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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
10章 混沌の王子
103/183

103.













 ◆



「あともう少し」


 スイレンは学園へと繋がる秘密の道を歩きながら独白した。

 学園の生徒たちは誰も彼もが自分に心酔している。あるいは、リンクを敵視している。どっちも同じことだ、クラス全体を掌握したといっても過言ではない。


 リンクが元々冴えない学生だったところを突いた。男子生徒はこの私の魅力でイチコロ。靡かなかった男子生徒や女子生徒は、多くがシレネやマリーを信奉していたため、リンクの黒い噂を聞くと手のひらを返していった。自分たちが悪い男の牙から彼女たちを守るのだと無意味な庇護心を発揮してくれた。


 正義感は上手くくすぐってあげれば、すぐに刃に変わる。

 駄目よ、リンク。他人とは友好な関係を築かないと。貴方が不明瞭な存在だから、皆が私の方を信じたの。

 味方を作るのは簡単だ。敵を作ればいい。そしてリンクは、敵として優秀だった。


 あと一押し。リンクという人間を社会的に抹殺するまでに時間はいらない。


 披露会でオッズを逆転させて勝利したことをつついてもいい。シレネなんかは途中で剣を止めていたし、あれが弱みを握った末の八百長のせいだと言えば客観的にも納得できる。


 あるいは、リンクがマリーの身体に手を出したことにしようか。級友の立場を利用して王女に傷をつけたとすれば極刑もありえる。同時に、見ず知らずの男に身体を許したとして、王女としてのマリーの評価も下がる。


 どうとでもできる。

 自分が号令を下せば、全ては起こりうる。


「人を殺すのなんて簡単なんだから」


 何もナイフで刺し殺すだけが殺人ではない。立場を殺して、周囲を殺せば、人は簡単に死ぬ。


 ここまで手こずったのは、偏に攻撃対象を間違えていただけ。狙うのはマリーではなかったのだ。どうも話を聞くに、リンクという男がマリーの周囲にいるのが問題なのだ。まず狙うは本丸ではなく、優秀な馬。

 彼を彼女から剥がしてから後はどうとでも料理できる。マリーなんか誰も味方のいない王城に上らせてから、お飾りの王女にして孤独死させればいい。


 長髪を整え直す。おしろいの厚さを確認する。


 今の自分はカワイイ女の子。

 マリーが死ねば、次はきっと、私が選ばれる。

 カワイイ自分を選んでくれる。


 霊装に選ばれる理由なんかわからない。なんで自分や兄が選ばれずに、庶民の小娘が選ばれたのか。可愛いかどうかだ。理由は他に思い浮かばない。だから”私”は、女の子になる。どんな手を使っても、望むものを手に入れる。そして兄と共に、父の遺言を受け継ぐのだ。


「さようなら、リンク。さようなら、マリー」


 長い時間がかかったが、これであるべき状態に戻る。従来の状況に直ってくれる。

 くつくつと笑って、扉を開く。何もない倉庫が見える。




 そこには、件のリンクが立っていた。


「よお。ようやく尻尾を掴んだぜ」


 ――。


 一瞬、思考が止まった。


 少しの時間を置いて脳が動き出したときに出たのは、「なんで……」という一言だった。


 この場所が何故知られていた? ここの学園に通う生徒は誰も知らないはずだ。誰かにつけられていた? いや、尾行には最新の注意を払った。ダミーの道を介したこともある。そちらが気づかれた形跡すらなかったのに。


 なんで、なんでなんでなんで――。

 恐れと共に足を退きかけて、止める。


 ――馬鹿。この扉の位置がばれている時点で、ほとんど詰んでいるわ。


 戻ったところで王城への道が知れるだけ。むしろこいつが自分に繋がるヒントを得てしまう。


 退いては駄目だ。

 トドメを刺すタイミングを間違ったかもしれないけれど、今は後悔している場合ではない。

 まだ終わってはいない。むしろここからが勝負。


「えっと、見つかっちゃった?」


 笑顔と共に、まずはジャブを打ってみる。こいつはどこまで知っているんだ。偶然ここにいただけなら、まだどうにでも切り抜けられる。


「探し回ったんだ。あんたのことが忘れられなくてな」

「――、そう、なんだ。私って可愛いからね」

「ああ、とってもな」


 まだ耐えているか?

 心臓が早鐘を打つ。


「でも、偶然ね。こんなところで会うなんて」

「ああ、会えて良かった」

「……どうして、ここに?」

「たまたまだよ」


 リンクは肩を竦めた。


 情報が少ない。

 進むにせよ退くにせよ、窮地である。

 駄目だ。こいつがすべてを知っていた場合、自分には何もできない。道も知られているし、正体も知られているかもしれない。だとすれば、退いたところで待っているのは敗北だけだ。


