天才魔術師転生する
炎が舞い踊る。
辺り一帯に炎が渦を巻いている。
その中にいる二人の人物。
一人は老人で、相当な高齢だ。
そしてもう一人は、
既に人ではなくなりつつある。
「ぐああああああああああああああああああ! 馬鹿な、東側最強と言われた、この臨画善行が、こんな老いぼれにぃーーーー!!!!」
炎に包まれ、絶叫している臨画を、老人は冷ややかな目で見つめている。
「ゼンセイよ。勢力圏を広めるのは良いが、暴力による支配では暴力に飲まれるが運命ぞ」
「黙れ、老いぼれ! 認めん、俺は認めんぞ!」
「ふむ、高々五十程度の若造が、随分と粋がったものよ」
老人の目が鋭くなり、持っている杖を善政へと向けると、善政は恐怖で顔が歪んだ。
「確かに東では主は最強だったかもしれん。だが、それは単に、」
一白置き、
「世界を知らなかっただけだ。井の中の蛙大海を知らず。主の勢力圏の言葉よな?」
ゴウっと、杖から噴射した炎が、燃えている善政を灰燼にすべく天高く燃え上がる。
「覚えていろ、覚えていろよ西側の最強、アルフレートォーーーーー!!」
火の粉が舞い散る中、アルフレートはゆっくりと目を閉じ黙祷を捧げる。
「覚えておくよ。老いぼれだが、まだまだ記憶力には自信がある」
*********
十年後。
「とまあ、そんなことがあったんじゃ。ゴホゴホ」
「凄いですね。流石は西側の最強魔術師アルフ先生です」
「ほっほ、そうかそうか。ゴホ」
「・・・先生。薬は飲まれましたか?」
「そういえばまだだったの。ロックや、また薬師から貰ってきておくれ」
「はい!」
そう言って、愛弟子のロックは薬を貰いに行く。
さて、すぐに帰って来るかの?
「ゴホ。そろそろいかんかな・・・」
今年で155歳。
なんとか魔術を使い、騙し騙し生き長らえてきたが、流石に限界か。
「色々と、あったのぉ」
最近では、東側の大魔導士、臨画善政との死闘。
竜王バハムートとの悲劇。
その他にも数えきれない程の出来事があった。
いくつもの魔術理論を打ち立てた。
世界最高の魔術師。
魔術に関するあらゆる分野の第一人者。
万能の天才。
そんな恥ずかしい二つ名で呼ばれたこのわしじゃが、死は等しくやって来る。
この歳まで生きれば悔いはないと言いたいが、まだまだやりたいことはある。
「ロックには寂しい思いをさせるの・・・」
これまで多くの弟子を輩出し、皆、名の知れた魔術師になった。
ロックはその中でも優秀な部類に入る。
だが、彼は今年で15歳。
才能が芽吹き、独り立ちするにはもう少し時間がかかる。
「他にも、未練はある。この先、この世界はどのような未来を描くのかのぉ」
見たい。
この先、生涯を捧げた魔術がどう発展するのかを。
「わしが閃き、仮説を立てた魔術理論。証明してくれる者が、この先現れるか?」
わしならば、十年、十五年程度でなんとかなるとは思うが、果たして他の者ではどうだろう。
この百年余りでわしと同程度の才能を持った者はわずか数人。
さて、この先はどうなのだろう?
未練が残る。
まだまだやりたいこと、したいことが残っている。
「よっ、と」
ベッドから降りて、膨大な書庫の中から一冊の本を取り出す。
ページをペラペラと捲り、あるページでピタリと止まる。
「輪廻転生か」
十年前。
わしが倒した臨画善政が残した魔術理論。
東側の地方に伝わる概念。
西では、人間は死ぬと、その魂は天に召されるという考えが一般的だが、東側の概念では、人は死ぬと魂は廻り、再び生まれ変わるという。
我が国でも、前世の記憶があると言った者が、史実では残っているが、笑われるか、異端の考えとして投獄された。
正直わしも眉唾であったが、この臨画の収めた理論では、それが実に美しくまとめ上げられている。
「奴はわしの魔術成果を横取りしようとしたのだから、わしがしても文句は言うまいな?」
魂は廻るとイレギュラーがない限り、前世の記憶は引き継がれない。
しかし、奴の魔術理論によると、前世の記憶を100%引き継いだ状態で生まれ変われるという。
「素晴らしい」
これならば、実質何百年も記憶を残したまま生きることが出来る。
わしの身体はもう限界を迎えている。
ならば、この魔術に賭けるのも一興。
いや、賭けというよりも臨床実験に近いか。
何故ならば、どうやら死ねば最低でも百年は転生しないらしい。
つまり、この時代の人間にはそれが成功したのかどうなのか、確認する術がないのだ。
絶対に成果が判らない実験。
だが、このまま逝くならば、試してみよう。
ヴォン。
周りに魔法陣が描き出される。
輪廻転生の魔術。
「さて、やるぞ」
「廻れ、廻れ、廻れ。
魂よ。
開け、開け、開け。
魂の回廊。
我が魂よ。
この記憶のままに、我に新たな命を、
与えたまえ!」
ヴォン。
魔法陣が眩く煌めき、わしの魂は肉体から離れた。
*********
「先生。薬、いただいてきました。いつもみたいに苦いから飲まないなんて子供みたいなことを、言わず、に・・・」
ロックは倒れているアルフレートを見ると仰天し、すぐさま駆け寄った。
「先生! 先生!! そんな、さっきまでは元気に、なんで!? せんせーーーーーーーーい!!!!」
こうして稀代の天才魔術師アルフレートはその生涯を閉じた。
だが、彼の物語は終わらない。
「頑張りましたねお母さん。立派な男の子ですよ!」
むう? 女性の声が聞こえる。
ぬ? 手は何処じゃ?
