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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
10章 混沌の王子
101/183

101.













 まあいいか。

 よくよく考えれば俺は元からそういう人間だった。


 他人の評価なんかどうでもいいし、何と思われようが構わない。

 むしろ一人の時間が増えて安心した。

 強がりじゃない。


 事が沈静化するまで、俺は一人、前の時代でよく利用していたサボり場で黄昏れることにした。


「にしても、誰がやってるんだ……」


 冷静に考えよう。


 敵は明らかに俺を狙っている。俺を集団から弾きだし、迫害しようとしている。

 それによって得られるメリットは何だ。俺がいなくなることで利益を得る者は誰だ。


 真っ先に思いつくのはやっぱり王子たちだ。マリーの快進撃の裏に俺がいることがバレてしまったということだろう。討伐隊の一件の口止めが剥がれたか。いや、披露会でも優勝してしまったし、俺の存在は知れ渡っている。いずれにしても放置はしてくれなかったか。


 だとすれば、スイレンという少女は王子の差し金である可能性が高い。マーガレットだって学園の中に入ることができたんだ、王子なら部外者を潜ませる方法なんかいくらでもあるだろう。


 一番の解決策はスイレン本人を捕まえることだ。しかし、彼女は一貫して俺の前には姿を見せない。それなのに、うまく学園内に潜伏して級友とはいまだに会っているようだ。色んなことを吹き込んで、俺の立つ瀬が日に日になくなってきている。今だって教室に俺の居場所がない。


 このままじゃ、マリーの近くに俺がいるだけで負の評価だ。学園の評価がそのまま社会の評価になってしまってはまずい。せっかく王子たちに対抗する立場を築いてきたというのに。


 この一手は中々に面倒だ。いっそのこと、俺の役割をシレネに預けてしまうか。俺はこのまま嫌われ続けて、道化を演じるべきか。人は味方だけではなかなか結束しない。しかし、明確な敵がいれば一瞬で結束する。

 いや、ダメだ。将来性がない。スカビオサやマーガレットに何と言えばいいかもわからない。


「なにしてるの」


 一人頭を悩ませていると、当の本人から声がかかった。

 振り返ると、スカビオサが立っていた。普段表情筋の動かない彼女にしては珍しく、呆れかえった顔だった。


「見てわかるだろ、サボってるんだよ」

「そんなことは聞いてない。こんな下らないことで何を二の足を踏んでるの」


 そこそこお怒りのようだ。

 まあ確かに、魔物を倒そうと結束した直後、言い出しっぺの本人が転んでしまっているんだ。それも、たかだか一人の少女の存在によって。


「こんなところ、どうこうする場面でもないでしょうに」

「そうは言っても難しいぞ。人ってのは結局、感情で動くものだからな」

「ここにいるやつらなんかどうでもいいでしょう。私たちさえいればそれでいい」


 協力体制になったとはいえ、スカビオサはスカビオサ。自分と他人との境界が大きい。


「駄目だ。魔物の討伐には多くの霊装使いの協力が不可欠だ。強大な力を持つ一人だけじゃ駄目なんだよ。こいつら全員を味方につけて前に向かわないといけない」

「私たちで事足りる」

「その傲慢で今まで失敗してきたんだろ」


 強い言葉を使うと、スカビオサが言い淀んだ。


「おまえが一番よくわかってると思うが、魔物は一人の力でどうこうできるものじゃない。無限に湧いて出てくるあいつらは、一人で防衛線を張ったって、簡単にすり抜けていくんだ。優秀な人数が大人数で壁を張ることで、ようやく活路が見えてくる。一人いるかいないかで全然違うぜ」

