【5】暗に賛同の意思
雪見ちゃんが命令をすると、ディスプレイの表示が、切り替わった。
ピエロは姿を消し、文字だけが映し出されている。
<命令が受理されました。臣下は、王様の命令を実行してください>
柳君は、素直にその場でジャンプした。
両足を揃えて垂直方向に、ぴょん、って感じだ。
すると、再び画面に戻って来たピエロが言った。
『オッケー! ミッションクリア~! じゃあ、早速、次はみんなの投票だ~』
まさか、この画面の中のピエロに透視能力があるわけではないし、今の行為でミッションクリアになったということは、やはりこの部屋は外部から監視されている、ということだ。
ぱっと見た感じでは、どこにもカメラは見当たらない。
私は、カメラを探し出して、壊すことが『運営』への有効な反撃になるか、考えてみた。
最初に提示されたルールをみる限り、そういう妨害行為は禁止されていない……はずだ。
────でも、天井の壁に埋め込まれているとかだったら、簡単には見つけられないだろうなぁ……、一個だけのわけもないし……。
『投票は、今回は挙手制にしよう。まずは全員、目を閉じて。王様を『暴君』だと思う『臣下』は、右手を挙げる。肩より、高い位置に挙げてくれ。そして手を、挙げたままにしておくこと。全員目を開いて結果を確認した後で、手を下ろす。こういう流れだよ。分かった? さぁ、いいかい?』
────んっ? えっ? 何、何て言った?
他のことを考えていたので、ピエロの説明に咄嗟に頭がついて行かなかった。焦りで鼓動が一気に速くなる。
『まずは、眼を閉じて~。王様も、眼を閉じるんだよ』
素直に、眼を閉じる。ピエロの言うことには従っておいた方が安全側だ。
しかし、そうか……王様も目を閉じるのか。挙手するのは臣下だけだけど。
『王様を暴君だと思う臣下の人は、挙手して~』
初回は、きっと、誰も手を挙げないに違いない。私はそう思うけど────どうだろう?
少なくとも、私は挙手しないことにした。
『はい、手はそのまま~、皆、眼を開けて~』
恐る恐る眼を開ける。すると、やはり誰も手をあげていなかった。
どことなく、ほっとする。
先に聞いているルール上、全員一致じゃないと、王様は『暴君』認定されない。
今の人畜無害な命令に対して王様を『暴君』と認定するのは、周囲の心証を悪くする以外の効果が無い。
『ということで、今回の王様は暴君ではありませんでした~。処刑者ゼロで良かったね~』
ピエロが囃し立てる。
どうやら、これで1ターンが終わったようだ。
なるほど。こういう流れなのだな、とチュートリアルを経た気持ちになる。
「ねぇ、もう、こんなゲーム止めたいよ。気持ち悪いし。警察に連絡しようよ。閉じ込められてる、ってことは監禁でしょ?」
ショートカットの女の子の方────マホちゃんは泣きそうだ。
「私、とりあえず友達にメールしたよ。この店まで来てくれるようにお願いした。私達の座敷がどうなっているか、見に来て、って」
リホちゃんが心強い言葉を発する。
「そっか……。その子に頼んで、お店の人にも確認してもらって、こんなゲームは止めさせてもらえばいいんだ」
「でも、すぐに来てくれるとは限らないから、やっぱり警察にも電話しようか」
「そうだな。その方が良さそうだ」
幹事の柳君がスマホで警察に電話をかけ始めた。
「なんか、やっぱり嘘っぽいよね…………。警察に連絡したら、怒られちゃうかな」
「わかんない」
リホちゃんとマホちゃんが囁き声で言った。
無事に柳君は警察と連絡が取れたらしく、事情を説明して、警察が来てくれる話になったという。
「これで、もう安心だね」
「そうかな? 店の余興にしては、手が込み過ぎてるよ。この部屋を監視して、ピエロを操作して、ってさ。扉が開かない理由はいくつか想像できるけど、それにしたって大掛かりな装置がいる。これが余興じゃないとしたら、警察への対策くらい、してあるんじゃないかなぁ」
丹藤君は、理論的だ。しかし、少し饒舌過ぎるきらいもある。
女の子達の不安を煽ってどうするのだろう。もっといえば、何のメリットがあるのだろう。
王様のくじを引くように表示がされていた画面が変化し、カウントダウンが始まったので、また、皆でディスプレイを回した。
画面のピエロが言った。
『王様だ~れだっ!?』
「あ、俺です」
『王様』が当たったのは、平之季君だった。
『では、王様は、誰に、何を命令するかお答えくださ~い』
「命令かぁ。どうしようかな……」
平之季君が感情のこもってない声で呟くのを聞き、何だかこの人、怖いなぁ、と思った。
そして遅ればせながら、私も「そうか、次は私が王様になるかもしれない」と実感が沸いてきた。
「平之季、どうするん?」
柳君が尋ねる。
「うーん。なんか、思い切った命令してみよっかな」
「えっ……なんで?」
「別によくない? 警察の介入で終了するゲームなら、実際に人が死んだりしないだろうし、逆に警察の手が届かない案件なら、このまま膠着してちゃ、永遠に終わらないし」
「そうだけど…………」
「だろ? 皆だって、早くハッキリさせたいだろ?」
そう。確かに、その通りだ。
私は黙っていた。皆も黙っている。これは、暗に賛同の意思を示していることになるのだろうか。