106.
◇
さて。
卒業も間近に控えた俺たち霊装使い。
それぞれの進路も気になる時期になってきた。
俺たちはいつでも武器を呼び出せる、いわば武器を内蔵した人間。人間であると同時に、重火器でもある。単純な戦力でもあり、政治的な抑止力でもある。役割は多い。
騎士団として王都周辺の自治に回る者、各地方に渡って人を守る者、討伐隊に入ってこれからくる災害に備える者、護衛として内政に関わる者、移動先は多岐に渡る。
多くのしがらみの中では、自分の行きたい場所に行けるとも限らない。
「……騎士団には入れませんでした」
談話室でソファの上に肢体を投げだしているレフは、全身で哀しみを表していた。
俺とマリーはそんな彼女の姿に顔を見合わせた。
「披露会で一回戦負けじゃ、そんなもんだろ。そもそもおまえの霊装は戦闘向けじゃない」
「慰めてくださいよお……。アステラさんと同じ部署で働きたかったのにぃ」
「まだ諦めてなかったのか?」
「いえ、恋愛的な意味ではもう何とも思っていません。ですが、顔の良い人と働くのはそれだけで心の癒し、向上心に繋がります」
ガッツポーズ。
相変わらずぶれない子だ。
「そんな調子なら、おまえはどこにいたって大丈夫だよ」
「褒めないでくださいよ」
「これは褒めてない」
「でも、騎士団に入りたかったのは本当です。ザクロさんは騎士団ですしね」
本心を明かして、少し物憂げな顔になる。
そういえばこの二人の関係もどうなったんだろうか。
「進展はあったのか?」
「特にはないです。たまに二人でご飯とか行きますけれど、あっちがどういう気持ちなのかはわかりません。私はどう思われているんでしょうか。勢いで近づいてしまいましたが、あの人も四聖剣ですしね」
霊装使いに貴賤はない。公には貴族出身も地方の村出身もなく、全員がフラットな立場だ。
が、四聖剣となれば流石に扱いは変わってくる。
彼らは一人で戦局を変えてしまう異質。王国によって管理される特別。
彼らに与えられる最重要任務は、国防となる。国を守るためにその力を振るう。望んだとしても、よほどの事がない限り地方に行くことはない。
「同じ職場にはなれなくても、ザクロは王都にはいるんだろ。だったら会える。レフは王都にはいられそうか?」
「……どうでしょう。何か職があればいいんですけど」
重いため息。
彼女だってなんだかんだ言って霊装使い。訓練もしているし、並の兵士よりはよっぽど強い。でも騎士団に入れないこの調子だと、地方付きになるかもな。シレネの傍付きという立場も、学園までと話し合ったらしいし。
ムードメーカーが遠くにいってしまうのは少し寂しい。
「どうせなら、私の従者になる?」
話を聞いていたマリーが口を開いた。
「え。」
「私は卒業と同時に王城に行くわ。実は王女なの、私」
「それは知ってますけれど……」
「王女だけど、周りは全員敵なの。最初の方は特に風当たりも強いでしょうし、本気で殺しにも来るんでしょう。対抗するために、私は信頼できる人を連れていきたいと思ってる。四聖剣を私的に動かすのは難しいでしょうけど、それ以外の霊装使いなら融通は利かせると思う、いえ、利かせるわ。どう? 私と一緒に地獄に来る?」
艶やかな笑みは、まさに地獄に誘う悪魔のようだった。
彼女についていけば、王城に住み込みだ。四六時中王女の近くで生活し、護衛兼従者として煌びやかな人生を歩むことができる。
それは嘘ではない。
が、そんな煌びやかな生活と同居して、足元の絨毯は血で染まる道になる。模様に自分の血が刻まれることになるかもしれない。
それがわかっているから、レフはごくりと息を飲んだ。
何が大切か。自分の命か、矜持か、その他未来か。
簡単に決断できるほど、簡単な選択じゃない。
「まあ、これは有無を言わさずにつれていくけどね」
指さされる俺。
簡単に就職先が決まりました。
「選択権はないわよ。あんたが私を王にしたんだからね」
俺だっておまえを王にしたかったわけじゃない。おまえは王女という立場以外で生きる道がないんだよ。
