116.
討伐隊基地の視察はマリー王女にとっては必須公務だ。
彼女が先頭に立って魔物を殺すのだと聖女の予言も語っている。
キーリやアステラといった騎士団員が十数名が周りを固め、馬上の彼らを従えての大移動。マリーと俺とアイビーを乗せた馬車は死闘を繰り広げた懐かしい場所へと向かう。
揺られることしばらく、人が立てた煙が立ち上っているのが見えた。
討伐隊の前線基地は先日俺たちが訓練で訪れた時と比べて、立派なものになっていた。
簡易なテントではなく、木組みされた小屋がいくつも建っている。商人の数こそ減っていたが、ここで生活する人間のための商店も立ち並んでいる。水も最寄りの川から引いてきたみたいだし、人が住み込んで生活のできる生活基盤が整っていた。
ここも将来、人間の住む街となるのだろう、そう予感させた。
俺たちが到着すると、討伐隊内で上に立つ者たちが出迎えてくれた。
「これはこれは、マリー女王陛下。遠路はるばるよくぞお越しいただきました」
エクセルはその大柄な体躯からマリーを見下ろした。
マリーは顔を上げて、負けじと微笑む。
「久しぶりね。これは私が命令してることだもの。何も苦労はないわ」
「少し大きくなりましたかね。以前よりも随分と達者に見えます」
エクセルは相好を崩した。
「蒼だの紅だの、下らないことに巻き込まれたおかげかしら」
「心配しなくて構いません。もうすでにそういった下らない線引きは無くなりました。貴方様が権力を得たことで、五月蠅い外野は声を小さくしましてね」
話を聞くに、討伐隊は二つの色を廃止したようだった。紅蓮討伐隊の戦力がまとめて怪我を負い戦線を離れたことで、討伐隊は統合されたとのこと。エクセルは統合した部隊の隊長を務める、ここの長となった。
統合が進んだもう一つの理由として、マリーを排斥しようとしていた上層部の人間が、彼女が女王のポストに収まったことで肩身を狭くしたことが要因に挙げられる。
マリーの権力は日に日に増していく。
ロイはどう対策をするのだろうか。
別のことを考えていると、エクセルの目がこちらに向いた。
「そこの騎士はどうですか? 討伐隊に来いという私の誘いにも乗らない朴念仁ですが」
「残念ね。これはむさ苦しい男よりも可憐な女の子が好きなのよ」
「そうですか。私がもう少し若ければ……」
「関係ないでしょ」
軽口を叩き合う二人。
俺が口を挟む余地はなかった。
「では、少し周りを見て回らせてもらうわ」
「どうぞごゆるりと。何かあれば申し付けください」
エクセルとの会話を終えると、マリーは衣服を翻して歩き出す。
俺以下、騎士団員がぞろぞろとついてくる。
「……邪魔ね」
ぼそりと、絶対にキーリに聞かせてはいけない言葉を吐く。
「そう言うな。おまえはもう立派な女王なんだ。今迄みたいに簡単には出歩けない」
「護衛なんかあんたが一人いれば十分でしょうに」
「んなわけないだろ」
「んなことあるわよ。振り返ってみると、この場所での戦闘が一番明確に殺しに来てたわね。十数人の実力者から、熱烈の殺意をお届けされちゃってね」
「そうだな」
「結局あんたが何とかしちゃったんだけど。だから護衛はあんただけでいいのよ」
あの時はシレネやレドが間に合ったから何とかなったんだ。俺だって全力を尽くすけれど、あんまり過信はしないでほしいんだよな。
それに、マリーの周りに騎士団員が集まることは、何も護衛の意味合いだけではない。彼女がこれだけの人間を集めて動かすことができるという、威光の証明にもなる。
とやかく言わず、多くを引き連れて歩きましょうよ。
ぐるりと討伐隊基地を一周する。
建屋が立ち並ぶ区画に来ると、ようやく知った顔を見つけた。
「お、来たか」
レドが手を振りながらやってきた。隣にはライの姿もある。
珍しい組み合わせだな。何を話すんだろう。
「友達よ。邪魔しないで」とマリーは騎士団を遠ざけて、二人に近寄っていく。キーリが不満そうな顔をしたので、俺は視線で大丈夫だと伝えておいた。俺とアイビーも近寄っていく。
「久しぶりだな、レド、ライ」
「おう。おまえたちも元気そうで何よりだ。アイビーも、何もなかったか?」
「また殺されかけちゃった」
へらへらと笑う。
レドの顔が引きつった。
「また、ってなんだ。短い間に殺伐とし過ぎだろ。マーガレットとスカビオサか? 大丈夫だったのか?」
「うん。なんとかなったよ。だからこうして私がいるわけだし」
アイビーは四肢を広げて、五体満足であることを見せつける。
マーガレットはいつ燃えるかわからないからな。気をつけていかないと。
マリーが眉を顰めて、
「原因はわかってるわ。これのせいよ。これが私に大事なことを言ってなかったのよ。そのせいで聖女様が激怒の一歩手前だったわ」
「あー。なるほど。大体わかった」
「というか二人とも、知ってるなら言ってよ。なんで黙ってるのよ」
レドもライも委細を知っている。
二人は顔を見合わせてから、俺を見た。
「だってリンクが黙っておけって言ってたしな」