 なぜ、どうしては置いていく。今必要なのは、とにかく一刻も早くこいつの息の根を止めることだ。

 自分の戦場で、殺すべきだ。


「そうなんだ。じゃあ、一緒に教室に行かない? 私、最近お友達がいっぱいできたの」

「人気者になる素質は持ってるもんな」

「ええ、羨ましい?」

「ああ、羨ましいよ」


 ――もっと情報を吐き出しなさいよ。


 出かかった言葉を飲み込む。


 蛇が出るか鬼が出るか。こうなった以上、スイレンは前に進むしかなかった。


 リンクと二人、学園の廊下を歩く。

 二人の間に会話はなかった。スイレンは背後のリンクの無言がとても辛かった。


 流石に自分がリンクを貶めようとしていたことには気が付いているだろう。彼がどこまで根回しを終えているかも重要だ。クラスの信用を取り戻していたらまずい。しかし、あれほどまでに敵対心を持たれていたら、それはあり得ないだろう。


 スイレンにとっての勝利は一点、自分が掌握した教室内で、リンクを公開処刑にすること。リンクとの信用勝負に勝つこと。それしかない。


「なあ、スイレン。どっちがいい? 今ならまだ選ばせてやる」


 後ろを歩くリンクから言葉がかけられた。剣先を背中に当てられているような気分だった。


「……何の話?」

「ここで全てを白状すれば、教室まではいかないでおいてやる。すべてなかったことにして終わらせよう」

「あはは、面白いことを言うのね」


 なるほど。自分は全てを知っていると、そう言いたいわけだ。


 どこから情報を仕入れたのか、まったくわからなかった。自分は何も間違えなかったという自信がある。誰にも計画を話していない以上、誰かが漏らしたとも考えづらい。とんでもなく頭の切れるブレーンがいるのか、はたまた、彼は自分以上に頭が回るのか。

 過程は置いていこう。結果だけが目の前にあるのだから。


「あまり私を舐めないことね」


 何にせよ、ここで退くようなら最初からこんなことしていない。


 一国の王子が女装までして、国の重要機関である霊装使いの集まる学園で画策しているのだ。失敗した時のリスクは最初っからわかっている。

 負けた時は、死ぬ時だ。


 スイレンはリンクを振り返った。

 自信のある満面の笑みで、お返事を。


「正々堂々、勝負しましょう」


 でも、死ぬのは私だけじゃない。

 あんたも一緒に、地獄行き。



 ◇



 正直、ここで折れてくれた方が楽だった。

 青ざめて謝ってさっさと退却してくれれば、そこで話は終わっていた。


 勝気な瞳を向けられて、顔が引きつりそうになるのは俺の方だった。


 覚悟を決めた人間の目ほど、恐ろしいものはない。窮鼠猫を嚙む。追い詰められた人間が最後に何をするかは想像もできない。


 迎え撃ちにきてほしくはなかった。

 彼の覚悟の深さ、潔さ。そんなものはなくてよかった、


 正直に言おう。

 俺はアイビーの協力によって全てを知っておきながら、クラスメイトたちへの根回しを完全に終えることができなかった。

 スイレンが俺を貶めるために動いていると説明しても、一度地に落ちた俺の意見を誰も信じてはくれない。シレネなど仁徳のある他の人を使っても、状況はさほど変わらなかった。


 俺はもう、スイレンを皆の前で直接言い負かすしか勝つ手段を持っていなかった。当人同士が証言の場に立つしかない。言い負けた方が負けの舌戦だ。


 どこまで俺がクラスから信頼を得られるか。


 負ければ、俺は神聖な披露会を汚した犯罪者。この国から抹消されるかもしれない。

 リンクがそんなことをするわけないと周囲に思わせて初めて勝利となる。そこまでの信頼を勝ち取らないといけない。


 こいつは、自分は死んでもいいと思っている。


 理由は二つ。こいつは自分が王になろうとは思っていないのだろう。兄が王になればいいと思っている。最悪、マリーさえどうにかできれば、自分はどうなってもいいと思っている。

 そして、マリーには俺が必要不可欠だということもわかっている。俺を抹殺できれば、マリーの足が止まることを知っている。だから死なばもろともで俺だけを殺しにかかっている。


 味方の盤石と敵の脆弱をよくわかっている。

 結局、こいつの有利な戦場で戦う事になってしまったな。


 俺の勝利条件は、俺の信頼を絶対的なものにして、こいつの言う事がすべて出鱈目だと証明すること。こいつの勝利条件は、自分がどうなってもいい、ただ、俺の評判を地に落とすこと。

 ち。勝利条件まであっちの方が緩いじゃないか。


 スカビオサと対峙した時よりも心臓が鳴っている気がする。なんてったって俺の苦手な分野な上に、俺個人の結果だけではなく他人の心情にもかかっているわけだからな。



 教室までたどり着く。


「どうぞ」


 と余裕たっぷりに先を譲られた。

 俺が扉を開くとクラスメイト全員の視線が俺を射抜く。


「お二人とも、こちらへどうぞ」


 シレネが教室の中心で待っている。

 俺とスイレンは互いに向かい合う形でその場に立った。


 さあ、舌戦の始まりだ。

 気張れよ、俺の口。いつもみたいに無駄に軽快に場を作ってくれ。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやティラクラウンを使ってみんなの前で質問すれば終わることだか... 男の時点で性別がバレたら性癖ノーマルの男子生徒たちの好意は全部反転する 女子に関しては言ったこと全部嘘と告白させればいい…
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