なんて、彼女だって気づいてる現実を突き付ける必要はない。
少しだけ不安げに揺れる瞳を安心させるように、俺は鼻を鳴らした。
「当然だろ。断られたってついていくさ」
「百点」
にっこりと笑われる。
俺の進路は決定した。
この段階でマリーを放り投げるなんてあり得ないし、最初から決めてたことだけど。
「そりゃ、リンクさんはそういう人だからいいですよね。悩みもなさそうですし」
口を尖らせるレフ。
「俺を何だと思ってるんだ」
「シレネ様とザクロ様は騎士団に入って、ライとレドさんは討伐隊。マリー様とリンクさんは王城かあ。アイビーさんは?」
「あいつは俺から離れたらいけないからな。聖女様にもそう言いつけられてる。だから、一緒に登城だよ。今のところ、マリーは俺とアイビーで護衛することになってる」
「……聖女様との間に何があったかは聞きませんよ。でも、リンクさんとアイビーさんがいたら、大抵のことはなんとかなりそうですね」
俺もそう思う。
特にアイビーは王城にいるほとんどの人間の動きを把握しているだろうから、マリーの安全を確保するのに一役買ってくれるだろう。
「優秀なお二人がいれば問題はないですね。私なんかが一緒にいても、どうしようもないですもんね」
レフは再び拗ねてしまう。
マリーはその眼前に指を突き立てた。
「レフ。ちょっと考えてみて」
「何をですか」
「私とリンクとアイビーさんでこれから一緒にいるの。リンクとアイビーさんの性格はよくわかってるわよね。二人とも、裏でこそこそするような、頭のおかし……頭の良い二人よ。そんな二人に挟まれて、私はどう? 私は基本的には普通の女の子よ」
「大変そうです」
「そこに貴方を加えてみたら? 一気にバランスが良く映らない?」
「――確かに。ちょうど場が和むような気がします。二人とも、不必要な愛嬌はばらまかないですし、マリー様が小さくなっている未来が見えます。可哀想です」
各方面に敵を作る言い方をするな。
それにおまえはマリーから半分馬鹿にされているぞ。
いや、馬鹿にされてるのは俺たちもか。
「一緒に来てくれると嬉しい。勿論、傍仕えみたいな扱いになってしまうとは思うけど。でも気心知れた相手が一緒にいてくれると、私も嬉しいわ。安らげる、二人の愚痴を言う相手がほしいの」
人たらしな笑み。
マリーはこんな顔もできるようになったのか。
「わかりました! 私、マリー様についていきます!」
こっちはこっちで人懐っこい笑み。子犬みたいだ。
いいのか、そんな簡単に決めてしまって。
「私、傍仕えなら慣れてますので」
胸を張って、親指を突き出してきた。
学園ではシレネの従者を努めてきたわけだしな。そこは心配していない。
俺としても、レフが一緒に来てくれれば助かる。主にマリーの精神安定剤として。
そんな会話を三人でしていると、ダン! と大きな音と共に、談話室の扉が開かれた。
「レド様はどちらに?」
ハナズオウだった。
血走った目で、談話室内を一瞥。
「ここにはいないけど」
「そうですか」
「どうしたんだ? 急用なら一緒に探すけど」
「……いえ。いないならいいです」
今度は静かに扉を閉める。廊下から聞こえる彼女の足音が遠ざかっていった。
「なんだ?」
「どうしたのかしら」
俺とマリーは首を傾げ合う。
レフだけが目をきらきらさせていた。
「二人とも。レドさんを一緒に探しましょう」
「なんでだよ」
「わかりませんか。愛する先輩が卒業してしまう――そうなれば、やることは一つでしょう。想いを伝えないでどうするんですか」
「ああ、なるほど。でもハナズオウは日ごろからレドに愛を伝えてると思うけど」
「それとこれとは違います。今回のは将来を考えた話のはずです」
恋愛脳は持論を展開する。
「そしてそれをこの眼に収めなくてどうするんですか」
人の恋路に口を出す。そういうの、良くないと思う。
でも、俺もそういうの、好きだったりする。
「よし、探そう」
「よっし! 行きましょう!」
自分の進路より人の恋路。
レフに急かされて、俺とマリーもレドの捜索に加わることになった。