる。それは我々も同様だ」

「いいわ。大臣や高位貴族あたりね」


「投票期限は三日としよう。その間に投票箱に入れられた投票のみが効力を有する」

「入れ替えなどが行われないように、箱には互いに証拠を残すことね。開催期間についても互いの承諾を得ること。その間、大きな催しを行わない」


「承知した。案はこちらが出そう」

「了解。一点、私から提案。私の霊装ティアクラウンの力を使って、違法行為を咎める言葉を発したいわ」


「……私の霊装、か」

「なに?」


「いや、何も。具体的には何を言うつもりだ?」

「『自分の意志と反する投票をする予定の場合、投票を取りやめて帰宅すること』なんてどう? 明日にはなくなる権力のせいで人生を捻じ曲げられたんじゃ、国民が可哀想よ」


「何を警戒しているんだか」

「じゃあ構わないわね」


「ああ、その代わり、それ以外の言葉を発した場合、貴様を女王として不適格とする。私的に王の力を使用したとして、その立場を追われることになると思え」

「例外を認めて。例えば会場が混乱に陥って統制が必要となった場合など、私の霊装の力が必要だと考えられた際には、霊装の使用は今の条件に当てはまらないとすること」


「そんなことは起こりえない」

「じゃあ、選挙関連で起きた問題の責任は貴方がとってね。何か予定外のことが起こり、その収拾がつかなくなった場合、貴方が全責任を負うのよ」


「極論が過ぎる。何かを起こすつもりか?」

「私は王として、十全に物事を進める責任がある。貴方にその責任があるかどうかを聞いているのよ」


「まあいいだろう。では、霊装の使用可否の判断は私がする。発する言葉も同様だ。私が決める」

「わかったわ。文章に残しておいてね」


「一点勘違いしないでもらいたい。責任問題をここで議論することはない。それこそ、例外だ。貴様が混乱を意図的に犯し、自分に有利な行動をさせないとも限らない。騒動が起こり、犯人を拿捕した際には、主犯の名を挙げさせろ。その場合、霊装を使っても構わない」

「わかったわ。騎士団員がわざと逃がすようなことがあれば、逃がした人間の意図も問い詰めるわよ」

「構わん」


 会議は続く。

 詳細まで、互いに隙を見せないように、言葉は紡がれていく。文官を添えての二人の会議は夜遅くまでかかった。


 議事録が書き連ねられ、今日話したことは数日後、国民へと流布される。


 そうして、彼らは自らの王を自分で選ぶのだ。



 ◇



 夜。

 王都の帳も降りた頃。

 寝静まるのは王城も一緒だった。数人の見回りを残して静謐な空間が出来上がる。


 そんな中を、俺は一人歩いていた。


 薄暗い廊下を歩いた先、王城内の庭園。色とりどりの植栽に囲まれるこの場所は、王城の中にあって唯一自然を感じられる場所だった。


 久しぶりに見た気がする星空を眺めながら、花と花との間を縫って歩いていく。


 中心部にある木製のベンチ。

 そこにはすでに、先客が座っていた。


「……誰?」


 低くもあり、高くもある声。

 どちらでもあり、どちらもない存在は俺の姿を認めると、星明りからでもわかるくらいに嫌そうな顔をした。


「なんであんたがここに……」

「とある情報筋から、あんたは夜中に良くここに来ると聞いてな。たまに見に来てたんだ。今日は会えてよかったよ」


 王子様がお一人で星空を見上げていた。

 プリンツは黙って席を立とうとしたが、何を思ったか座り直した。


「……そうよね。ここでは私の方が有利。何かあったら、大声を出せばいいんだもの」

「その前に殺せるよ」

「ここで殺してどうなるの? あの女の陣営が疑われるだけよ。むしろ、失脚を目的に殺してほしいくらいだわ」


 そうだな。

 印象が大切な現状、余計なことはしたくない。

 そもそも、俺は彼を殺そうと思ったことは一度もないけれど。


「俺だってそこまで馬鹿じゃない」

「知ってるわ。あんたが中々に切れ者だってことは。あの時だって、私の足跡なんか見つかるはずもなかったのに」


 舌打ち。

 植物が言葉を発さない存在で良かったな。


 俺一人なら確かに、おまえにはたどり着けなかった。俺は多くの人に支えられながら生きていているよ。


「で? 何を言いに来たの?」

「一つ、お願いをしに来たんだ」


 彼に近づいていって、ベンチの隣に座る。


 いつ見ても美しい顔つきだ。ほとんどが就寝している時間だというのに、手抜きの一切見られない化粧。服装だって途中誰かに会っても問題ない着崩れの少ない恰好。

 こいつは努力して本気で”王女”になっているのだ。


「おねがい?」


 プリンツの顔が不審に歪められる。


 選挙の日程は決まった。

 ロイとマリー、二つの陣営を擁護する声があらゆるところから発せられている。それらは拮抗しているようで、どちらが勝つかはまだわからない。


 勝敗は天のみぞ知る。


 でも、絶対に勝つ方法がある。

 それは――


「次の選挙、手を引いてくれないか」


 相手に負けてもらう事だ。


「何を言うかと思えば」


 呆れたように鼻で笑われた。

 でも、俺は笑い返さなかった。


「俺には確実に勝てる策がある」


 プリンツの顔も引き締まる。


「参考までに聞かせてもらっても?」

「言うわけがない――と言いたいところだが、教えてやる。俺の霊装の力に、ナイフを刺した好きな場所に移動できるというものがある。披露会での戦いの話を聞けばわかることだ。それを使って、投票箱が保管されている場所に移動して、票をいじる」

