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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
11章 紅の女王
107/183

107.














 ほどなくして、レドは見つかった。

 俺がよくサボり場にしているところで一人、夕焼けに染まる街並みを見ながら黄昏れていた。


「あ、レドさん! 見つけましたよ!」


 嬉々として近づこうとするレフの首根っこを掴んで引き留めた。「ぐぇ」レフのこの調子だと、『さあ、早くハナズオウさんに思いを伝えに行きましょう!』なんて唐突に言い出しそうだ。


 レドの様子を見る限り、なんとなく、そういう雰囲気ではなさそうだった。


「よお、どうした、こんなところで」

「リンクか。おまえこそどうした、こんなところまで女侍らせて。あんな目にあったのに、懲りないな、ホントに」

「何言ってんだ。リンクってのはそういうやつだろ」


 肩を竦めると、呆れたように笑われた。


「ハナズオウが探してたぞ」

「知ってる」


 となると、レドは故意的に逃げてきたということか。恋的に、逃げるべき場面ではなさそうだけど。


「あんまり乗り気じゃないのか?」

「……別に」

「じゃあなんだよ。ハナズオウのあの剣幕だと、おまえ、結構逃げてるだろ。流石に学校中を走らせ回るのは可哀想だぞ」

「……」


 押し黙るレド。

 長い間一緒にいるけれど、口下手な彼の胸中は慮れない。


 少しの間、沈黙が訪れる。


「恥ずかしいんでしょ」


 マリーがずばっと切り込んだ。


 レドは顔を夕焼け色に染めた。口を開いて、すぐに閉じた。その煮え切らない反応が答えだった。


「正直、何て言ったらいいかわからない」


 ぶすっとした顔で言い放つ。

 ずっと不器用なやつだと思っていたけれど、不器用が過ぎる。


 俺たち三人は顔を見合わせた。


「そんな気取ることありませんよ。レドさんの思ってることをそのまま伝えればいいと思いますよ」


 レフが微笑みながら説得する。


「別に、思う事もない。あいつとどうにかなりたいとかねえし、――それに色々とあるしな」


 レドは俺と視線を合わせてきた。


 この場の二人は知らないこと。ハナズオウの境遇。

 彼女は、聖女の器だ。聖女の霊装を引き継ぐ可能性を秘めている。アイビーが死ねば次の聖女は彼女となり、膨大な記憶を引き継ぐことになる。性格にも多少改竄が生まれるだろう。そうなった際に、レドとの関係性がどうなるかはわからない。


 それは正直、俺がレドに背負わせてしまった重荷でもある。


「大丈夫だ。アイビーは死なない。俺が絶対に殺させない」


「なんでそこでアイビーさんが出てくるのよ」とマリーは首を捻るが、詳細を言う必要はない。魔王という幻影は、前に進むのに必要な虚像だ。


 強い意志を込めて、黙ってレドの瞳を見つめ続ける。


「だとしても、だ。俺はあいつの言葉に頷くことはない」

「なんでだよ。嫌いじゃないんだろ」

「ああ、いい子だよ、あいつは」

「俺からすれば、おまえは逃げてるだけにしか見えないけどな。アイビーのことを理由に自分に言い訳をしているように見える。本質から逃げるなよ」

「……」


 レドからの返答はない。


「リンクとレドって、仲も良いしノリも似てるけど、意外と考えは逆よね」


 マリーが頷きながら指を振った。


「片方は人の人生に滅茶苦茶に首を突っ込む。人生を変えさせるくらいに相手に入れ込む。反対に、片方は足すら踏み出さない。自分の存在が相手の人生に影響を与えるのを嫌がっている。いえ、怖がってるのかしら? どっちがいいとは言い切れないけれど、渦中の身からすれば、後者はあまりに寂しいわ。好意は生きる糧になるもの」


 ハナズオウがどれほどレドに入れ込んでいるか、外野からでもよくわかる。その矢印を向けられたレドがいくら不器用だとはいえ、わからないわけがない。

 好意がないと言い切らない以上、レドは逃げているだけだ。


「……俺は――」


 レドは苦虫を噛み潰したような顔になって、


「あいつを守り切れるか、わからない」


 この言葉に、マリーとレフは首を傾げている。

 だけど俺には通じている。


 ハナズオウ本人も気づいていないような宿命。アイビーが死んだら、彼女が聖女になる。そうでなくても、マーガレットやスカビオサが気分を変えれば、魔王候補として粛清される。


 聖女でもあり、魔王でもある。

 彼女の未来は一つの出来事で簡単に移り変わっていく。


「俺はリンクと違って、スカビオサには勝てねえよ……」


 都合、彼はスカビオサに二度負けている。

 披露会の時と、部屋での一件。どちらも正直に言うのなら勝てる可能性も見いだせない、圧倒的な敗北だった。


「戦闘しないならしないでも、おまえほど上手く立ち回れる気もしない」


 うなだれる男。

 その背中は小さく見えた。


 少し、切なくて、寂しくて、悔しい。


 ――俺の相棒が、そんなことで悩んでるんじゃねえよ。


「じゃあおまえは、ハナズオウが殺される時知らんふりをするんだな」


 レドは顔を上げる。その呆けた顔を、俺は睨みつけた。


「おまえは最期、死体となったハナズオウを見るんだな。誰に殺されたかも、どう殺されたかもわからない、無残な死体を見つめるだけなんだな。俺がいれば、あの時こうしていれば、そんなことを思いながら、悔やみ続けるんだな。もう動かない彼女の死体を見て、下らない後悔に苛まれて、涙すら流せず絶望するんだな。それでいいんだな」