腕の感覚のままに動かしてみる。
なんと、この小さな手はわしのか!?
「不味いな。この子、まるで泣かないわ?」
「ええ、先生、それは大丈夫なんですか!?」
「呼吸が出来ないかもしれない。荒療治だが、叩いてみるか?」
なぬ?
「あぶあぶぶーあぶあぶぶぶー」
むぅ。今のがわしの声か。
「ああ、やっと泣いた!」
「よ、よかった」
ほお、あの女性がわしの母親か。
金色の美しい髪。
瑠璃色の瞳。
透きとおる肌。
ほほぉ、これは美しい。
「あぶあぶぶあぶー」
「おや、お母さんが判るのかな?」
「本当ですか? ふふふ。お母さんですよぉ~」
「あぶ、あぶぶぶーあぶあぶぶぶあぶー」
その時、勢いよく隣の部屋のドアが開かれた。
「カ、カレン! 生まれたのか!」
「あなた。ええ、生まれたわ」
「お、おお。この子が俺の子供か!?」
茶色い髪と、細身ながらしっかりと肉のついている男が、わしに駆け寄って来る。
なるほど、この男がわしの父親か。
「だ、抱いても大丈夫ですか?」
「首が座っていないので気を付けて」
「は、はい」
父は恐る恐るわしを抱き上げる。
おお、視界が高くなる。
誰かに抱き上げられるなど何時以来だろうか。
「へへ、判るか? お父さんだぞ」
「あぶあぶんあぶぶー」
「な、なんか判ってるっぽいな!」
「あーぶ、あーぶぶぶ」
「そうだ。お父さんだぞぉ~」
うむ。あぶあぶとしか言えぬのだから仕方あるまい。
「あなた。男の子ですけど、どんな名前を付けますか?」
「ああ、それなんだけど男の子なら決めてあるんだ!」
父はわしを高々と持ち上げる。
「お前の名前はドブサラだ!」
「あぶあぶ!?」
冗談ではない。
後一文字『い』を付けたらドブさらいではないか!
「あぶぶあぶー!」
「へへ、気に入ったか?」
「あぶぶ、あぶぶぶー!?」
「まあ、素敵。力強くて優しそうで」
「あぶぶ!?」
いかん。この夫婦、破滅的にネーミングセンスがカスだ。
「でも、わたしは違う名前がいいの」
「え?」
「アルフ! あなたの名前はアルフよ!」
「あぶ!」
まさか前世のわしの愛称を名付けてくれるというのか。
これも何かしらの運命かもしれんな。
「あ、喜んでくれるアルフ?」
「あぶ。あぶ、あーぶぶーあぶ、あぶあーぶ」
アルフか。
ここから文字通り、わしの第二の人生が始まるのだな。
あれからわしは、彼らの家で育てられることとなった。
父の名は、ミゲールというらしい。
わしがいる地方はかなりの田舎らしいが、さて困った。言葉が喋れないのでわしが死んでからどれ程の年月が経ったのかが判らぬ。
これは考えていなかったの。
このまま言葉が喋れるまで待つか。
何か手掛かりになる会話をしてくれればよいのだが。
「え? 行商に出るの?」
耳を傾けていると母がそんなことを言った。
ほう。父は行商人なのか。
「うん。いい取引が出来たんだ。王都エジベラまで運ぶことになった」
「・・・エジベラなの?」
エジベラ!?
それはわしが前世で暮らしていた国ではないか!