「……そんなこと、わかってる。でも、だからこそ、さっさと体制を整えないと」


 スカビオサの言い分もわかる。

 せっかく俺とスカビオサとマーガレットが協力体制になったんだ。そりゃ、こんな人間の横やりで詰まりたくはない。


「そのためには協力してくれ。俺の不評をなんとか吹き飛ばしてくれよ」

「わかった。やってみる」



 ◆



 リンクはスカビオサを動かした。

 急にスカビオサが級友にリンクは悪くないと演説を始めた。

 普段は接点などなさそうだが、どうもあの二人も繋がっているみたいだ。


 だけどスカビオサは問題ではない。彼女の強さは疑いようもないが、柔軟性もまた、真逆の意味で疑いようがない。彼女の言葉には他人を巻き込む力などない。宙に浮いた言葉は誰にも届かず地面に落ちていくだけ。


 私は違う。


「急にスカビオサさんがリンクを庇いだしたわね。おかしいと思わない? スカビオサさんもきっと、リンクに口説かれてるわ。どれほど人を口説けば気が済むの? リンクって最低よね。もしかしたら披露会の試合でも、何か取引があったのかも。そうでもないとスカビオサさんが負けるはずないもの。彼女のためにも、リンクをどうにかしないと」


 眼前の男子生徒は頷く。

 疑いもしていない。

 人間は感情的な生き物。寄り添ってあげないと誰も近くにはいてくれないよ、スカビオサ。


 そう、言葉は素敵よね。

 誰が言ったって、何を言ったって、真偽に関わらず、それっぽい方に傾くのだから。


 信用こそが一番の武器。

 私は、この戦場においては最強だ。



 ◇



 あのスカビオサが動いてくれた。

 他人の意志を懐柔するために。

 それ自体はとても嬉しい。彼女も強くなるだけでは駄目だと気づいてくれたということだ。


 しかして。

 スカビオサがリンクは悪くないと公言したところで、何も変わることはなかった。彼女は口が上手いほうではないし、急に彼女が俺を擁護しだしたことで、「あいつ、ついにスカビオサ様まで口説きだしたぞ」なんて言われる始末。どんな行動も裏目になっていく。


 俺のぼっちは継続している。


「ねえどうするの」


 サボり場でぼうっとするしかない俺。

 嬉しいことに、来客はやってきてくれる。


「あんたへの批難が止まらないんだけど。いないことで言われ放題よ」


 マリーが呆れながら俺を小突いてくる。


「言わせたいやつには言わせておけよ」

「あんたがいいならいいんだけど。いいの? このまま排斥されちゃって」

「まあ、いいんじゃないか」


 俺が人にちやほやされる展開の方がおかしいのだ。このくらいの方が俺らしい。

 と、自虐も挟みつつも、本心を伝えておこう。


「膠着状態になったとき、あちらさんが何をしてくるか次第だな」

「どういうこと?」

「相手の考え方は俺と似てる。目的を絞って、そこを攻撃してくるところとか」


 俺が王子側の立場でも、この手段をとる。リンクとかいうやつがしゃしゃり出てきていることは十分に理解できるのだから、彼を迫害さえすれば動きを止められる。マリーがなおもリンクの近くにいるというのなら、彼女も同罪と誘導する。段々と評判を貶めていくのだ。

