100.
今まで俺の目的を明確に邪魔してくるやつはいなかった。何故なら、俺が取るに足らない存在だったからだ。そして同時に、その目的も大言壮語。マリーを王女にするなんて、二年前なら鼻で笑われていただろう。リンクという存在は、無視しても良い羽虫だった。
それが今は目的を実現可能なところまでやってきている。一歩一歩着実に前に進んだ足は、踏み入れるとは思われていなかった領域を踏みしめた。
何かを成し遂げるということは、何かがままならないということ。誰かの幸せは誰かの不幸せ。俺は明確に誰かの敵となりうる存在となってしまった。
自分から仕掛ける側は何度も繰り返した。現状の要素を鑑みて、常に満点の動きになる様に人を配置した。
しかし、今は仕掛けられる側。何がどう物事を動かすのかわからない。賽の出た目で戦うしかない状況だ。閉ざされた箱の中で暴れる俺を見て、今も敵は俺のことを嘲笑っているのかもしれない。
不明瞭がある戦いは嫌だ、なんて言ってられる余裕もない。そういった戦い方は今まで俺がしてきたわけだし。
現状分析もそこそこに、俺は振り返る。級友たちはいまだ怒りの感情を顕に俺を追い掛けてきていた。
「どうしようかな」
「どうしましょうね」
「あいつらをあしらうっていうのなら難しくはないけれど、それは選びたくないな。せっかくここまで来たのに」
「そうですわね。せっかくこちらの仲間になってくれそうだったのに、蹴散らしたとなれば少なからず溝ができてしまいますわ。穏便にいきたいものです」
並走するシレネも思案顔だ。
誰が仕掛けてきたのか、元締めは恐らく王子たちだろう。しかし、それを指揮しているのが誰かがわからない。誰を取っ捕まえれば終わるのかがわからない。
とにかくはこいつらを何とかしないと。
再度振り返って説得を試みた。
「おい皆、その話はデマだ。俺はスイレンってやつとは関係がない。興味もない」
「でも、話したんだろ。あいつなんて親し気に呼びやがって」
「少しだけだって。帰り道に会っただけだ」
「話してるじゃねえか。そこでスイレンちゃんはおまえを、おまえに、恋したんだきっと!」
「知らねえよ。俺の知ったことじゃない」
「その反応がむかつくんだよ! 俺は頑張らなくてもできますみたいな顔しやがって。無味無臭な雰囲気を出しながら、気が付いたらクラスの綺麗どころに手を出してやがるし。すかすな、死ね!」
駄目だ。何を言っても火に油。俺の普段の行動がすべて裏目に出ている。
気持ちも理解はできる。俺もリンクという存在が他人だったら、あっち側に混じっていた自信がある。
「勢いで出てきちゃったけど、私たち、一緒にいない方がいいんじゃない? なんか私たちが話すたびにメラメラって音がするし」
マリーが事の状況を把握して、進言してくれる。
確かに今の俺はシレネ、マリー、アイビーを連れての逃避行中。油をまき散らしながら業火から逃げているという矛盾。
しかし、置いていくのはどうだろうか。敵の本心がわからない以上、教室に残ったら残ったで妙なことになりそうだしな。特にマリーはこういう不安定な状況では、近くに置いておきたい。
「駄目だ。特におまえは俺の傍を離れるなよ」
「う、うん」
顔に朱を挟んでしおらしくついてくるマリー。
「死ね死ね死ねッ!」
更に燃え上がる火薬庫。
ああもう、何が正解なんだこの場合。
というか、逃げるから追われるんだよな。あいつらだってまさか本当に殺そうと思ってるわけでもないだろうし。
俺は立ち止まって、振り返った。
級友の足も止まる。
「ここで約束しよう。俺はスイレンとは何もない。これからもこれまでも。約束を破ったらそこの木の下に埋めてもらっても構わない」
ババーン、とやれ。
「信じられないな」
「じゃあ逆に問おう。この三人がスイレンと何かあることを許してくれるとでも思うのか」
教室内で俺が三人の圧に浸され続けていることは周知の事実。何度睨みつけられ、手紙を破られたことか。俺のことは信用できなくても、この三人ならどうだ。
流石に級友たちは顔を見合わせた。
「まあ、それはあるな。シレネさん怖いし」「マリー様も怒ると怖いよ」「でもアイビーちゃんも怖い……」
俺以上に三人の評価の方が心配になってきた。もう少し俺に優しくした方がいいと思う。
火薬庫は一度鎮火の動きを見せた。
「まあ、リンクがそう言うならいいか。リンクならまだしも、他のやつらならどうとでも出し抜けるし」「ああ? おまえ、何言ってんだ」「俺はキスまでさせてもらってるし。おまえとは違うんだよ」「はあ、あ?」「え、俺もキスまでは。ってかおまえもそうなの?」「続きはリンクがいるからダメだって……」「リンクとは最後までしたって聞いた」
「…………………………」
鎮火失敗。
それどころか、俺の背後からも殺気を感じる。
「リンク様。どういうことでしょう」
「リンク。怒らないから正直に言って」
「リンクはそういうことしないもんね。私、わかってるよ」
全員笑顔なのが怖い。
それぞれ別の種類の圧力を感じる。
「そんなことしてない。する意味がない。勝手にでっちあげるな」
「彼女、鎖骨のあたりに黒子があるんだってよ。リンクはそれも知ってるって言ってた」
ぼん、とシレネが爆発した。
がん、とマリーがふらついた。
みし、とアイビーが凍り付いた。
「知らねえよ、そんなこと。勝手に言うな。俺はあいつのことを何も知らない。本当に、何も知らないんだって」
「……」
この場全員、俺の言葉が届いているとは思えなかった。
なんで信じてもらえないかと言えば、俺の素行のせいか。
俺が多用してきた嘘。まさか俺自身が嘘にやられるとは。
飼い犬に手を噛まれた気分だ。
敵がいるとしたら、良く俺たちのことを見ているものだ。
俺たちの結束は結局、恋愛感情に依る。好きだから、一緒にいたいから、そんな思いが根底にある。それが崩れれば、どうなるかは想像に難くない。
そして、人は自分が見たいようにモノを見る。美男美女が笑顔を向けてくれれば気があると思うし、浮気者が女と歩いていれば不貞を疑う。
「断罪だ」
誰が言ったか、その一言で俺に襲い掛かってくる男たち。
「馬鹿か! 嘘だって言ってるだろ!」
「信じられないな!」
「なんで俺の言葉は信じられなくて、スイレンの言葉は信じられるんだよ。そんなほいほい他人の言葉を信じるんじゃねえ!」
埒が明かない。
襲い掛かってくる彼らをちぎっては投げ、ちぎっては投げた。空いたスペースを見つけると、そこをついてそのまま逃げ出した。
なんで美人一人の登場で、ここまで俺の築き上げてきた土壌が崩れていくんだ。
命からがら教室に戻ってくると、今度は女子生徒たちが俺を待ち構えていた。
大多数が壁のように立ちふさがり、俺に蔑視を投げる。
「さいってー」
侮蔑の瞳と共に一蹴された。
「えぇ……」
なにこれいじめ?
ふらつきながら自分の席にたどり着く。隣の席のレドに事の次第を聞くと、
「おまえがいなくなった後、おまえへの不満が湧き上がってきてたぞ。三人から好きだと言われているのに飄々としているだけのおまえは、女の敵だってさ。シカトの対象だってさ」
「……」
モテモテだった俺はどこへいったんだ。
◇
まあいいか。
よくよく考えれば俺は元からそういう人間だった。




