ゆめ。
ザブン
沈む、沈む。
くらい、こわい、苦しい。
手を伸ばす。上へ、上へ。
それが無駄だと分かっていても。
掴む手。
あいなの手だ。
両腕が無いのに、必死にぼくを上へと上げようと。
何でこんなことになったんだっけ。
そうだ。海だ。
海と砂浜が交差した世界で歩いてたんだ。
せんせいが前で。あいなが後ろで。ぼくが真ん中。
真っ暗な中歩いてた。
光景が分かっていても、暗かったら何も分かんない。
だから結局落ちちゃった。
狭い海に。
もういいよ、あいな。君まで落ちちゃうよ。
せんせえは助けてくれないんだろうか。
暗いから見えてないんだろうか。
そもそもこれがせんせえの手なんだろうか。
いや違う。だって分かるもん。
もうとっくに眼鏡は流されちゃったけど。どっちみち海の中で目は開けられないけど。どっちみち暗いけど。
それでも、細長く白い腕が浮かんでるのは分かってる。
もちろん掴む手があいなの手なのも。
頭の中で分かってる。
だからもういいんだよ。あいな。
すっごく苦しいんだ。真っ暗なのが更に真っ暗になってるんだ。
ごぽごぽ
もう駄目みたい。
ありがとね。あいな。
………はっと目が覚める。日の光に目を焼かれながら。
「なんだ。夢か…。」
思わず胸を撫で下ろす。
何であんな夢を見たのだろうか。
海に行きたいから?それとも死にたいだけ?
……夢に理由を求めても無駄か。
「おはよっ」
耳にはいるだけで思わず笑みがこぼれる声が聞こえる。
そう、彼女だ。
「おはよう。愛菜」
ようやく慣れてきた目を隣に向けながら呟く。
今日最初に見ることができたのは、彼女の愛らしい笑顔。
それだけで今日一日頑張れる気がする。
「泣いてるの?」
彼女が細長い指で、僕の涙を拭ってくれる。
「ちょっと怖い夢を見ちゃってさ。何も見えないのに怖いことばかりでさ」
「ふーん。月曜の朝から災難な事ね」
そっか、今日月曜日か。
今日一日頑張れるとは思ったけど、仕事やだなぁ。
まあでも。
「そんな中でも君がいてくれたから。それだけで嬉しかったよ」
それを聞いた彼女は、更に口角を上げて、
「ふふ。あんたは私がいないと本当だめね」
恥ずかしい言葉を言われちゃった。
確かにその通りだけども。
「それで?晩御飯は何にする?明日は日曜日なんだからしっかり食べて頑張りなさいよね」
「何にしようかな。コーンスープがいいかな。カレーがいいかな」
「スープは昨日食べたし、あんたはカレー嫌いなんでしょ?」
「あっ、そうだったね。寝ぼけてたよ。ははは」
「もー。しゃきっとしなさいよね」
軽い会話を弾ませながら、僕たちの一日が始まった。
……ああ。
……こんな夢を見たかったな。
目に涙が浮かぶ。
拭おうにも、腕が金縛りにあって動かせない。
まぁ、彼女は拭う腕すら無いから贅沢言ってられないけど。
隣を見る。
彼女も目が覚めたようだ。
それとも最初から眠っていなかったのかも。
さっきまで気を失ってたしね。
とにも、かくにも。
綺麗な、海だ。強い、風だ。
「さよなら。愛菜」
「うん。さよなら」
ザブン