 人の言葉の強さは、信頼とイコール。これから大人数の国民を相手にするときに札付きじゃ戦えない。


 しかし強引な手なのは間違いない。実行犯は場を掌握できる自信があったのだろう。


「俺だったらここで終わらせない。最後の一手を打つ」


 反逆の芽は摘み取ってなんぼだ。咲かない華に価値はない。


「ふうん。そこを狙い打つってこと?」

「むしろそこしか好機がないともいえる」


 俺だってただサボっているわけではない。

 スイレンと生徒たちの出会いの場を押さえようとしている。しかし、中々尻尾が掴めないのだ。


「俺とスイレンが出会ってしまえば、この話はそこで終わりなんだよ。スイレンを捕まえて全員の前に顔を出せば、話は終わる」

「そうなの? 体に触ったら強姦魔ーとかって叫ばれるかもよ」

「それならそれで俺とスイレンの仲が良くないという証左になる。俺たちにそういう関係がないことがわかればいいんだよ。叫ばすだけ叫ばしとけ」

「待ちの一手? 今、ここで行動しないと手遅れになるかもしれないわよ」


 マリーは真剣な目で訴えかけてくる。


「私、貴方が近くにいないのなら王になんかなりたくない」


 俺はその言葉に答えられない。

 俺はマリーに王を押し付けてしまっている。

 国のため、未来のため。聞こえはいいが、結局は一人の少女の未来を摘んでいることに変わりはない。

 その贖罪として、叶えられるものは叶えてあげたい。

 俺が傍にいるだけでいいのなら、全身全霊を尽くそう。


「俺の目的のためには、おまえを王にするだけでは足りない。むしろその後が大事。この国の未来のために舵を切らないといけないんだ。その時おまえの傍にいないでどうする」

「わかってるならいいわ」


 満足そうに頷いた。


 マリーに言われなくたって、俺だってわかってる。

 このままではまずいことも。


「俺だって色々動いてる。一応、接触がありそうな男子生徒に張ったりしてるんだが、相手はそういうときは足取りを掴ませてくれない。賢い敵だよ」

「大丈夫? 王冠の能力を使う?」


 不安そうな顔をされれば、笑顔を作るのが俺のやり方だ。


「そんなものなくても大丈夫だ。任せておけ」

「わかったわ。じゃあ私たちは、しばらくいつも通りに過ごせばいいのね」

「ああ」

「あ、そうだ。スカビオサとは本当に何もないのよね。なんか最近リンクのことを擁護してたけど」


 胡乱な目つきで疑っているマリーの額を軽く小突いた。


「おまえまで惑わされんなよ」



 ◆



 リンクが色んな場所に顔を出すようになってきた。

 男子生徒に張りついて、私と出くわすことを待っているようだ。


 甘いわ。

 もう男子生徒へのアクションは終わっている。彼らの前に顔を出すことはない。好感度が上限までに至った相手と話すことなんかない。


 彼らには私に心酔するように、”理想の女の子”を演じた。ぞれぞれの目を覗けば、何を求めているかはよくわかる。他人の感情を転がすことは、王城の政争問題で学んできた。頭を使わずに剣を振ってきただけの少年少女なんか、簡単に自分の手の上だ。


 次は、女子生徒。

 全員、自分の手中におさめてやる。

 

 リンクは後塵を拝すだけ。

 彼が気づいた時には、周りが全員敵になっている。


「ねえ、リンクって、女の子の敵だと思わない? そんなに魅力もないのに、どうしてマリー様も、シレネ様も、アイビーさんも、付き従うのかしら。もしかしたら、何か弱みとか握られているのかも。彼女たちを助けるためにも、リンクを蹴落としましょう」 


 誰かを助けるため、っていいわよね。

 誰だって簡単に正義のヒーローになった気になれる、魔法の言葉だわ。

 そしてヒーローは、悪を滅ぼすために全力を尽くすの。



 ◇



「なかなか尻尾を掴ませてはくれませんわね」


 最近おなじみとなった場所にいると、シレネがため息混じりにやってきた。


「おまえでも難しいか」

「あちらさんも警戒していますからね。リンク派閥の動きは徹底マークされていますの。私には情報が回ってこないし、上手く躱されてしまっていますわ。最近は女子生徒にも手を伸ばして、水面下で話を進めているらしいですし。私も集団で囲まれて、何の弱みを握られてるの? 大丈夫だからね、と暖かい言葉をもらいましたの」

「えぇ……。俺、そんな扱いなのか?」

「もうすでに貴方は女の敵ですわ。相手はとんでもないですわね。すでにクラスに強く根付いてしまっている」


 どんなコミュ強だよ。

 俺が二年かかったのに、一瞬で打ち解けやがった。


「考え方が似てると思ったけど、やっぱり違うのかもしれない……」

「それはそうでしょう。貴方の方が魅力的ですもの」

「傷心に染みるね」


 相手の人心掌握能力は相当高いと見える。俺にはないものだ。俺に欠乏しているものを理解して自分に有利な戦場を選んでいるのだとしたら、厄介な相手だ。


「これの最悪のシナリオってなんだ?」

「貴方の根も葉もない噂をでっちあげられ、退学になることでしょうか。あるいは、王都全体に社会的に抹殺されるような情報を撒かれるとか。そうなれば、貴方は表舞台に二度と立てないくなりますわ。