「何を言うかと思えば。投票箱は開票までの間厳重に保管されるわ。騎士団の腕利きが何人も守る予定だと、兄様とあの女が決めていたでしょう。移動どうこうで何とかなる話じゃない」

「どうとでもできる」


 俺は霊装ティアクラウンを手に取った。

 プリンツの目がそれを凝視する。


「これを使えば、ほとんどの道理は通せる。少しの間寝てもらえばいい。その間も警備をしていたという記憶を与えれば、完全犯罪の達成だ」

「――どうやって、それを」

「それこそ、教えるわけもない」


 プリンツの目は王冠に釘付けだった。

 俺の話の意図とは違う方向に興味が移ってしまった。


「貴方の霊装は他人の霊装を模倣する力――そう聞いたわ」

「当たらずとも遠からずだな」


 細かい条件とか、正直に伝える意味もないし。


「王の力すら模倣できるのね。

 ……貴方、どこの家の者? 名字は?」


「この霊装を奪おうとしても無駄だぜ。俺は俺ですらどこの誰なのかわかっちゃいない。俺を殺したところでこの霊装がどこに行くのかもわからない。マリーと違って庶民である俺なら殺せるとは思ってほしくはないな」

「――ち」


 プリンツは再び舌打ちをして、表情を改める。

 唾棄するような顔から、媚びるような顔へ。

 忙しいやっちゃな。


「ねえ、リンク。貴方、何がほしい?」

「何もいらねえよ」

「そう言わずに。ほしいもの、全部あげるわ。あの女の下にいたんじゃ得られないもの、全部。その代わり――その王冠を使って、王になって。あの女から王座を奪い取ってよ。あの我がまま女に振り回されて嫌気が差しているでしょう?」


 俺の腕をとる。

 ふわりと鼻腔をくすぐる、華の香り。


「俺には欲しいものがあって、マリーに協力している。そう見えたのならおまえの目は三流だな」

「……」

「王はただの通過点に過ぎない。彼女の道に王がつきものだから、王にしているだけだ」


 王冠を有するマリーにとって、王が”憑き物”。

 逃れられない運命の上に立っている。


「俺のスタートはマリーを生かしたいというところから始まっている。王は目的ではなく、過程なんだ。だから俺自身にほしいものはない。強いて言うのなら、彼女が王として生き続けることだけが望みだ」


 そして、マリーが望んでいないのに王になってしまうのと同様に、プリンツはいくら望んでも王にはなれないのだ。


「何よ、それ……。なんであいつなんかに力を貸すのよ。私を、助けてよ。私は、私は――こんなことまでしてるのに」


 震える少女の身体。


「霊装に選ばれるためになら、何でもするわ。女の格好だって、男をたぶらかしたりだって、邪魔者の排除だって、なんでもする。本当に霊装が来るのなら、去勢だって厭わないのに」


 ぼろぼろと零れ落ちる涙が、草木の上に落ちて雫になった。


「ずるい。あの女は、ずるい。憎らしい。飄々と生きて、苦しいことなんか何も知らないで、ただ偶然に霊装と周囲の協力があっただけの、何もない女なのに。本当に――殺してやりたい。私のこの手で、首を握りしめてやりたい」


 憎悪は言葉になって、暗い夜をより陰鬱にしていく。

 黒い視線は俺すら射抜いてくる。


「貴方だってそうよ。いや、貴方こそ、そうよ。貴方がいなければ、現れなければ、今頃あの女は死んでいた。誰もいないところで一人、死んでいたはずなのよ」

「ああ。首吊って死んでただろうな」

「なんであの女なのよ。あんなどうしようもない――不義の女を、どうして助けるのよ」


 どうしてと言われても。


「一緒に、サボってたからな」

「……はあ?」

「あいつの隣も、俺の居場所だったんだよ」


 偶然というのなら、俺とマリーが出会ったこと。それも偶然だ。

 でも、出会ってしまったら、それは必然となる。もう、出会わない前には戻れない。

 知らない寂しさには、戻れない。


「意味わかんない。わかんないよ……。私とあいつで何が違うの」

「そんなこと俺に聞くな」

「ねえ、ここで大声出したら、貴方は死ぬ? 私が被害者を装えば、社会的に抹殺されて、あの女の傍にいられなくなる?」

「だから、俺に聞くなよ。そうなったら俺は逃げるぞ。さっき移動する霊装を持ってるって言ったばっかだろうが」

「私だって王女でしょう? あの女と変わらない。いえ、あの女よりも賢いし、腕が立つし、可愛いし、人気があるし、あの女よりも上でしょう? 私に何をしてもいいから、私についてよ。なんでもするから。望むもの、なんでも用意するから……」


