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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
11章 紅の女王
106/183

106.




 ◇



 さて。


 卒業も間近に控えた俺たち霊装使い。

 それぞれの進路も気になる時期になってきた。


 俺たちはいつでも武器を呼び出せる、いわば武器を内蔵した人間。人間であると同時に、重火器でもある。単純な戦力でもあり、政治的な抑止力でもある。役割は多い。


 騎士団として王都周辺の自治に回る者、各地方に渡って人を守る者、討伐隊に入ってこれからくる災害に備える者、護衛として内政に関わる者、移動先は多岐に渡る。


 多くのしがらみの中では、自分の行きたい場所に行けるとも限らない。


「……騎士団には入れませんでした」


 談話室でソファの上に肢体を投げだしているレフは、全身で哀しみを表していた。


 俺とマリーはそんな彼女の姿に顔を見合わせた。


「披露会で一回戦負けじゃ、そんなもんだろ。そもそもおまえの霊装は戦闘向けじゃない」

「慰めてくださいよお……。アステラさんと同じ部署で働きたかったのにぃ」

「まだ諦めてなかったのか?」

「いえ、恋愛的な意味ではもう何とも思っていません。ですが、顔の良い人と働くのはそれだけで心の癒し、向上心に繋がります」


 ガッツポーズ。

 相変わらずぶれない子だ。


「そんな調子なら、おまえはどこにいたって大丈夫だよ」

「褒めないでくださいよ」

「これは褒めてない」

「でも、騎士団に入りたかったのは本当です。ザクロさんは騎士団ですしね」


 本心を明かして、少し物憂げな顔になる。

 そういえばこの二人の関係もどうなったんだろうか。


「進展はあったのか?」

「特にはないです。たまに二人でご飯とか行きますけれど、あっちがどういう気持ちなのかはわかりません。私はどう思われているんでしょうか。勢いで近づいてしまいましたが、あの人も四聖剣ですしね」


 霊装使いに貴賤はない。公には貴族出身も地方の村出身もなく、全員がフラットな立場だ。


 が、四聖剣となれば流石に扱いは変わってくる。

 彼らは一人で戦局を変えてしまう異質。王国によって管理される特別。


 彼らに与えられる最重要任務は、国防となる。国を守るためにその力を振るう。望んだとしても、よほどの事がない限り地方に行くことはない。


「同じ職場にはなれなくても、ザクロは王都にはいるんだろ。だったら会える。レフは王都にはいられそうか?」

「……どうでしょう。何か職があればいいんですけど」


 重いため息。


 彼女だってなんだかんだ言って霊装使い。訓練もしているし、並の兵士よりはよっぽど強い。でも騎士団に入れないこの調子だと、地方付きになるかもな。シレネの傍付きという立場も、学園までと話し合ったらしいし。


 ムードメーカーが遠くにいってしまうのは少し寂しい。


「どうせなら、私の従者になる?」


 話を聞いていたマリーが口を開いた。


「え。」

「私は卒業と同時に王城に行くわ。実は王女なの、私」

「それは知ってますけれど……」

「王女だけど、周りは全員敵なの。最初の方は特に風当たりも強いでしょうし、本気で殺しにも来るんでしょう。対抗するために、私は信頼できる人を連れていきたいと思ってる。四聖剣を私的に動かすのは難しいでしょうけど、それ以外の霊装使いなら融通は利かせると思う、いえ、利かせるわ。どう? 私と一緒に地獄に来る?」


