108. さよならは言わない
「これからは全員ばらばらの道かあ」
またしても許可をもらって、街中の酒場にて。すでに顔を赤く染めたザクロは寂しそうに呟いた。
楽しかった会話が一度中断する。神妙な空気となる。
この場にいる八人、全員が同じ気持ちだった。
霊装使いを管理するために入れ込められた学園。その二年間は確かに強制のもので、自由に過ごせないこともあって少しばかり苦痛を強いられた。
けれどそんな中でも楽しかった、と言えるのはこの場にいる面々がいたから。彼らと仲良くなれたから、こんなにも離れがたいのだ。
さよならが来ることが、信じられなかった。
「皆、離れても定期的に会おうね。絶対だよ」
特にザクロが強く訴えかけてきた。元より友情を慮る性格だ。半分泣きそうになりながら、集まった面々の顔を見つめていった。
「当たり前だろ」とレド。
レドだって口を尖らせながらも、どこか寂しそうだった。
「レド君が一番心配だよ。討伐隊の勤務地って王都から遠いし、一番こういう集まりを軽視しそうだもん。今までだって来ない時も何度もあったしぃ」
「なんでだよ。ちゃんと来るって」
「大丈夫ですよ。レドさんはきちんと来ます。王都にはハナズオウさんもいますもんね」
レフがにやにやとしながらいじると、「うるせえ」と言いながら満更でもなさそうだった。
ザクロの視線はライに移った。
「意外なのはライさんだよね。討伐隊の方に行くなんて。もっと別の道かと思ってた」
「自分を見つめ直したくてね」
「まあ、ライさんの霊装は移動に便利だからね。いざとなったら素早く逃げるんだよ」
ザクロはうんうんと頷く。
俺はライと目が合った。
その目が意味ありげに細められる。
ライが討伐隊に行くのも、俺と相談してのことだ。彼女の霊装は移動に適している。討伐隊、魔の森の状況を逐一教えてもらうのに都合がいい。
押し付けたわけではない。
一番重要なのは、ライが魔物討伐の現状のほとんどを理解していて、俺の根本的な考えと近しいものを持っていること。魔物の討伐に自分の人生の意義を見出していること。
そうなれば、お願いすることに躊躇もなかった。
任せたとばかりにウインクをした。
下手だったためか、受け取ってはもらえなかった。
「僕とシレネさんは騎士団だよお。本当は君たちと一緒にいたかったあ……。マリーさんの手伝いもしたかったし、討伐隊にも参加したかったよお」
ザクロとシレネは国の最重要戦力。国の中心である王都を防衛する任務が主だ。そのため、騎士団以外の選択肢はなかった。
「私は別に逆らっても良かったのですけれど」
「やめてくれ。別の火種をつくらないでくれ」
シレネが騎士団に入らず国の防衛なんか知らないなんて言い出せば、間違いなく反感を買う。元を辿ってリンクやらマリーが原因だ、なんて言われて余計な敵は増やしたくない。
「そっちはそっちでやることがあるだろ」
「そうですわね。騎士団で上手く立ち回ることにしましょう。どちらにしたって王都にはいるわけですし、私は四聖剣。王女殿下にお会いする機会も少なくはないでしょう」
にっこりと笑うシレネ。
納得してもらえて何よりです。
「で、マリーさんにはリンク君とアイビーさん、レフさんがついていくんだよね」
「はい!」
元気いっぱいに返事をしたのはレフ。
握りこぶしを作って、やる気をアピール。
「私がこの場を代表して、マリー様の傍仕えを務めます。マリー様には色々とお世話になりましたし、私がいることで少しでも雰囲気を良く出来たらなあ、って思います」
「頼りにしてるわね」
「はい。任せてください」
意外と二人も仲がいい。
アステラの一件で飲み交わした時から仲良しだ。これでマリーの心が少しでも軽くなればいい。
「大丈夫? ほら、王城も大変だろうけど……」
ザクロの不安そうな顔には、笑顔で返すに限る。
「任せとけ」
「スカビオサさんを倒したリンク君がいれば、心配はないか」
安心した顔になる。
王子側だって俺が優勝したことは知っている。本来であればマリーから離したいだろう。
しかし、俺の出自が不明だから騎士団に入れとも言えないし、かといってないがしろにする程弱くもない。結果、対応を考えているうちに俺はマリーの近くでふんぞり返っていたというわけだ。
王子が女装して接近してくるくらいだ、すでに選択肢は残ってないのかもしれない。
アイビーは自身の胸を叩いた。
「任せてよ。私もいるから、マリーは絶対守るから」
「おい、アイビー。様をつけとこうな。マリーだってこれからは敬いの対象なんだから」
「あ、そうだった。リンクも気をつけてね」
「二人に様付けされるの、すごい違和感。公の場所だけにしてね」
マリーが複雑そうな顔をしているのを皆で笑った。
こんなことができるのも、あと少し。
切なさと楽しさの中で、お酒を煽った。
シレネはライとレフと会話をしている。
二人の従者生活も一区切り。二人だって霊装使い。従者としてではなく、一人前の戦力として見なされる。
どうも従者のまま生きることも可能性としてはあったようだが、シレネが突っぱねたらしい。すでにアロンダイト家の当主として発言権を持った彼女は、二人の力は必要ないと言い放った。もっと自分の好きなように生きていいと伝えた。
幼い時から一緒だった三人は、目に涙を貯めながら別れを惜しんでいた。三人、別の道。会えるといえば会える。けれど、毎日一緒にいた日々と比べれば雲泥の差だ。
さよならは違う。
またねが適切だ。
そんな三人を、ザクロが涙目で見つめていた。
涙もろいやつだな。
「寂しがるなよ。レフには定期的に休みを出すから。その時会えばいい」
「別に僕はいいんだよ。マリーさんの傍仕えだって、レフが好きでやることだし、僕だって四聖剣として会いに行けるから。というか、なんでリンク君がそれを言うんだよ。マリーさんが言うべきことでしょ」
「はは。それもそうだな」
「あんた、もう少し遠慮しなさいよ」
マリーが呆れた顔。
しかしすぐに顔を引き締めた。
「レフは絶対に守るから」
これからマリーは本格的な政争に入る。王城に入って終わりではない。むしろ、ここからが本番だ。マリーを王女として認識してもらわないと、誰もついてこなければそれは王とは言えない。
「うん。わかってる」
ザクロはマリーの目を見てゆっくりと頷いた。
「でも、何よりもマリーさんが気をつけてね」
「大丈夫。私のことはリンクが守ってくれるから」
俺は力こぶを作って応えた。
レドとアイビーが二人で話していた。
二人も同じ街から続く腐れ縁だ。積もる話もあるだろう。と思ったら、最近の話だった。
「ハナズオウは俺が守るから、おまえは絶対死ぬんじゃないぞ」
「死なないよ。死ぬ理由もないもん。死ねない理由もできたしね。大丈夫」
「おまえのことだから大丈夫だろうけど。リンクもいるしな」
「うん。大丈夫。魔物は殺しきって、世界は続けてみせるよ。ここですべてを終わらせる」
現状を知る二人は、決意を漲らせている。
頼もしいね。
未来は明るい。
そして、楽しい時間も終わりを迎える。
全員、学園までの帰り道を笑顔で歩いた。
これまでのこと、これからのことを、笑いながら話した。
俺たちの道は、別れていく。
でも、きっと、どこかで繋がっている。
俺がそんな青臭いことを言えるくらいに、好きな仲間たちだった。