115.
聖女の協力を確定させた後は、四聖剣の協力を不動のものにするべし。
権力者から権力者へ。結局お上の鶴の一声はよく通るものだ。
四聖剣全員が所属する騎士団の詰所に、俺とマリーとレフとで向かう。
アイビーはお留守番だ。ここにはスカビオサもいるから、先のマーガレットの時のような喧騒が起こる可能性がある。わざわざ巻き起こしたくはない。
「久々に皆に逢えますね」
レフは楽しそうだ。
ここにはシレネもいるし、ザクロもいるからな。
レフが入り口の扉を開ける。そうして俺たち三人が中に入っていくと、一直線に飛び込んでくる存在があった。
その人物はマリーの眼前で素早く膝を折ると、彼女の前に首を垂らす。
「マリー様。お久しぶりにございます」
キーリだった。
そのあまりの速さと剣幕に、「ひぇ」とレフは怯えていた。
「こちらにいらっしゃると聞いて、いてもたってもいられず、こうしてお出迎えに上がりました。一言言って頂ければ王城までお迎えにあがりましたのに」
「そんなに気を回さなくてもいいわ。王城にずっと缶詰で少し歩きたかったの。街並みも見たかったし」
「そうですか。それではせめて、この私に騎士団内部を案内させてください」
キーリは優雅に立ち上がる。
微笑みと共に俺たちを先導した。
「王城でのお話は伺わせていただきました。王座をかけてお二人が向かい合っている、と。マリー様が戴冠したのに後からぐだぐだと文句を言うなんて、王子には矜持の一つもないのでしょうか」
「私としてもここで王子をはっきりと負かしたいから大丈夫よ。むしろ中途半端に突っかかってくれてありがとうと言ったところね」
「豪胆ですね。では、私も微力ながら尽力いたしましょう。具体的には、ここの騎士団内の人間のすべてをマリー様の派閥に加えましょう」
軽く歩きながらの会話にしては、中々な大口だ。
騎士団とは、国の中枢である王都を守る組織。
その出自は階級が上の者が中心だが、武力が第一に考えられるために霊装使いも多く、思想は多岐に渡る。ロイだって俺たちだって、掌握するのは難しい集団だ。
マリーは薄く笑った。
「できるの? 私、そういう冗談は嫌いなんだけど」
「私は貴方様を害そうとした過去があります。贖う必要がある。贖いとは結果があってこそでしょう。私を赦してくださったその寛大なお心に応えるのは、尽力以外に在りません」
キーリは真面目な顔を崩さない。
やれるかどうかではなく、やってみせる。
本人はそう言うのなら、俺たちが口を挟むことはない。
「まあ、心配せずとも方法など沢山あります。そこの優秀な騎士には稼がせてもらいましたしね」
ああ、そういえば、彼女は彼女で披露会の時に俺に大金を賭けていたな。贖罪のつもりだと言っていたが、思わぬところから大金を得たわけだ。
「騎士団員も一枚岩ではありません。逆に言えばそれぞれに思想がある、それぞれに理想が存在している。矜持、金銭、情愛――、何かしらには引っかかります。うまく心をくすぐってみせますよ」
あれ、キーリって意外と優秀なのか。
討伐隊ではマリー暗殺の指揮を取っていて、ある程度の能力はあることは知っていたけど、どうもポンコツな印象がある。
「そう。それなら、私は部下の尽力を待つことにするわ」
「――部下、ですか」
「違う? もう私は貴方のことを仲間だと思っているけど?」
ぶるりと、キーリの背中が震えた。
誰の目にも、武者震いだと思えるものだった。
「勿体ないお言葉です」
さっきの話で言えば、キーリの欲しいものは信頼なのだろう。自らの剣を振るう場所を欲している。
マリーは上手く信用に答えたな。
訓練場が見える場所に来た。
キーリはそこで止まる。
「訓練は見ていかれますか?」
「ええ、少し見ていきたいわ」
騎士団員がちょうど訓練をしているところだった。
流石に王国の猛者が集まった集団。学園とは比べるまでもない練度だった。
その中の一人と目が合う。
そいつは周囲の人間に休憩だと伝えた後、額の汗を拭ってから近づいてきた。マリーの前で恭しく頭を下げる。
「これはこれは、マリー女王陛下。綺麗な華に似つかわしくない場所でのご挨拶となってしまい、誠に申し訳ございません」
「いいわ。素敵な華はね、咲く場所を選ばないの」
「道理で多くが放っておかないわけですね」
アステラは微笑む。
キーリはその気障な顔を睨みつけていた。
「おい、アステラ。貴様に用はない。マリー様の視界を汚すんじゃない」
「私だって初対面からこんな無作法は晒しませんよ。面識はあります。そうですよね?」
「ええ、レフを泣かせてくれたわね」
マリーが笑いかけると、アステラは参ったとばかりに肩を竦めた。
「討伐隊のことではなく、そっちですか……。その件は忘れていただけると幸いです。私も反省したんですよ」
本人がここにいるものだから、アステラは猶更困った顔になっている。
けれどレフは話を聞いている様子はない。マリーから離れて、別の人物を探しているところだった。
「冗談よ。あれからレフはより一層魅力的になったわ。貴方は手を出さなかったことを反省することになるかもね」
「やめてください。妻に怒られてしまいます」
二人の楽しそうな会話に対して頬を膨らませるキーリ。「そういえばマリー様、騎士団の中心人物を紹介しますよ」と別の話を振った。キーリの案内で、マリーの前には騎士団員が並んでいく。
俺が放置されたところで、アステラが近づいてきた。
「順調ですか?」
