第4話-旅立ちの記憶-
記憶を無くして自分の事を人間だと思い込み、こことは別の世界の日本で暮らしていた俺。そんな俺を召喚したのは俺が記憶を無くす以前から夫婦関係にあったフェニ。
そんな神同士の我々が無事に記憶を取り戻して再会出来た訳だ。これは喜ばしい。
現在は彼女の拠点で今後について相談中。
最低でもここを出る事は決定らしい。最終的には例の国に行ってみよう。そういった結論だ。
『旦那様!旦那様!お聞こえになっておられますか!?トーラ様!』
ーーっ!!
脳内に突如響いた凛とした美しい女性の声。
突然で申し訳ないが、俺は産まれた時から虎の守護霊が居ると言われて来ていた。
日本に居た時は当然会話など出来ずにいたが、この世界に来てから俺にだけに声を飛ばす事が出来たようだ。
あまり驚愕していないの理由は彼女にも心当たりがあるは故だ。
ちなみに「トーラ」とは俺の事。
日本では宝井虎人と名乗っていたが、本名はトラデウス・テーサウルス・ヒルデウス。
親しい者は俺の事を「トーラ」と呼ぶ。
俺を親しい者の呼び方で呼称する彼女もまた俺が記憶を無くす前から親しい仲にあった。
何を隠そうと彼女も俺の妻の1人。浮気じゃないよ?フェニも公認だよ?
「ラン!良かった!やっぱり日本から俺の中に居たのはお前だったのか……早く現界して姿を見せてくれないか?」
やや弾んだ声色で俺が答える。彼女の名はラン。虎の姿で守護霊に扮していたのは俺の名前に擬えてだろう。
俺の反応でランの存在に気が付いたフェニも表情を緩める。
『それが……まだ神力が足りないのです。…すぐにでも直接お逢いしたのは山々なのですが……申し訳ありません』
俺と会話が成立した瞬間は喜色の強かった彼女も今はやや沈んでいる。そうか……長い年月のブランクはお互いにありそうだな…。
「そっか…。…………いや、やっぱダメ。早く逢いたい。俺の神力を好きなだけ使っていいから早急に現界を」
フェニに再会出来ただけに早くランとも直接逢いたい。その想いを正直に吐露する。フェニは側でそんな俺の様子を慈しむ表情で見守っている。会話の流れから既にランの存在にも当然気付いているのだろう。
彼女はそっと俺の手と自分の手を重ねてその感触を楽しんでいる。
しかしランはやや焦りながら…
『い、いけません!それでは旦那様のお身体へのご負担がっ』
「大丈夫。俺だし。それに、しばらく派手に動く様な予定は無いからな。すぐ回復するさ」
確かにそこいらの神族じゃ負担はデカいだろう。けど俺は特別な神の為、神力もアホみたく多い。
ちなみにこの世界には魔力と呼ばれる物が一般的に存在するが、ザックリ言ってしまえば神力はその上位互角。
例えば、一つの魔術を行使するのに100の魔力が必要だとする。しかし神力はブレはあれど1で同じ魔術を行使出来たりする訳だ。
つまり神力の扱いに優れている者からすると魔術を行使するに当たって非常に燃費が良い。
まぁ当然神力を扱えるのは神族だけなんだけど。
加えて、最高神と一言に言っても結構差があったりする。
最高神の中にも力の強い者とそうでない者が居るってだけの話だが。
同じ日本人男性と言う括りの中でも運動が苦手で身長も160cmに満たない者と抜群の身体能力で身長が190cm近いプロ野球選手が居るのと一緒だ。
無論、俺やフェニにランは後者のプロ野球選手だ。
いやあくまで力の話でどっかと契約合意してるとかじゃないけども。ただのファンだけど。
『……承知致しました。私も旦那様とのお早い対面を望んでいる事は確かです。念の為、少しずつ旦那様の神力を頂戴し、明日の明朝までには現界出来ます様に調整いたします』
「うーん……早く逢いたいけど分かった。我慢する。それまでも会話は出来るよな?」
『共に暫しの辛抱でございますね?トーラ様のみですが、可能にございます』
「よし。じゃあ明日の朝、楽しみにしてる」
さっきは取り乱していたがランは基本落ち着いた女性だ。我々家族の空間では別だが、クールであまり多くを語らず、表情の起伏も少ない。第三者から言わせれば氷の様な美女。
氷?彼女が?ランは凄くあったかいよ。優しいし可愛いし。
「明日の朝、ランさんにも逢えるんですね?良かった…少しずつですが再会を果していきましょうね?」
「もちろんだ。あぁ…早く一目逢いたいよ」
じゃあちょっと2人+1人で今後について詰めて行こうか。
◇◇◇
ある国のとある都市。その都市の象徴とも言える巨大でいて美しい巨城。そこには若い男女が悲痛な面持ちで佇んでいた。彼らが居る場所は城のバルコニー。ここから王都の街並みが一望出来る。
「色々と創ったもんだ…。放任するつもりでいたが……ここは…ここだけは守りたい」
「何故です!?確かにこの国は美しい!しかし強さも持っています!貴方が犠牲になる程この国は弱くありません!」
「彼女の仰る通りです!旦那様!今一度ご再考を!」
「……どうにも、色々と目を付けられてるらしい。ここいらで要件を纏めて済ませる必要がある」
「でも!それでも記憶を無くして転生までするなんて!やりすぎだよ!」
「えぇ…それではあまりに貴方に負担が大き過ぎる…お願いだから考え直して頂戴」
男は5名の女性達に必死な形相で制止されていた。ここで自分達が拒まねば…彼とはもう逢えないかもしれない。
そう思い彼女らは必死なのだ。愛しい者と離れたい者など居る筈がないのだから。
「……ここはお前達との想い出が詰まり過ぎている。侵される訳にはいかない…」
そこで彼女らは一様に口を噤んだ。理解出来てしまったのだ。彼の懸念を。
「………勝手な言い分だけどさ…待っててくれたら嬉しい。何百年、何千年、何万年かかろうとも…俺はまた皆んなを愛しに戻って来る。それまでどうか……」
「………行くのね…虎君」
「あぁ……少し…出掛けて来るよ。『権限』もいくつか預けておくから必要に応じて使ってくれ。……じゃあ…行ってきます」
これは神々の会話。それも皆が最高神だ。こうして彼女らの最愛の神は最愛の彼女らを残して去っていった。
愛した国の壁になる為。そして…彼女らには知られていないが…彼女らを守る壁ともなって。
古い歴史。
それこそ、今現在ではお伽話となる程に…。