「リンクが何か意味ありげに秘密にしてるから」
「やっぱりあんたのせいじゃない!」
足の甲を踏まれた。いてえ。
「そのあたり、シビアな問題なんだ。間違って伝わったらすべてが破綻する可能性もあるし」
爆弾がいっぱいなんだ。
俺も最近管理が難しくなってる。
「……まあいいわ。もう私に嘘はつかないと約束したもんね」
詰め寄られる。
「し、た、も、ん、ね」
「はい……」
そこまで言われては否定することもできない。
「いや、リンクには無理だと思うぞ。こいつ、息を吐くように嘘をつくからな」
「知ってるわよ。でも、諦めたらリンクのためにもならないでしょ」
「根気よく伝えることが大切ね」
「あはは。聞き分けの悪い子供みたい」
なんだ。俺は子供扱いか。状況によってはそれ以下だろうけど。
これ以上俺をいじる会を続けられてもしょうがないな。
「それで? 討伐隊の調子はどうだ?」
「順調なんじゃないか? 魔物は随時狩って一定の成果は挙げてるけど、誰も負傷してないし。最近は狩り方もわかってきて、一日に何匹も死骸が並ぶぜ」
「活気もいいわよ。ここで一旗あげようとしてる人は多いもの。このまま発展すれば、ここだって人の多く住む場所になるだろうし、評価されればそれなりに地位も保てるしね」
レドもライも好意的だ。
それなら良かった。
一歩一歩着実に進んでいる。
「逆にそっちはどうなんだ? 王子がまだぐだぐだ言ってるみたいじゃないか」
「その通りだよ。上の王子が霊装に支配される人生はまっぴらだ、なんて今更なことを言ってる。その意見が通ったら、そもそもロイ自身が王でなくても問題なくなるのにな」
「確かに。王の一族の優位性はなくなるんじゃないか? 自分の首を締めてまで王座が欲しいのか」
「俺にはわからない感覚だよ」
あくまで俺にとっては、だけど。
俺は何も持たない身軽な人間だ。それは簡単に吹き飛ばされるけど、簡単に飛んでいけるということでもある。
王子は真逆。多くを持っているから、碌に動けもしない。他人に影響されないけれど、他人の意見を聞くこともできない。
どっちもどっちだな。
すべてに良い面と悪い面がある。
「勝てそうなの?」
ライが首を傾げる。
俺は答えた。
「負けるわけがない」
豪語。
退路を塞ぐ行為。
そのための下準備もしているし、ここを越えることが至上命題。どんな手を使ったって、ロイとプリンツには負けてもらう。
「私の騎士は頼もしいわ。私のためによく働いてくれているの」
マリーは満面の笑み。
「……あー、私も頑張ってるんだけどなあ」
それを見て、アイビーが拗ねた。唇をとんがらせる。
「アイビーもありがとう。私の地位は貴方たち二人のおかげよ」
マリーがアイビーを褒めるも、彼女の口は変わらない。
「色々と頑張ってるんだけどなあ。リンク君は見てくれてないのかなあ」
「いや、見てるけど。誰よりもアイビーが尽力してるのはわかってる」
「じゃあ何かないのかなあ。私もご褒美がほしいなあ」
じっと見つめられる。
おまえ、聖女だろうが。
ご褒美がどうとかで動くんじゃありません。
でもまあ、聖女の記憶を持っていても、アイビーはアイビー。素は普通の女の子に変わりはない。少しくらい羽目を外したって良いではないか。色々とお願いもしてしまっているし。
「何が欲しいんだよ」
「リンクを一日ちょうだいよ。最近全然二人っきりになれないし」
「そんなんでいいなら、いくらでもやるよ」
俺の一日なんかで頑張ってくれるのなら、コスパ最高じゃないか。
「やっりい!」
「え、じゃあ私も」
アイビーが笑顔になって諸手を挙げた横で、ライも手を挙げた。
まあ、ライにも迷惑かけてるしな。討伐隊に参加もしてもらっちゃってるし。俺と一緒にいるだけでいいのなら……。
「わかった」
「やった!」
その場で小躍り。
この子、大人びた雰囲気を出そうと頑張ってるが、根っこは子供だからな。はしゃげる時は優しく見守ってあげよう。
「……私は?」
二人が楽しそうにしてる中、マリーがジト目になっている。
「なんだよ」
「私には何もないの? 私、あんたの言う通り、女王を頑張ってるんだけど。大人数が好きじゃないのに何人も引き連れたり、厭味ったらしい大臣と楽しくもない会談してるんだけど。シレネと約束してるのも、聞いてたわよ。アイビーとライにもご褒美があって、私には何もないの? おかしくない?」
そう言われたらそうなんだよな……。
一番マリーに心労をかけている自信もあるし。
「でもおまえもう女王じゃん。そう簡単に二人きりにはなれないって」
「じゃあ女王辞める」
「……わがまま言うなよ」
「そこを何とかするのがあんたの役目でしょ」
マリーは唇を持ち上げて、
「期待してるわよ」
凡人にとんでもなく重い依頼を放り投げた。
物事は連鎖します。
一つを手にすると、おまけでもう一つついてきます。
そして取り返しのつかないことになるのです。
「成長しねえな……」
レドの呟きがひどく突き刺さる、青天の一日だった。