スライム一覧と違和感
「ウォータースライムって便利なんだな……」
「ソラくんいいなぁ……私のスライムくんにも早く進化してほしいなぁ……」
同じグループのシドとミーファが掃除の手を止めてソラの手元を見ていた。
進化前より透明感が増したウォータースライムが狸たちの厩舎の水入れに水を注いでいる。井戸からわざわざ水を運んでこなくてもすむので非常に助かる。床掃除の時も水をばら撒いたりして役に立っていた。
「そういえばクセニッヒ先輩はスライム連れていないんですね」
「ああ、僕も昔授業でウォータースライムに進化させたよ……。もう一匹も合わせて二匹のスライムを従魔にしていた……」
「今はいないんですか?」
「この子たちと契約するので精一杯だったんだよ……。これ以上だと、魔力が無理だったんだ……」
「……そうですか」
同じ檻の中で掃除をしていたクセニッヒにソラが尋ねると、自分が甲斐性なしだったせいで契約を解除してしまった、と寂しそうにクセニッヒは言った。契約解除したスライムは学園に引き取られる。その後の扱いはスライム次第だが彼のスライムが戻ってくることは二度とない。
ウォータースライムの維持に必要な魔力は少ないし、水を与えていれば勝手に吸収するので楽な方なのだが、今後も従魔が増えていくなら魔力の配分は常について回る問題だ。
テイマーを志す者には須らく同じ問題が降りかかってくる。今後従魔を増やしていくだろうソラにも他人事ではなかった。
◆
「ただいま」
自室に戻ったソラがウォータースライムを飼育ケースの中に放り込む。
――ただいま~
――おかえり~
透明なスライムジェル製のケースの中で二匹のスライムが触れ合ってる。
片方が今までソラが連れていたウォータースライム。そしてもう片方がウォータースライムから分裂したスライムだった。
そう、ソラがスライムに魔力と水をたくさん与えた結果、ウォータースライムに進化する個体と、新たに増えたスライムの個体の二体に増えてしまったのだ。
これはスライムの特徴の一つだ。ただ物質を与えるだけだとその物質に応じたスライムに進化するのに対し、魔力と物質を与えると二体に分裂して片方が進化し、もう片方が元のスライムになるという性質である。ソラはフレンダ教師から事前に教わっていたので慌てることはなかったが、一体のスライムが二体に分裂するは不思議で面白いと思った。
(面白いけど、二体に増えて魔力の負担が増えたな……これからどうしようか)
普通の生徒はスライムが増えた場合は学園に引き渡すが、ソラはその方法を取りたくなかった。最初にこのスライムたちを守ってやると決めたから。これ以上は無理だと判断するまでできるだけ自分で面倒を見たかった。
(俺に魔力的な負担がかからず、自分で餌を取れるようなスライムに進化してくれたらいいんだけど……聞いてみるか)
ソラは増えたスライムを連れてまた職員室に向かうことにした。困った時は教師に尋ねるのが一番だ。
◆
「これを貸すから自分で考えてみろ」
残念なことに前回相談したフレンダ教師が居らず、担任のスコット教師がいたのでそちらに相談することにしたソラだったが、欲していたアドバイスは得られなかった。
代わりに小冊子を手渡された。
「【スライム進化一覧】……?」
「今まで確認されたスライムの進化先と、スライムに与えた物質について書かれている一覧だ。目を通したら返しに来い。汚すんじゃないぞ」
「は、はい。わかりました。ありがとうございます」
思いもよらないものを渡されたが、これはこれで参考になる。ソラはスコット教師から借りた小冊子を大事に抱えて部屋へ戻った。
「スライムの進化って、こんなにたくさんの種類があったのか」
机に座ってパラパラとページをめくる。スライムが生物以外の全ての物質を吸収できるという話は本当に誇張ではないらしく、名前と進化に使った物質の名前しか書いていないのに膨大な種類が書かれていた。
一覧の一番最初はただの水を吸収させた【ウォータースライム】が載っていたが、水ではなく酸を吸収させた【アシッドスライム】、アルカリ水溶液を吸収させた【アルカリスライム】、酒を吸収させた【アルコールスライム】など液体関係のスライムだけでも膨大な種類が存在していた。
さらに石を吸収させた【ロックスライム】と砂を吸収させた【サンドスライム】、金属合金を吸収させた【メタルスライム】と鉄を吸収させた【アイアンスライム】など、微妙な違いのスライムなども載っている。
他には魔物や動物の骨やウロコ、毛、牙、爪、肉などを吸収させたスライムもいた。肉を吸収させると【ミートスライム】になるのだが、同じページに【サーロインスライム】や【ローススライム】という名前も書いてあった。食べたらどんな味がするのだろうとソラは興味を抱いたが、残念ながらこの一覧には書かれていなかった。羊毛を吸収させた【ウールスライム】というスライムはやはり体が羊毛なのだろうか? 冬にこのスライムがいたら温かそうだ、などと考えながらページを最後までめくっていく。
