知らない言語
心底見下した目つきでクラウスは僕を嘲笑う。
「まさかまさか、この学校でイグッシュ語をまともに話せない奴がいるとはな」
こいつ、大人しくしていると思ったが、僕がボロを出すのを待っていたのか。
「はーい、クラウス君。静かに。立たないでくださいねー」
「そういえば、イグッシュ語は入学試験にあったなぁ?」
ざわ。
なんだと? 試験に出たのか!?
教室内に妙な空気が流れた。
「確かに、あったよな」
「それが出来ないってどういうこと?」
「え、やっぱりあいつって・・・」
ヤバい流れだな。
ここは強引に断ち切る。
「はっ! 他の試験で挽回すればいいんだよ。例えば、魔術決闘とかでな!」
「お、お前!!」
ガン、と、後ろから脛を蹴られた。
メリアだ。
煽るなってところか。
「しーずーかーにーーー!! 何回言いましたか私? 初日で全員減点食らいたいんですかー?」
「「「・・・」」」
ふぅ。
一応これ以上の騒ぎにはならないか。
ミネルヴァ先生も僕の事情は知っている筈だ。
ちゃんとフォローを入れてくれたんだな。
「さっきも言いかけましたが、イグッシュ語は使える“べき”ですが“必須”ではありません。毎年苦手でも入学している生徒はいます」
だよな。
僕が強気に出たのも、さっき先生が問題なさそうなことを言いかけたからだ。
「しばらく隣の人に教えてもらいなさい。メリアさん。彼とは親戚でしたね?」
「は、はい!」
「お任せしても?」
「分かりました」
メリアは頷いて、こっちに少し寄ってきた。
「ありがとう」
「それはいいけど、さっきみたいの」
「ごめん。あのままの空気は不味いと思って」
「後で叔母様に報告する」
「え、死ぬんですが?」
「なら、目立たないで」
「はい」
先生はやっと落ち着いたと呼吸を整えて授業を始めた。
僕はメリアにフォローを入れてもらいながら、なんとか内容を覚えようと必死だった。
「あれ?」
何となく、この文体の法則性に心当たりが。
「ねえ、メリア?」
「何? 授業に集中しないとまた先生に」
「ごめん、これだけ。この文字って、イグラド国の文字に似てない?」
「イグラド・・・って、三百年前に滅んだ国じゃない」
あ、そうなんですね。
「それはそうよ。イグラド国の後に建国したイグム国の言語だもん。あの国は貿易で成り立っている国で、世界中に商人が行き来してる。だから、一番世界で使われているの」
「なるほど」
それならば、ちょっとコツを掴めば。
僕は必死で授業の内容と、イグッシュ語を記憶していった。
*********
そして、昼の休み。
「お昼は学食行ってみようか?」
「そうね。一度見ておきたいし」
「私はお弁当があるから」
リゼはごめんねと、謝った。
「いいよいいよ。わっ、リゼのお弁当かわいい」
「そ、そう? 一応自作なんだけど」
「え、そうなの? なんだかクールなリゼとはギャップがあるね」
「クール、かな? 自分ではそうは思ってない。かわいいの、好きだし」
「そうなんだ。ねえねえどんなのが」
ガールズトークに花が咲こうとしている正にその時、クラウスが僕の席へとやって来た。
「やあ、イグッシュ語もろくに使えない田舎者」
はぁ。
本当に暇な奴だ。
「先に行ってるよメリア」
「・・・ううん。私もいくわ」
不快気にクラウスを睨んだメリアが僕の後をついてくる。
メリアに睨まれたのが悔しかったのか、顔を歪ませ、後ろから奴が吠えた。
「明日も歴史はあるぞ! また笑い者に出来て嬉しいよ田舎者!!」
はぁー。
「無視よ無視」
「だね、ああいうのは構ってほしいから言ってくるんだ。徹底して無視すれば、つまらなくなって止めるさ」
歯ごたえのない相手にずっと絡み続けるのは並々ならぬエネルギーを使うからな。
いや、アイツそういったエネルギーを持っていそうな気もするけど。
「早く覚えないとね」
「うん。なんとかなりそうだよ」
「そう?」
「うん。頑張る」
そのまま僕達は学食へ行って昼食を取った。
因みにであるが、あまり美味しくはなかったな。
リザのかわいいお弁当が、無性に美味しそう思えた。
僕もお弁当がいいかな。
メイさんかライさんに作ってもらおう。
*********
「なるほど。取り合えず、今日はそれ程トラブルは起きなかったのね」
報告を聞いて、ホッとした様子で母さんは息を吐く。
きっと心配していたんだろう。
申し訳ない。
「それで、お昼なんだけど」
僕は並んで立っているメイさんとライさんに視線を移した。
「それならばわたくしが」
メイさんが胸に手を当てて役割を買って出る。
「お願いしていいですか?」
「勿論ですアルフ様。それと、わたくし達に敬語は不要です」
「いやでも」
年上に偉ぶった態度は取りなくないな(あくまでも今の僕は十五歳だ)
なんかこう、成り上がった途端に嫌な奴になるみたいで。
母さんの顔を見ると困った風に笑う。
「アルフ。彼女にも立場や、仕事に対する教示があるの。ここはメイの顔を立ててあげて」
そんなものか。
「ん、解った。頼むよメイ」
「かしこまりましたアルフ様」
そう言って、メイさんは一礼すると、食堂から出て行った。
因みに、メイさんは炊事。
ライさんは掃除が得意だそうな。
「そ、れ、に、しても、そのクラウスって奴はムカつくわねー」
「そうなんだよ。マジで嫌な奴なんだ」
「まあ、貴族って裏の側面が強いからね。そういうのもいるのよ」
「村にはいなかったタイプだなぁ」
「皆良い人達だもんね。前世では嫌な貴族はいなかった?」
食堂に誰もいないのを確認して、母さんは聞いてきた。
「いた。極力関わらないように逃げてた」
「そのクラウスって奴もそうすべきね」
「問題は、同じクラスってことさ。逃げるに逃げられない」
「あーもう。ツイてないわね。そんな奴に目を付けられるなんて」
「いや、全く」
「それもこれもあのクソ親父の」
「いや、それはもういいよ母さん」
再び母から黒いオーラが出ている。
それにこれ以上恨まれたらお祖父ちゃんが可哀そうだ。
「そうね。まずは目先の問題として、イグッシュ語ね」
「うん。それなんだけど、ほぼほぼ覚えたから大丈夫」
「・・・はい?」
きょとんとした後、呆れた顔で笑いながら、はぁ~とため息をつく。
え、今は呆れるようなこと言ってないだろ?
「あなたの頭の中は本当にどうなっているのかしら? 一日で知らない言語をマスターしたの?」
「実は全く知らないって訳じゃなかったんだ。五百年前にあったイグラドって国の言語を発展させたもので、法則もスペルも似ていたからそれ程難しくなかったよ」
母さんはコクリと顎に手を当てて頷いた。
「なるほど。下地があったってことね?」
「うん。だから複雑な文法はまだ無理だけど、日常会話くらいならいけると思う」
「それならよかった。いや、うーん、いいのかしら?」
「何か問題が?」
特にないと思うんだけど?
「出来過ぎることが問題。昔から言ってるでしょ」
あ、はい。
そうですね。
学習しませんね僕。
「前世のことを言うわけにはいかないし。一日でマスターしたってなったらそれはそれで・・・」
「でも、授業についていきたいし、これはしょうがないだろ?」
「そう。そうね、ああ、どうなるかしら~」
母さんの悩みは尽きない。
ホントごめんなさい。




