【8】恨みっこなし、ってことで
「ははっ……あー危なかった」
平之季君が、ピエロのまねをするように手を開いた。
「俺が暴君だ、って挙手した人は、目には目を、って感じ? 単に俺が汚れ役をやった、っていう考え方もできると思うんだけどね」
「平之季……お前……自分が何したか分かって、言ってるのか? 御堂を殺したんだぞ」
丹藤君が食って掛かる。
でも、それはお門違い、と言う気もする。本当に死ぬかどうかは、さっきまでの時点では分からなかった。
なのに、平之季君が、御堂君を殺した、と決めつけて、断罪できるものだろうか。
憎むべきは、こんなゲームを主催した、どこかの誰かじゃないか。
「いや、俺は別に御園君を殺したわけじゃないよ。御園君が俺とセックスする、っていう選択をしたら、まぁ、受け入れるつもりだったし」
だから、結果的に死ぬことになった主因は御園君側にある。
御園君が死んだのは、自業自得だ。
そう。
そういう見方もできる。
だからこそ、私も挙手しなかったのだ。
つまり、皆の思考を想像すると、平之季君を『暴君』と定めて死なせるのは、あまりに酷いのではないか……と。
これは、私自身の恩情ではない。
臣下の中に、「そう」考える人がいるのではないか、と想像したということだ。
────挙手するなら、皆が挙手すると確信できるときだけにしないと、要らない敵を作ることになる。
そう思う。
でも、皆が皆同じように考えるわけじゃないというのは、3人が挙手したという、この結果を見れば明らかだ。
「これ、もしかして、王様に選ばれた人間の方が不利じゃない?」
と、雪見ちゃんが言った。
誰も返事をしなかった。皆、その言葉の意味を考えていたのだと思う。
結構、重要な示唆だ。
3回目の『王様』を選ぶクジが始まった。
ディスプレイにタッチする順番をどうするか、と柳君が尋ねたが、とりあえず今のままで良いということになった。
どの順番で回したって、当たる確率は変わらない。
それくらいは、皆分かっているようで、その冷静さがあるのは良いことだと思った。昨今の大学生も捨てたものじゃない。
「とにかく、これでピエロが言ってた通り、本当に命がけのゲームだ、ってことがハッキリしたんだから、このゲームを切り抜ける方法を考えないと……」
私が言うと、雪見ちゃんが「えっ?」と言った。
「切り抜けるって? どうやって?」
「まだ方法は分からないけれど、どこかにルールの穴があるかもしれないでしょ。できることなら、できるだけたくさんの人数が生き残って、ゲームを終えられるのが一番いいんだから」
「だって、最後の一人しか、生き残れないんでしょ?」
「うん。残念ながら、その可能性が一番高いけど、ルール説明のどこにも、そんな断言はなかったよね」
すると、皆からは懐疑的な目と「確かに」という同意の声が同時に返って来た。
もちろん、私だってそんなにうまい話があると楽観しているわけではない。ただ、可能性を念頭に置いて話しているだけだ。
「なんか、最初の説明で、命がけのデスゲーム、って言ってたような気がするけど……」
「一人しか生き残れません、とは言ってないよ。逆に、最後の一人は生き残れます、とも言われてないけど」
ちなみに、これが、私の目下一番の懸念だ。
最後の一人になったからって、助かるとは限らない。
もしも、これが、一般常識や社会規範を超越した『神様』的な存在によってお膳立てされたゲームならば、助かる可能性は高い。
だが、そうではなく、もっと卑近な金持ちの道楽程度の興行ならば、最後の一人も口封じのために殺されてしまう、と考えた方が……どちらかといえば、自然だ。
だとしたら、せっかくデスゲームに勝ち抜いても、意味がない。
「ねぇ、それ、ピエロに、聞いてみようよ」
「だから、さっき話かけてみたんだけど。返事が無かったからねぇ」
「そんな……勝っても助からないかもしれないなんて……」
噂をすれば影、じゃないけどピエロが画面に現れた。
『王様だ~れだっ!?』
今度も、私までくじ引きの順番が回ってくることなく、王様が決定した。
「どうしよーう……」
王様は、リホちゃんだった。
私は何となく嫌な予感がした。
『では、王様は誰に、何を命令するかお答えください』
リホちゃんは、マニュキュアの塗られた指を頬にあてる。
「じゃあ、本当に命がかかっているんだから、恨みっこなし、ってことで。本気でいくね」
その前置きに、ひやりとした。
誰かを、殺す気だ、と伝わってくる。
いくら本当に命をかけたデスゲームであることが判明したとしても、普通の人間ならば、それで即座に人殺し命令をするのは難しい。
ただ、私が見る限り、リホちゃんはかなり初期のうちから『ギア』が入っていた。
たぶん、色々と、思い込みの強い、信じやすい性格なのだろう。
「じゃあ、柳君に命令で、この部屋にいる男子を全員殺すこと」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
柳君は、情けないような縋り声をあげた。
「冗談だろ」、と言いながら、冗談にしてしまいたいというような、半笑を浮かべている。
冗談だとしたら、たちが悪すぎる。
この場合、冗談じゃないから、もっと悪い。