第39話-庶民的な温もり-
「やっぱ我が家が1番だわ」
街から帰宅して早速シャワーを浴び、手早く部屋着に着替えて自室で寛ぐ。ここはトーラのフロアに設けられた和室。今の季節嬉しい炬燵が置いてある。
そんな炬燵に潜りだらし無く寛ぐ部屋の主人。
冒険者ギルドとやらがこの世界にも各地で呼び名に誤差はあれど存在はするらしい。始めて街に入った者は大抵冒険者ギルドで登録を済ませるのが一種のテンプレートと化しているのだが…トーラは自分の平和な生活に比べたらテンプレなんぞクソくらえの精神だ。
特に異世界からの転生、転移者はトラブルに自ら飛び込んで行く過程で様々なテンプレがあるらしい。
正義感からなのか、何か欲しい物があるからなのか、トラブルの渦中に気になる異性でも居たのか。
全ての理由が当てはまらないトーラにはトラブルに飛び込んで行く理由が無い。よってここでもテンプレは発動しない。
コンコンコン
「ん?」
ノックの後、襖からフェニが顔を出し、炬燵に入ったトーラを見止めるとニッコリと微笑んだ。見る者を虜にする魅力的な笑顔だ。
「私も入っていいですか?」
「もちろん」
フェニは膝丈の白いワンピースに薄いピンクのカーディガンを羽織っている。彼女の風呂上がりの部屋着スタイルだ。
彼女は襖を閉めてニコニコとご機嫌な様子でスリッパを脱ぎ裸足になると、トーラの隣に座り炬燵に入った。
4方向あるのにも関わらずトーラと同じ所である。トーラは180cm超える長身、フェニも女性の中では決して小柄ではない。
お淑やかな見た目だが夫には甘え上手な彼女。
「ふふっ…あったかい…」
微笑みながらトーラに身を寄せるフェニ。トーラと再会した時よりも色気が増したフェニに少々たじろぐトーラ。これも人妻の魅力なのだろう。
「なぁフェニ」
2人して炬燵に胸辺りまで潜って寝そべりながら身を寄せ合う。トーラに対しリラックスした微笑みを浮かべながら首を傾げ続きを促して来る。
「街はどうだった?」
再会を待つ妻達へ痕跡を残す目的が大半だが僅かに観光の目的もあったためトーラは心配だった。本人が全く街に魅力を感じなかっただけに妻達も絶対に楽しくはなかった事だろう。トーラとしては大筋の覚悟はしていたが…。文明レベルの低さやそれを補う工夫等、何というか…全てが予想の範囲内だった。
フェニの美しい金髪を指で梳きながら彼女にも感想を聞いてみる。指通りがよく良い香のするフェニの髪。撫でられている本人はいたくご機嫌だ。
「私は貴方とならどこでも楽しいです」
そんな返しをされれば根元神としてもタジタジだ。
「でもアレでシンカさんは分かってくれますかね?全て予想通りに進んでくれればいいですけど」
「ヒントに関しては野球の配球と同じ要領でやった。あくまで神域の森と言う球を意識させる程度に留めないと釣れなくていい奴まで釣れる。行動力のあるシンカなら『とりあえず行ってみる』と言う選択肢は取る筈だろう」
条件が整わねば気付く事すら出来ないだろう。しかしお互いがお互いの事を信じている関係だからこそ「あれで十分」と断言する事が出来た。
「私達ならトーラさんの癖も知ってますし大丈夫そうですね」
フェニが炬燵の中でトーラに脚を絡めて来る。細くしなやかで長い脚がトーラの脚と密着。スベスベした感触が実に心地いい。
そのままフェニは互いの鼻が接触する程に顔を寄せて来る。間近に迫る美しい顔。
「はぁ……自業自得ながら…さっさと回復しないもんかね」
「それは違います。貴方の行動はいささか極端ではありましたが家族と国を守る為です。お願いですから焦らないで下さいね?」
トーラの言葉を即座に否定したフェニ。彼女はまた夫が無理をしないか不安なのだろう。
そんな様子を見せられるとまた別種の罪悪感が生まれて来る。
「…そうだな。ひとまず現状維持が最善か」
優しく微笑んだフェニにキスを落とされた。肯定の意味合いが含まれていたんだろう。
とにかく、彼女が伴侶として寄り添ってくれている事を改めて良かったと感じるトーラ。