そうか。何年経ったのか判らんが、まだ滅んでいなかったか。
「凄く遠くね。それに」
「ああ、カレンの言いたいことは解ってる。でも、これからはどうしたって金は入用だろう?」
「そう、ね。でも、アルフがまだこんなに小さいのに」
「悪いな。でもこの取引が終わればしばらくゆっくりできる」
「なら、わたしも行くわ」
「え!?」
ミゲールが驚いてカレンを見る。
「だって、もしわたしに何かあったらどうするの? アルフは何も出来ないのよ」
「あぶーぶー」
「ほら、お父さん寂しいって言ってるわ」
「あぶぶああぶーぶあうううー」
「それも、そうか。分かった」
「あぶあぶ!あーぶ、あーあー」
「ふふ、嬉しそうね」
「よーし。初の家族旅行だな!」
父は楽しそうに笑った。
この時、わしに力があればと、これほど強く願わなければならない出来事が待っていようとは、この時は思いもよらなかった。
ガラガラガラ! と、わしらが乗っていた馬車が倒れ、荷台に乗っていたわしと母は投げ出され、父は御者台から前のめりに倒れた。
「うあああああああああ!!」
「きゃああああああああ!!」
こんな時でもカレンは、わしをしっかりと抱きかかえ、衝撃を与えずに護ってくれた。
これが親というものか。
強い愛情に感謝する。
しかし、今はこの惨事を起こした者への対処が先だ。
「へっへっへ」
粗野を絵に描いたような男が数人、わしらを囲んでいる。
手にはククリナイフが握られていた。
「さ、山賊・・・」
母が怯えてそう呟く。
やはりか。
どれだけ時が経とうがいなくならんな、クズ共。
「情報通りだな。やっぱりこの時間に荷物を運ぶ商人がいた」
「兄貴ー、金だ。この荷物、金ですぜ!」
「マジか! すげーじゃねーか。これで俺らは大金持ちだ!!」
なるほど、金を積んでいたのか。
それは金になる仕事じゃな。
しかし、情報通りと言ったか?
今回の運送が何者かに漏れていたのか?
「う、う。それに手を出すな」
ミゲールはよろよろと立ち上がり、護身用のナイフを取り出す。
しかし、どうやら倒れた時に足をくじいたらしい。
「あぶーぶ!ううー、ぶぶあー!!」
「・・・アルフ。大丈夫だ。お前は絶対にお父さんが護ってやる」
奴らの目的は金の筈。
黙っておれば助かる可能性も。
お主の行動は逆効果じゃ!
「お? この女、赤ん坊を抱いてますぜ」
「ほぉ? なるほどこの女が。母親に成りたてか。まだ奴隷として使えるな」
「やめろーーーーーー!!」
覚束ない足取りのままに、ミゲールは山賊のリーダー格に斬りかかった。
マズイ。
その男、荒事に慣れておるぞ!!
「へっ! うっせえぞ!」
一閃。
父は剣を受け、そのまま倒れ込む。
「あなたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたあああああああぁぁぁーー!!」
「あぶぶ!!」
「う、ぐ、ぐぅ」
ミゲールは、わしとカレンに向かって手を伸ばす。
だが、離れているわしらにその手は届かない。
「ごめん、な・・・」
伸びた手は、小刻みに震えながら、地面についた。
「あなた! あなた! あなたーーーーーーー!!」
半狂乱になったカレンは逃げるという選択肢を無くし、ミゲールの元に駆け寄った。
・・・無念だ。
既に息絶えている。
「う、うう、う」
泣き崩れるカレンとわしの傍に、山賊達が寄って来た。
反吐が出そうなニヤけた笑い声と共に。
「兄貴、この赤ん坊どうしやすか?」
「女は言い値で売れるだろうが、これだけ小さいと育てるのに金がかかっちまう。使い道がねー」
「なら、やっちまいますか?」
「!!」
カレンが青ざめてリーダーを睨みつける。
「俺も鬼じゃねー。パパの傍に置いてやろうぜ。もしかしたら、誰かが拾ってくれるかもな」
「きゃはは! こんな道、俺らくらいしか通りませんがね!」
この者ら・・・。
カレンはわしをぎゅっと抱きしめる。
「渡さない。この子はわたしが護る!」
「がーはっはっは! お前はこれから俺らを楽しませた後、奴隷になるんだよ!」
下種めが!
「いいんですかい兄貴、こいつは・・・」
「いいんだよ。子持ちってことはちょいと遊んでもばれることはねぇ」
許さんぞ、貴様ら!!
わしの殺気が山賊を襲い、奴らは驚いて辺りを見渡す。
「お、おい。なんだ今の殺気は?」
「こ、この女ですかね?」
「こんな女が俺をブルらせる殺気を放つだと?」
カレンがわしを抱いているからな。
そう思っても無理はあるまい。
しかし、どうする?
この体では複雑な転生の魔術も使えん。
今回死ねば記憶は引き継がれず、本当にわしの人生が終わる。
いや、そんな利己的な考えをしている場合ではない。
なんとしてもカレンを護らなければ!