「やめろよ」

「そういうことなんだよ。人生は一回しかないんだ」


 やり直しなんか存在しない。

 手から零れ落ちたものは、二度と手には戻ってこない。


 だからこそ、どっかの誰かは毎日後悔の連続だった。

 何もできない自分に酔って仕方がないなんて言葉を繰り返して。何もしない自分を慰めて俺はこういうやつだと定義づけて。霊装が使えないせいだ、なんて言い訳ばかりを繰り返して。


「そんなやつ、くそ野郎だぞ。ゴミ以下だ」

「……おまえは、」


 レドは口ごもってから、景色に目を投げた。

 変わらない世界。誰が死のうが誰が生きようが、朝日は昇るし、夕陽は沈む。


 大切な人がいなくなったって同じ。けれどきっと、見える景色は今と同じ景色ではないのだろう。


「おまえが頑張ってる理由がわかった気がする。ハナズオウが死ぬ。少し想像したら、死にたくなった」

「実際はその十倍は死にたくなるぜ」

「そっか」

「どっかの誰かは運が良かった。今は後悔を晴らせて、満足してる。だから、今回こそは同じ失敗は繰り返さないと全力を尽くしてるんだってさ」

「はは。そいつに言っておいてくれ。いくらなんだって、女遊びはほどほどにしておけよって」


 レドは快活に笑った。

 何か吹っ切れたかのような顔で、景色を背に一歩踏み出す。

 手には霊装バルディリスが握られた。


「俺のこの霊装は、大切な人を守るためにある。お袋からそう言われた」

「良い霊装だな」

「ああ、自慢の、霊装だ。それなのに使い手がこんなんじゃ、可哀想だよな。お袋も浮かばれない。何してんだって張り倒されそうだ」


 更に足を踏み出す。

 俺の横を通る際に、肩に手を置いた。


「ありがとう、目が覚めた。少し、行ってくるわ」

「ああ、行ってこい。振られたら慰めてやるよ」

「おまえ、このタイミングで変なこと想像させるなよ」


 台詞とは対照的に嬉しそうに笑って、レドは駆けだした。


 スカビオサに勝てないからって諦める理由にはならないだろう。戦い方だってそれぞれ。その時その時、自分の目的に合った戦い方をすればいい。自分には無理だなんて手を離してしまえば、それまでだ。死ぬよりも暗い未来が待っている。


「……カッコよかったですね、レドさん」


 レフは当初ここに来た時よりも大人びた顔で、レドの背中を目で追っていた。


「惚れたか?」

「いえ。そういう意味ではありません。ただ、人として素敵だなと思いました」


 レフは息を吐くと、自身の頬を手で叩いた。


「ごめんなさい。私もちょっと、行ってきます」

「ああ、行ってこい。人生、後悔はするだろうさ。でも、理由が言い訳になるようなら、絶対重い後悔になる。わかってるなら、行動したほうがいい」

「なんですか。わかったように言わないでください」


 むっとしながら笑う。そんな器用な顔のまま、レフも駆けだした。


 俺とマリーは二人きり、残される。


「いい顔してたわね」

「ああ。二人とも、自慢の友人だよ」

「私もよ」


 そういえば、この場所でマリーと二人で話すのはいつぶりだろうか。


 ――ああ、最期に話して以来か。


「ねえ、リンク。私はすでに、後悔してるわ」

「何を?」

「貴方についてきて、って言ったこと。レフに一緒に来て、って言ったこと。全部、私のせいだもの。私が生きているから、こんなことになっている。これから、本当にそれを後悔しそうで」


 あはは、と乾いた笑い声。「私、こう見えて結構怖いのよ。本当は王城になんか行きたくない」


 わかってる。この子の望みがそこにないことは。

 わかってて俺はその背中を押したのだ。


「だとしたら、俺だって後悔だ。おまえに業を背負わせてしまっている」

「何言ってるの。貴方は私を救ってくれた恩人だわ。業なんか、私は生まれた時から背負ってるのよ」

「おまえの命を救ったのは俺だ。おまえを生かす判断をした俺にこそ、憎しみの目は向けられて然るべき」

「馬鹿ね。貴方が背負うものではないわ」

「おまえが背負うものでもない。今度誰かに言われたら、私はリンクのせいで生きてしまってるの、私だって文句が言いたいわ、くらい言ってやれ」

「あはは。そうね。貴方が近くにいることで、文句が一杯あるもの。色んな女の子にちょっかいかけるし、隠れてこそこそ行動するし、私に秘密にしていることもあるし」


 気づかれてる。

 女の子の勘は侮れないな。


「でもそれ以上に、幸せをもらってる。いいの。貴方が近くにいてくれたら、他には何もいらない。この景色が綺麗だと思えるのも、貴方のおかげだもの」


 マリーは笑う。

 日光に照らされる、綺麗な笑顔だった。


「王子だってな、女装してるんだぞ」

「綺麗だったわね」

「王城で会って変なこと言われたら、心の中で『女装変態王子』って罵ってやれ」

「あはは。面白そう。声を出してやろうかな」


 けらけらと楽しそうに笑う。


「でも、そんなんが王子なのよね。じゃあ、私が王女でもいいじゃん。なんで私ばっかり違うだのなんだの言われるのよ」

「そうだそうだ」

「陰険に殺そうとしてくるやつこそ、王子の資格がないっての」

「そういうこと。そんなもんだよ」

「ふふ。肩の荷が降りたわ。ありがとう」


 御礼に頬にキスをもらった。


「一緒に頑張りましょう」


 この子が笑ってくれるなら、俺だってそれだけで十分だ。


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