第34話-街へ-
草原の中を馬車を遥かに超える速度で走行する物があった。この世界には本来存在し得ない異物。自動車だ。運転手はラン。助手席に座るトーラがランの運転をサポートしながら気配を探ってる上に魔法で外からは見えない様にしてる。おまけに錬金術を応用して轍も消してる。車種はエルグ◯ンド。広い以外の理由は特に無い。
転移魔法は一度行った場所にしか転移出来ないって制約があるから今回は帰り道しか使えない。
しかし彼らは神族、その制約も色々とやり様はあるが…折角だしドライブを洒落込もうという事になった。
フェニと後部座席に座ってる。走行している場所は平坦な土地のため、草原や森と代わり映えしない景色に少々味気ないドライブだ。この世界の人々はこんな景色を車の何倍もの時間をかけて馬車から眺めながら何日も移動しているらしい。日本を始め、彼らが創った国は遥かにこの地域よりも栄えているためトーラにはなかなか厳しい。
地球人は街中の風景を普段多く目にするからたまに自然を見ると癒されるが…ずっとコレでは…。
「ん…そろそろ降車ポイントだな。道路交通法が無い国だし適当に止めてくれ」
現在地を神力を用いて確認していたトーラがそう声をかける。
軽く窓の外を確認すれば舗装された道が近く、人に出会う可能性がある。
故にここらの適当な場所で降車する手筈になっていた。
「はい。…ゆっくり、滑らかに停車…その後はパーキングにして…ブレーキを引いて…エンジンを切る」
トーラが教えた事を反芻しながらもやや不安な様子のラン。完全無欠のクールな神であるにも関わらず、時折見せる可愛らしさに思わず車内の面々は笑みを零す。
「フェニ。いい子にしてたか?」
車が完全に停車した。
軽口を叩きながら後部座席に居るフェニを助手席から覗き込もうとしたトーラ。その顔の間近には息がかかる程の距離に接近したフェニの美しい顔があった。
「次は隣に誰か居て欲しいですね。悪い子になっちゃいそうでしたよ」
軽口を返した後にチュッと彼らの唇同士が触れ合う。
「次はキス係として誰か隣に用意しとく。候補者はトラデウスって男だ。きっと気に入るよ」
「あら。私の最愛の夫と同じ名前ですね?是非お会いしたいですけど浮気になりませんか?夫を裏切りたくないんです」
「と、トーラ様!?帰りは助手席に座って下さらないのですか!?な、情けの無い話なのは重々承知の上ですが私はまだ運転に不安がっ!」
「ラン。落ち着け。お前の運転は何の問題も無かった。それに、帰りは転移で帰ろうと提案しようと思ったんだが……」
「ぜ、是非転移でお願い致します!」
「賛成してくれてありがとう。ドライブってのは運転技術の他に景色も大事なんだが……誰か永遠に木と草原を眺め続けるのが好きな奴は居るか?」
「居ないようですね」
小さく口角を上げたトーラはドアに手をかける。
「降りようか。ここなら1番近い人間からも結構な距離がある」
フェニとランが頷き降車した後、トーラが車を異界空間にしまう。
これで“足”の証拠も残らない。
街道に出て街に向け歩き始め20分。遠巻きに街が確認出来た。
ちなみにここはセントリー大陸にあるヤークト王国領。正直彼らにとってはどうでもいい情報だ。
前方には関門の行列。事前に彼らが得た知識によると身分証の提示、無い場合は魔道具水晶による犯罪歴の有無をチェック。そして滞在許可証を受け取るって流れらしい。
ただ街に入るだけでこの警戒。どれだけ治安が悪いんだと思わず眉を潜めてしまう。
「身分証はポケットかダミーの鞄の中に移してあるな?」
「えぇ。指示通りに」
「いい事があるといいですねラトーさんっ」
全員がポケットや鞄から折り畳まれた厚紙を覗かせる。
ちなみにトーラの身分証の内容はこうだ。
【ヤークト王国入国許可証】
身辺調査の結果、下記人物に対して本国への入国、及び滞在を許可す。
発行日:12歴81年8月2日
滞在期限12歴82年1月2日
名前:ラトー・トレジャ
職業:交易商人
犯罪歴:無し
簡単な物だがしっかり判も押されている。まぁつまり。
「王国の最大セキュリティを何の苦もなく偽装してますね。さすがは旦那様」
やや呆れつつもランは「夫には用意周到な面もありましたね」と後半は感心してしまっていた。
「街に入った後は手筈通りで。概ね俺が事前に言った展開で進むだろう」
「えぇ」
列の最後尾に到着するが…トーラ達は案の定多くの民衆に見られている。そしてその多くが身内同士で何やら話しをしている。その内容は…
「すげーな。何だあの集団?」
「身なりもいいしどっかの貴族じゃないか?」
「奴隷にしては身なりが良すぎる。残念ながら女もあの兄ちゃんのツレなんだろう。2人ともな」
トーラ達の聴覚は人間より遥かに優れているため普通に聞こえる…。
美男美女だけあってどうしても注目は浴びてしまうらしい。
しかし当のトーラとランはどこ吹く風。
「め、目立ってますね…」
一方のフェニはちょこんとトーラの服を摘みながら戸惑った声色だ。注目を浴びる事が久方ぶりの為か居心地が悪いのだろう。そんな彼女の夫は彼女を安心させる様にそっと手を握るとフェニも表情を柔らげた。
「淡い希望を持ってたけど…お前達のビジュアルはどうやっても目立つな…旦那として嬉しいと同時に複雑だ…」
「他でも無いトーラさんにそう言って貰えるととっても嬉しいです。あとトーラさんも目立ってます」
にへらと顔を破顔させるフェニ。
さらりと責任を擦りつけかけたトーラを咎める様に一言を付け加えたが…
「神族特有のオーラは上手く消せている筈ですが……不思議な物ですね」
「多少不快だが…これも“釣り餌”の1つだ。我慢しよう。万が一、害意を持って近付いて来る奴が居れば軽くあしらうか……消せばいいだけの話さ」
不穏な事を事も無さげに吐き捨てたトーラは前方の関門を見つめていた。