だが、この体ではろくに魔術も使えん。
魔力が、強い魔力があれば!
「さーて、お楽しみの時間だぜ?」
「嫌!!」
いかん。
このままではカレンが!
何かを代償に、魔力を得る方法がある。
今、早急に魔力を得るにはそれしかない。
では、何を?
体の一部か?
今後生きにくいの。
何か別のものを。
今後得られる魔力?
それでは転生した意味が。
ならば、
ならば!
“記憶”。
記憶を代償にする。
永遠に忘れるわけにはいかん。
それもまた、転生の意味がなくなる。
徐々に戻るように制限を設けよう。
ふむ、よくよく考えれば、よいアイデアかもしれん。
如何に誤魔化そうと、こんな老いぼれの思考では、子供を演じるにはちと難しかろう。
父の敵を討ち、母を護り、今後の人生を円滑にする。
一石三鳥よな。
わしは亡き父を見る。
父よ。
わしは前世が孤児でな。親の愛情を知らなかった。
あなたと過ごせた時間は短かったが、あなたの愛情はしかとこの魂に刻み込んだぞ。
次にカレンを見る。
母よ。
しばらく今のわしとはお別れです。ですが、これからのわしと仲良くやって頂きたい。
必ずまたお会いしましょうぞ!
わしが母を見つめ魔力を込める。
母は目蓋を閉じて、そのまま眠った。
うむ、睡眠魔法は上手くいったか。
「おい、この女寝たぞ?」
「気絶しちまったんじゃねーの?」
「ち、白けるぜ」
・・・さて、うぬら。
ザザザ、と。
わしの殺気で細道に生い茂る木々が揺れる。
「な、また殺気だと!?」
「どうしてだ! 一体どこから!?」
ろくに喋れんから心の中で言うしかないが、死ぬ前に前世でのわしの二つ名の一つを教えてやろう。
ゴゥ!!!!
わしの周りに火炎が発現し、渦を巻く。
「な、なんだぁーーーーーーーー!!!!」
「こ、この火は!? なんだ、このガキが出してやがるのか!?」
わしは、
『極炎の魔術師』、アルフレートじゃあ!!!!
ゴォ!!
「「「ぎゃーーーーーーーーーーー!!!!」」」
炎が周囲に巻き散り、複数の山賊を瞬く間に焼き尽くす。
燃える、
燃える、
赤き炎。
人間が人間ではなくなっていった。
ゆめゆめ忘れずに魂の回廊へ行け。
さて、周りに火が飛び散る失態は犯しておらんな?
これでわしらが巻き込まれて焼かれたら笑い話にもならん。
む、強い眠気が、
・・・そろそろ意識が持たんな。
わしの意識が消えれば、カレンは目を覚ますじゃろう。
頼むぞ。
とんでもなく過酷な道であるが、なんとか生き抜いてくれ。
*********
アルフが意識を失うと同時に、カレンは目を覚ました。
「んん。はっ!!」
カレンは自分が気絶していたと悟り、頭が真っ白になったが、周りを見て更に驚愕した。
「これ、さん、ぞく?」
カレンの傍には既に焼け焦げた山賊達が転がっていた。もう何が何だか解らない。
「あぅあぅ~」
「アルフ!!」
最愛の息子の声を聞いて、カレンは心底安堵した。
しかし、
「あ、なた」
奇跡を願った。
実はミゲールも無事なのではないかと。
だが、その淡い希望は打ち砕かれた。
最愛の夫は、既に息絶えている。
「そん、な・・・」
体温が失われつつある夫を手に取り、カレンは泣き崩れた。
「う、ううう。あなた、あなた。わたしはこれからどうしたらいいの? どうやって生きていったらいいの? アルフはどうすればいいの? 分らない。わたし一人じゃ何にもできないよ・・・」
首を何度も振る。
どうしても現状を受け入れられない。
その時。
「おぎゃあ! おぎゃあおぎゃあ!!」
アルフが泣いた。
アルフレートの人格は既にない。
正真正銘赤ん坊の泣き声だ。
「アルフ」
ぎゅっと息子を抱きしめる。
「・・・お父さん。死んじゃった。死んじゃったの。でも・・・」
先程まで絶望にくれていた瞳に強い意志が宿る。
生きていこう。
父、ミゲールの分まで愛情を注ぐと、そう誓って。
そして、五年の歳月が経った。
同世界での転生物です。
テーマはダヴィンチやニコラ・テスラなど、時代を先行く偉人が、もし転生したら?
それをファンタジーで考えてみようというのがこの物語のきっかけです。
ですので、転生先の未来は魔術が衰退していたとかはありません。
しっかりと進んでいます。
その中で、天才魔術師がどう生きるのか?
そういった視点から読んでいただけるとまた違った風に見えるかもしれません。
評価、感想をお待ちしています。