 具体的には、先日の披露会、貴方が八百長をしかけたことにされる、とか。アイビーさんに高額をかけさせて、脅迫でも買収でも生徒たちから勝ち星を買い、多額の配当金を得た。あの一件で大損こいた人はいっぱいいるでしょうし、歴史のある大会でしたから、それを愚弄した貴方の評価は地に堕ちますわ」


 うわ、かなり具体的じゃん。

 というか、その可能性がかなり高い。

 俺が優勝するなんて、それこそ誰も予想していなかったのだから、信じる者もいるだろう。


 敵の腹積もりに乗って生徒たちが口裏を合わせて公言すれば、誰だってそっちを信じる。俺の居場所はなくなってしまう。マリーの近くで女王の騎士となる事もないし、討伐隊にも混じれなくなるかもしれない。


「……やばいな」

「そうです。やばいのです」

「まさかこんなところで」

「まずはその考えをやめましょう。相手はそれなりに頭の回る相手ですわ。魔物を討伐するのと同じように、全力で相手をしないといけません」


 ……おっしゃるとおり。

 どうも、魔物を討伐することばかりに気をとられて、足元を疎かにしていた。

 本当に怖いのはいつだって人間だっただろうに。


 俺は本当にゴールまでの道筋を掴んだのか? スカビオサとマーガレットの協力を得ただけで、終わったと勘違いしてやいないか。


 違う。

 マリーを王にもしていないし、魔物の脅威も伝えられていない。

 本当の勝負はこれからなのだ。


「悪かった。心を入れ替えるよ。まずは人間を相手にしないといけないな」

「いえいえ。本気を出したところでどうこうできるのなら、もうなっていますしね」

「だけど気持ちの問題はある」


 盤面を前に、対局には座っている人物がいるのだ。

 相手の思考を読み取って、先に手を打たないと。



 ◆



 読み切った。

 リンクはもうこれ以上手を打てない。


 自分の手は多くの人間の深層に突き刺さった。今更リンクが声を張り上げようが、もう遅い。どうにかできる状況は過ぎ去っている。

 彼の敗因は、早々に姿を消したことだ。弁解の機会を失って、私に好き勝手場を荒らさせたこと。いくら勝ち目の薄い戦いだったとしても、譲ってはいけない局面は往々にしてある。彼は戦局を見誤った。踏みとどまる場所を間違えた。


「快進撃を続けていても、結局、人は人よね」


 人ほど読みやすいものはない。

 仕草、感情、行動、どれを見たって、何を考えているかの証拠になってしまう。嘘をつく唯一の生物のくせに、嘘から最も遠い存在が人なのだ。


 自分に読めないものはない。

 読めないのは霊装が選ぶ後継者くらいなもの。


「……嫌なこと思い出したわ」


 頭を振って、笑顔を作る。

 カワイイ。

 私は、カワイイ。


 霊装は選ばなかったけれど、多くの人は選んでくれる。

 選ばれないのなら、選べばいい。


 私は選ぶ。ただのうのうと生きているだけで王の証を手に入れたやつとは違う。自分の手で、掴み取って見せる。


「リンクが死ねば、あいつも死んでくれるかな」


 あいつのリンクへの想いは本物に見えた。

 だとすれば、ここでリンクを完膚なきまでに叩き壊せば、望む未来が手に入る。


「待ってて、兄さん。私がリンクを殺して見せる。私の戦い方で、社会的に。そして貴方に王冠を」

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[気になる点] >リンクって、女の子の敵だと思わない? そんなに魅力もないのに いやそもそも最初の時点でスイレンは女子たちからただのビッチと思われないの?男子たちが揉み合ってる頃 ビッチの話を信じる…
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