「……【マナスライム】?」
いろいろなスライムたちの名前に想像を膨らませながらページをめくった最後の最後に、マナスライムと、その同種の六種のスライムの名前が書いてあった。
・マナスライム 餌:大量の無属性の魔力
・フレイムマナスライム 餌:大量の火属性の魔力
・ウォーターマナスライム 餌:大量の水属性の魔力
・ウィンドマナナスライム 餌:大量の風属性の魔力
・アースマナスライム 餌:大量の土属性の魔力
・ライトマナスライム 餌:大量の光属性の魔力
・ダークマナスライム 餌:大量の闇属性の魔力
他のスライムが餌に【物質】を必要とするのに対し、このスライムたちの餌は【魔力】だった。そのため一覧の最後にまとめて載せられていた。
「スライムに魔力だけ与えても進化するのか。……このマナスライムってどんなスライムなんだ?」
ウォータースライムは水を吸収して魔力に変換し、逆に魔力を変換して水を放出することもできる。
なら、マナスライムはいったい何ができるのか。ソラはそれが気になった。
◆
「マナスライムの特徴を聞きたい? あんなゴミスライムが気になるとはな」
「ゴミスライム……ですか?」
スコット教師に【スライム進化一覧】を返した際にマナスライムについて聞いたみたところ、思いもよらない答えが返ってきた。
「ふん、興味があるならちょうどいい。ついてこい」
「は、はい……」
スコット教師に連れられて従魔学科の校舎を奥へと進んでいく。
「ここだ。中に入れ」
「し、失礼します……」
スコット教師に案内されて入った部屋は、壁一面にスライムジェル製の飼育ケースが並べられた特殊な飼育室だった。飼育ケースの中には当然のように大量のスライムが蠢いていた。
(う、うわ……)
数匹程度なら可愛げもあるが、何百匹いるのかわからないスライムの群れにはソラも腰が引いていた。
「ここだ。このケースの中にいるのがマナスライムだ」
「え、これですか……?」
並んだケースの中の一つを指さすと、ケースの中には虹色に煌めく透明のスライムが大量に入っていた。
「興味があるなら持っていけ。そろそろ処分する予定だったからな」
「え……」
「さっきも言っただろう、こいつらはゴミなんだ。スライムは餌と水を与えておけばそうそう進化しないのだがな、時々勝手に進化してこのゴミスライムになる奴がいるんだ。そういうやつはこのケースに隔離しておいて、数が溜まったら処分することにしている」
スライムの飼育方法は簡単だ。餌(食堂の残飯)と水を与えておけば、勝手にウォータースライムなどに進化することなく、ずっとスライムのままで居続ける。【一つの物質だけを吸収する】という進化条件を満たせないからだ。
だが、そんなスライムの中から稀にマナスライムに進化するものが出てくる。他のスライムとの餌の奪い合いに負けた結果、長時間何も吸収できずに過ごし、魔力だけを吸収し続けたスライムがマナスライムに進化する。
わざわざ進化する前のスライムを選んで飼育しているスコット教師からしたら、勝手に進化したマナスライムなど邪魔者に過ぎない。ゴミスライムと言いたくなるのもある意味当然だった。
「ほら、さっさと持っていけ」
ただマナスライムのことを聞きたかっただけなのに、気がついたらマナスライムを十匹以上も押し付けられてソラは飼育室から追い出されてしまった。
「……こいつら、どうしよう……?」
部屋に持って帰って飼育ケースに放り込んだソラだったが、二匹から一気に十倍近く増えたスライムに頭を抱えることになってしまうのだった。
「こいつらの餌は魔力だから他のものを与えて食わないし、俺の魔力を与えるとしても、この数を維持できるのか……?」
一度進化したスライムは餌として与えられた物か魔力以外は吸収できなくなる。ウォータースライムなら水か魔力しか吸収しないし、マナスライムたちは当然魔力のみだ。
とにかく従魔契約を結んで、どれだけ魔力を食うのか試してみよう。そう思ったところでソラは違和感に気がついた。
「ん? ……なんだか、部屋の空気が違う?」
キョロキョロと部屋の中を見渡すが何もおかしな点はない。ソラが出て行った時のまま、誰かが中に入ってきた形跡もない。窓から差し込む光もいつも通りだし、臭いが違うということもない。気のせいか、と思ったところでソラはその違いに気がついた。
「この部屋の、魔力濃度が上がってる……!?」
まるでダンジョンの中にいるかのように、部屋の中の魔力濃度が上がっていた。