並列思考魔術
「ウ、ウギル語」
「『私はあなたのことが大嫌い』」
「キレウベ語・・・」
「『今年の麦は大変に不作である』」
「シキガベ語だ!!」
「『へいジョン、今からお前の女房といいことするぜ』
っておい、何を読ませるんだ?」
「「「・・・」」」
クラス中が唖然としていた。
現在、九ヶ国、クラウスが出題した国の文字を読んでいる。
こいつ、予め僕が予習できないように、自分の家にあった絶版の本を持ってきやがった。
それでも僕は慌てない。
昨日死に物狂いで覚えた外国の言語をしっかりとした発音で答えていく。
「さあ、次が最後だな」
「・・・う、うう」
クラウスはギリっと奥歯を噛んでいる。
最初は僕を嘲っていたが、五ヶ国語を答えた辺りから余裕がなくなってきた。
そして、次が最後の国。
これで答えられれば完全制覇である。
「アルベルト君」
ミネルヴァ先生に名前を呼ばれ、僕は先生の方を向く。
「昨日の単語、覚えていますね?」
「はい。『私は愚かです』」
そう。それは僕のことだ。
「カランド語も正解。これで十ヶ国全てを答えましたね」
クラウスはなわなわと震え、顔を真っ赤にする。
「ち、茶番」
「いい加減にしなさい!!」
クラウスが何かを言う前に、ミネルヴァ先生が怒鳴りつけた。
「他の生徒も聞きなさい。アルベルト君は昨日、私が言った言葉。カランド語を復唱しました。とてもカタコトで」
「「「あっ」」」
全員が気が付いた。
ミネルヴァ先生は頷く。
「慣れない外国の人間が、私達の言葉を喋ると、殆どカタコトになってしまいます。逆に、私達が、母国語をわざとカタコトに喋ると、やはり不自然なイントネーションになり、これを正すにはやはり努力が必要です。少なくとも、彼は昨日まで、カランド語を全く知らなかった。ですが今、私よりも流暢に発音してみせました」
「「「・・・」」」
数名がゴクリと唾を飲み込んだ。
「アルベルト君」
「はい」
「貴方はとても素晴らしい頭脳を持っています。ですが、愚か者です」
「はい」
僕は素直にそれを受け入れた。
それが意外だったのか、先生は目を見開いたが、すぐに微笑を浮かべる。
「自分を見つめ直すことはできるようですね。或いは、良き人格者が傍にいるのか」
「後者、ですかね」
「何よりの、宝ですね」
パンパンと、先生は手を叩いた。
「はーい。茶番はお終いでーす。皆さん教科書を開いてください」
先生はふにゃっとした雰囲気に戻ると、授業開始を促した。
そして、いつまでも茫然として動かないクラウスを見咎める。
「いつまでアルベルト君の傍にいるの?」
「あ、はい・・・」
「席に戻りなさい。でも、着席はしちゃ駄目です」
「・・・え?」
「授業妨害の罰です。立ったまま授業を受けなさい」
「そ、そんな! た、体罰だ!」
「不服なら学校側へどうぞー。とにかく今は私の授業です」
「ぐっ!?」
クラウスは屈辱で顔を真っ赤にしながらも、大人しく立ったままで授業を受けるつもりのようだ。
メリアはウインクして親指を立て、リゼは微笑を浮かべた。
「あら? アルベルト君は着席していいですよ?」
先生は首を傾げる。
僕が立ったままだからだ。
メリアとリゼも不思議に思ったのか、僕を見上げた。
「自分への、戒めです」
「あ、っそーですか。ご自由に」
それ以上は何も言わず、先生は教科書を捲る。
「えー、歴史の教師として逸話を上げるなら、かの偉人、アルフレートも素晴らしい頭脳の持ち主でしたが、世渡りが下手で、しょっちゅうトラブルを起こしていたそうです。君もそうはならないようにね」
「ぐっ!!」
先生は茶目っ気で言ったのだろう。
クラスメイトの何人かはくすくすと笑ったが、その言葉は僕の心を抉った。
「そこがまた魅力的なのよ~」
メリアはそんなことを言って、熱い溜息を漏らしているが、ちょっとついていけない。
その後は通常通りに授業は進んだが、クラウスだけはブルブルと震えていた。
「いやー、痛快だったわ」
メリアはすっきりしたと快活に笑った。
午後の授業が終わり、僕ら三人は食堂にやって来た。
とはいえ、学食を食べたいわけでは無く、なんと全員がお弁当持参である。
この食堂は広いので、お弁当などの持ち寄りであっても利用が出来るのだ。
すまんが学食のおばちゃん達よ。
メイさんのお弁当の方がずっと美味しいのです。
「でも、君は本当に凄いね。一日で十ヶ国語を覚えるなんて」
リゼが感心というか、呆れたようにそう言った。
「うーん、まあ流石に普通に覚えるのは厳しかったから、ちょっと裏技を使ったけど」
「・・・どういうこと?」
リゼが不審に思ったか目つきを鋭くした。
やっぱり親しくなっても厳しいね。
僕はすぐに種明かしをする。
「や、ズルはしてないよ。時間がどうしても足りなかったから、並列思考魔術を使った」
「・・・え?」
「え、待って待って。なんて言ったの?」
「だから並列思考で頭を十分割して覚えたんだよ。後で術を解除して統合すれば記憶は僕の中にずっと残るし」
「十・・・」
「・・・分割」
並列思考魔術はその名の通り、思考を分割して物事を考えられる魔術だ。
言ってみれば、自分の中にもう一つの脳みそが出来て、別の考えが出来るようになる。
その魔術で思考を十に分割し、一度の十ヶ国を同時並行で覚えた。
だけど、何を驚く?
「別に異常なことじゃないだろ? 並列思考魔術はしっかりと確立している魔術だろう?」
まあ、十ヶ国語は僕としてもかなり無理をしたと思うけど、この魔術自体はそれほど珍しいものでもないはずだ。
なんたって図書館が貸し出している本から学んだんだから。
この魔術は公式で認められている。
僕が開発したとかじゃないのだから異常でもなんでもない。
「「異常よ!(だよ!)」」
「え、でも図書館で・・・」
「・・・メリア、説明してあげて」
私は頭が痛いとばかりに、リゼは額に手を当てる。
メリアにしても眉間に指を当ててぐりぐりしながら応えた。
「・・・あのねアルフ。並列思考は十五の学生に使える魔術じゃないってのがまず一つ。それと、この魔術で並列思考出来るのは三つまでとされているわ」
なん、だと?
「だっていうのに、十の並列思考? 一体どういった術式を組めばそんなことが出来るのよ・・・」
「えっと、じゃあ術式を書くね。戻ったら黒板を使わせてもらって」
「書くなーーーーーー!!!!」
「ええ!?」
どんな術式をって言ったのはメリアじゃん!
「これは呆れて言ってるの。書かれても理解できるとは到底思えないし、そんなものを黒板に書かれたらパニックになるわよ!!」
「これは、下手をすると十ヶ国語を覚えること以上にとんでもないことだよね」
「・・・アルフ。君やっぱりフォリンガの定理も?」
「エ、ナンノコトカワカラナイヨー?」
「フォリンガの定理? なんのこと?」
「さあ、食事にしよう!!」
リゼがメリアに問いかけるが、僕は大声でそれを遮り、バクバクとお弁当を食べましたとさ。