 それは嘘偽りない、彼の慟哭だった。


 同情はある。

 こいつもロイも、悩みに悩み抜いたんだろう。

 自分たちの存在意義を見失いそうになって、それでも虚空に手を伸ばして。


 ロイとプリンツとマリー。真っ赤な血で互いを汚し合い、しかし同時に、真っ赤な血で繋がっている三兄妹。


 全員が望むものを得ることはない。

 そう、誰もが思っている。殺すことでしか前に進めないと思っている。


 だけど。

 王にならなければ父の意志を継げない。そう思う事が正しいとは限らない。ロイとプリンツにとっても、王は過程であってもいいはずなのだ。


「マリーを、受け入れてやれよ。妹だろ」

「絶対にいや」


 当然、プリンツは首を横に振る。

 それができていたら、こんなことにはなっていないものな。


 だから俺はこの頭を叩き割ってやらないといけない。

 理想には、犠牲もつきものだろ。

 特に石頭なんていう誰の特にもならないものは、廃棄してしまうのがちょうどいい。


「話を戻すぞ。俺はこの選挙、絶対に勝てる方法を持っている。ロイはマリーの王冠については言及したが、俺の王冠については言及していない」

「今すぐ兄さんに話に行くわ。貴方を止めれば話は終わる」

「よく考えな。なんで俺がわざわざあんたを探しに来て、こんなことを話したか。手の内を晒すようなことをしたのか」

「――」

「これも、方法の一つに過ぎない。むしろ俺の能力に目を向けていてくれることを願ってるよ」

「何を、他に、考えているの?」

「さてな」


 俺は肩を竦めた。


 俺の姿が掴めないだろう。

 何を考えているか、何を持っているか、わからないだろう。


 おまえは俺の話を四聖剣であるプリムラからでも聞いているだろ。自分も動き、周りも動かし、環境も動かす。何が牙を剥いてくるか、想像もつかないだろう。


 プリンツの目が大きく見開かれた。

 その瞳一杯に、俺の顔が写り込む。


「――わかったか? おまえでは俺を計れないよ。この選挙、俺たちが”絶対に勝つ”。おまえができることは、投降することだ。今ならまだ、極刑にはならないよう取り計らってやれる」

「極刑って……、そんなこと、言ってなかったじゃない」

「甘いだろ。おまえの兄はこの選挙で勝ったらマリーを処刑台に送ると言っていたぞ。相手にそれを求めて自分たちがそうならないと思うのは、甘すぎる。

 確かにマリーは殺さずに牢屋送りだって言ったが、俺は後顧の憂いを断っておくタイプだ。マリーにおまえたちを極刑にするよう進言する。俺の言う事なら彼女は頷くぞ。それもわかるだろ」

「――」


 プリンツの顔に絶望が宿る。

 王にはなれない。その身は汚れ、最終的には何もなさずに絞首刑。


「おまえたちは甘いんだよ。さっきもマリーを何もない女だのと並べ立ててたな。現状を見てまだそんなことを言えるんだから、幸せな頭をしている。だから今もなお勝算の薄い戦いを前に吠えるだけ吠えているんだ」


 マリーを好敵手として見ること自体、彼らの中ではありえないことなんだろうけど。マリーはあくまで、何もない下賤な女でないといけない。認めてはいけない存在なのだ。


「……貴方、私のことを脅しに来たのね」

「違うよ。助けに来たんだよ」


 俺はプリンツに笑いかけた。

 彼の顔が真っ青になる。そんなにひどい顔ですか。


「おまえだけでも、助けてやりたいんだよ。敗北を宣言して、マリーに赦しを請え。間違いなく、命は助けてやる」

「私は絶対に兄さんを裏切りはしない」


 わかってる。


「じゃあ今あった話を兄にも伝えておけ。敗色濃い戦に身を投じるのは、ただの間抜けのやることだってな。おまえは大好きなお兄さんをむざむざ殺したくはないだろう? おまえの選択で、あいつの生きに死にが決まるんだ」

「――やっぱり、貴方だった。殺すべきは、貴方だった」


 憎悪と後悔と絶望と。

 あらゆる負の感情を織り交ぜて、俺を見た。


 遅いよ。

 だから俺は、ずっと潜伏していたんだ。

 一番良いタイミングで草むらから飛び出して、喉元を搔っ切るために。


「開票までは懺悔の言葉を受け付ける。よく考えておけ」


 プリンツからの返事はなかった。


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