 艶やかな笑みは、まさに地獄に誘う悪魔のようだった。


 彼女についていけば、王城に住み込みだ。四六時中王女の近くで生活し、護衛兼従者として煌びやかな人生を歩むことができる。


 それは嘘ではない。


 が、そんな煌びやかな生活と同居して、足元の絨毯は血で染まる道になる。模様に自分の血が刻まれることになるかもしれない。


 それがわかっているから、レフはごくりと息を飲んだ。

 何が大切か。自分の命か、矜持か、その他未来か。

 簡単に決断できるほど、簡単な選択じゃない。


「まあ、これは有無を言わさずにつれていくけどね」


 指さされる俺。

 簡単に就職先が決まりました。


「選択権はないわよ。あんたが私を王にしたんだからね」


 俺だっておまえを王にしたかったわけじゃない。おまえは王女という立場以外で生きる道がないんだよ。

 なんて、彼女だって気づいてる現実を突き付ける必要はない。


 少しだけ不安げに揺れる瞳を安心させるように、俺は鼻を鳴らした。


「当然だろ。断られたってついていくさ」

「百点」


 にっこりと笑われる。

 俺の進路は決定した。


 この段階でマリーを放り投げるなんてあり得ないし、最初から決めてたことだけど。


「そりゃ、リンクさんはそういう人だからいいですよね。悩みもなさそうですし」


 口を尖らせるレフ。


「俺を何だと思ってるんだ」

「シレネ様とザクロ様は騎士団に入って、ライとレドさんは討伐隊。マリー様とリンクさんは王城かあ。アイビーさんは?」

「あいつは俺から離れたらいけないからな。聖女様にもそう言いつけられてる。だから、一緒に登城だよ。今のところ、マリーは俺とアイビーで護衛することになってる」

「……聖女様との間に何があったかは聞きませんよ。でも、リンクさんとアイビーさんがいたら、大抵のことはなんとかなりそうですね」


 俺もそう思う。

 特にアイビーは王城にいるほとんどの人間の動きを把握しているだろうから、マリーの安全を確保するのに一役買ってくれるだろう。


「優秀なお二人がいれば問題はないですね。私なんかが一緒にいても、どうしようもないですもんね」


 レフは再び拗ねてしまう。

 マリーはその眼前に指を突き立てた。


「レフ。ちょっと考えてみて」

「何をですか」

「私とリンクとアイビーさんでこれから一緒にいるの。リンクとアイビーさんの性格はよくわかってるわよね。二人とも、裏でこそこそするような、頭のおかし……頭の良い二人よ。そんな二人に挟まれて、私はどう? 私は基本的には普通の女の子よ」

「大変そうです」

「そこに貴方を加えてみたら? 一気にバランスが良く映らない?」

「――確かに。ちょうど場が和むような気がします。二人とも、不必要な愛嬌はばらまかないですし、マリー様が小さくなっている未来が見えます。可哀想です」


 各方面に敵を作る言い方をするな。

 それにおまえはマリーから半分馬鹿にされているぞ。

 いや、馬鹿にされてるのは俺たちもか。


「一緒に来てくれると嬉しい。勿論、傍仕えみたいな扱いになってしまうとは思うけど。でも気心知れた相手が一緒にいてくれると、私も嬉しいわ。安らげる、二人の愚痴を言う相手がほしいの」


 人たらしな笑み。

 マリーはこんな顔もできるようになったのか。


「わかりました! 私、マリー様についていきます!」


 こっちはこっちで人懐っこい笑み。子犬みたいだ。

 いいのか、そんな簡単に決めてしまって。


「私、傍仕えなら慣れてますので」


 胸を張って、親指を突き出してきた。

 学園ではシレネの従者を努めてきたわけだしな。そこは心配していない。

 俺としても、レフが一緒に来てくれれば助かる。主にマリーの精神安定剤として。



 そんな会話を三人でしていると、ダン! と大きな音と共に、談話室の扉が開かれた。


「レド様はどちらに?」


 ハナズオウだった。

 血走った目で、談話室内を一瞥。


「ここにはいないけど」

「そうですか」

「どうしたんだ? 急用なら一緒に探すけど」

「……いえ。いないならいいです」


 今度は静かに扉を閉める。廊下から聞こえる彼女の足音が遠ざかっていった。


「なんだ?」

「どうしたのかしら」


 俺とマリーは首を傾げ合う。


 レフだけが目をきらきらさせていた。


「二人とも。レドさんを一緒に探しましょう」

「なんでだよ」

「わかりませんか。愛する先輩が卒業してしまう――そうなれば、やることは一つでしょう。想いを伝えないでどうするんですか」

「ああ、なるほど。でもハナズオウは日ごろからレドに愛を伝えてると思うけど」

「それとこれとは違います。今回のは将来を考えた話のはずです」


 恋愛脳は持論を展開する。


「そしてそれをこの眼に収めなくてどうするんですか」


 人の恋路に口を出す。そういうの、良くないと思う。

 でも、俺もそういうの、好きだったりする。


「よし、探そう」

「よっし! 行きましょう!」


 自分の進路より人の恋路。


 レフに急かされて、俺とマリーもレドの捜索に加わることになった。


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