「何とかな。あんたのせいでとんでもなく揉めたこともあったんだけど」
「え? 何ですか? また色恋沙汰ですか?」
「己惚れるなよ。スカビオサの件だ」
アステラの顔が引き締まる。
「……何があったんですか」
「アイビーが殺されかけたよ」
「――。それで?」
「何とかうまくやり過ごしたけど、本当に生きた心地がしなかった」
何かが違えば、今この場に俺はいなかったかもしれない。
綱渡りばっかりだ。
そして俺は成長する男。
俺は事前にアステラに炎上しそうな案件を伝えておくことにした。
「スカビオサの中では、アイビーは魔王ってことになってる。俺とあんたとが仲良くしているところを見られて何か聞かれたら、うまく言葉を合わせてくれ」
「魔王?」
「五年後くらいに魔物の大軍が攻めてくる。その親玉のことだ。それがアイビーだと思われてるんだ」
「なんでまた」
「色々あるんだよ」
話すのはこれくらいでいいだろう。スカビオサだってアステラに事の詳細を問い詰めることもないだろうし。
「聖女様の予言の通りということですね」
「アステラにも期待してる」
「何よりも、人類のためです。頑張りますよ」
爽やかな笑顔をいただいた。
アステラは「私ばかりが独占してはいけませんね」と離れていった。
ぼっち状態。
マリーとキーリが話している中に戻ろうとすると、
「ふうん。アステラと貴方、話す仲なんだ」
さっき噂していた本人が現れた。
騎士団の制服に身を包んだスカビオサが悠々と廊下の先から歩いてくる。
「まあ、色々あってな。主におまえのせいで」
「私のせいとは語弊がある。殺さなければならない相手を殺そうとしただけ」
俺の眼前までやってくると、「アイビーは元気?」と聞いてくる。
「元気だよ。元気にマリーの補佐をやってる」
「あいつの手も借りないといけないなんて、終わってる」
「効率を考えろ。あいつはあいつで戦力になる。うまく操ってやるさ。それに、人間を滅ぼそうとしている存在が人間を救う手助けをしている現状は、あいつにとっても屈辱的だろ?」
口端を歪めて見せるが、スカビオサは首を横に振った。
「悪趣味」
乗っては来なかったか。
マーガレットと違って、スカビオサはアイビーが酷い目に逢うことを望んではいない。
むしろ逆か。やるせないね。
「それで? 今日は何?」
「マリーの騎士団拝見ツアーだよ。彼女を身近に感じさせて、支持率を上げようと思ってな」
「そう」
興味なさそう。
「いよいよ王子を引きずり下ろす。そうなれば邪魔者はいなくなる。十全な状態になって、トキノオリを壊して、未来に進むことができる」
誰よりもこのスカビオサがそれを望んでいるだろう。
そう思って笑いかけてみたが、返ってきたのは青い顔だった。
「……ねえ、リンク。次にしない?」
「はあ?」
突然何を言ってるんだこいつは。
「何ってんだ。今更日和ったのか?」
「そういうわけじゃない。じゃない、けど……」
「じゃあなんだよ。何を不安に感じてるんだ」
「……」
スカビオサは答えなかった。
迷いを振り切る様に、俯きがちだった顔を上げる。
「変なことを言った。忘れて」
「……まあ、それならそれでいいんだけど。おまえもマリーを手助けしてくれよ」
「考えておく」
なんでだよ。
俺がツッコミを入れる間もなく、スカビオサは離れていってしまった。
入れ替わりにザクロとシレネがやってくる。レフが連れてきたようで、にこにこだった。
「久しぶりだね、リンク君」
「ああ、久しぶり。制服、似合ってるな」
「褒められてる気がしないな」
ザクロは快活に笑った。
「でも、本当に似合ってますよ」
「そうかな。ありがとう」
「素敵な姿が見れて嬉しいです」
ザクロがレフと乳繰り合い始めたので、俺はシレネの方に顔を向けた。
「失敗しましたわ」
シレネは一人、拗ねた様な顔をしている。
「やっぱり、どんな手を使っても貴方たちについていくべきでした。正直、騎士団はつまらなくて仕方がありません」
「そんなこと言ったっておまえは四聖剣なんだ。王都を守護する任務がある。自分の立場を考えろ」
「……だったら、貴方も騎士団に来るべきですわ。四聖剣を倒したんですもの」
「そしたら誰がマリーを守るんだよ」
「難しい質問ですわ」
そんなことはないと思うぞ。
思うに、退屈なのはその通りなのだろう。騎士団は基本的に王都から出ないし、やることは訓練と巡回くらいだ。学園内で色んな事があった後だと、正直退屈にもなる。
よし。
「だったら、俺からおまえに任務を与える。騎士団員全員の投票を、マリーに向けさせろ」
「そんな簡単なことでいいので?」
キーリといい、シレネといい、他人を舐めすぎじゃないか。
人の意見ってそんなに簡単に変えられないぞ。
「まあいいでしょう。戯れに、その任務引き受けます」
「任せた」
「報酬は?」
「考えてなかった」
「私は物分かりのいい女。後で買い物にでも付き合ってくれればそれでいいですわ」
「まあ、それくらいなら」
俺が安請け合いした途端、シレネの瞳が怪しく輝いた。
俺は近い将来、自分の軽率さを後悔することになる――のだろうか。
「なに皆で話してるの。私も混ぜてよ」
マリーも騎士団員との挨拶が終わったみたいで、キーリとの会話を打ち切ってこちらにやってくる。
こうなると、いつもの面子になってしまう。
要所要所に権力者がいるわけだから、こうなるのも当然か。
まあ、キーリもシレネも自分に任せろと言ってくれているのだから、任せておくことにしよう。