従魔術学科の始まり
従魔術学科の学生寮は広大な学園の敷地内でも僻地に存在する。テイマーは小さな従魔を連れていることが多く、一年生のうちから大きな一人部屋を与えられる。部屋の中に飼育用のケージを置ける設計になっていて今までソラがいた四人部屋とは大違いだった。
さらに寮の隣に大型の魔物用の厩舎があり、部屋に入りきらないような魔物はそちらへ入れられる。その近くには広大な畑があり、そこでは植物系の魔物――魔草や魔花、魔樹と呼ばれる魔物が栽培されている。この畑から採れる魔草などが錬金術学科の授業で素材として使われることもあり、この世話も従魔学科の生徒たちの仕事だった。
これだけの範囲の土地を従魔学科だけで占めているのだから、学園の端に敷地があるのは当たり前のことだった。
「それじゃあこれから説明を始めるぞ! ちゃんと聞けよ!」
新しい学生寮に荷物を置いたソラ達はすぐに魔物厩舎に呼び出された。魔物厩舎の中には馬の魔物や二足歩行のトカゲの魔物、翼の生えた猫や蛇、角の生えたウサギなど多種多様な魔物が入れられている。
先輩の一人が集まった新入生に向かってここでの決まりを説明し始める。
「お前たち一年の仕事は俺たちの手伝いだ。ここじゃあ基本的に自分の従魔は自分で面倒を見るのがルールだが、大型の従魔だと一人で面倒見るのは大変だからな。大型の従魔を持っていない一年と二年は上級生の手伝いをしながら従魔の世話の仕方を覚えていくんだ!
これからグループ分けするから詳しい説明は担当の先輩に聞け! それじゃあ分けるぞ!」
先輩たちが一年生の人数を数えてグループ分けしていく。学年はローブの腰に巻いているベルトを見るとわかる。青いラインが一本なら一年、二本なら二年……となっている。この場にいるのは四年生が一番上で、最上級生の五年生はいなかった。
ソラのグループの指導を受け持ったのは三年生のクセニッヒという男子で、狸の従魔を何匹も飼っていた。檻の前に立った彼が眠そうな顔でソラたちに向き直った。
「それじゃあ説明をはじめるぞぉ……。君たちにはこの子たちのお世話を手伝ってもらうつもりだぁ……はぁ」
クセニッヒが説明の途中でも大あくびをかます。やる気がこれっぽっちも感じられない。
「ここにいるのは僕の従魔の狸たちだ……。全部で五匹いるから部屋じゃなくてこっちに移してもらったんだ……小さいけど気性が荒いから気をつけろよぉ……」
「ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……!」
知らない人間が大量に厩舎に入ってきて警戒しているらしく、魔狸たちは可愛い顔に似合わない唸り声をあげていた。
「指とか簡単に噛み千切られるから絶対に触れようとするなよぉ……? 僕がいない時に檻に入るのも危険だからやめろよぉ……?」
「……」
ソラ以外の一年生が絶句していた。生まれて初めて魔物を見たのだろう。
魔物は普通の生き物とは違う。魔力感知ができるようになると特に顕著にわかる。実際に目の前に立って
みると、魔物たちが簡単に人間を傷つけられる力を持っていることがわかる。敵意に染まった魔力に恐怖を感じて当然だった。
「じゃあ僕がこの子たちを移動させるから、君たちは床に敷いてある藁を交換してもらうかなぁ……。汚れた藁を掃き出して、代わりに新品の藁を敷いてみよう……。いくよぉ……」
ガチャっと檻のカギを外してクセニッヒが中に入る。
「ほら、君たちも入って……。仕事にならないでしょぉ……」
中から手招きをする姿にもやはりやる気が感じられない。
二の足を踏んでいる他の生徒たちの気持ちもわかる。それでもソラは真っ先に檻の中へ足を踏み入れた。
「は、入った……」
「ほ、本当に大丈夫かな……?」
背後の同級生たちが驚きの声を漏らした。
狸たちは檻の中に入ってきたソラに警戒の視線を向けていたが、クセニッヒの足元に集まってそのまま動かなかった。
「じゃあ、掃除頼むよぉ……」
黙々と一人で掃除を始めたソラを見て、他の同級生たちも慌てて檻の中に入って掃除を始めた。
◆
魔物は【魔力を宿している生物】全般のことを指すのだが、普通の生物とは違う特殊な生態をしているという共通点がある。魔物は魔力があれば飲食を必要としないのだ。
ダンジョンは大量の魔力に満ちている場所で、そこに生息する魔物は呼吸などから魔力を吸収することで何も食べなくても生きていくことができる。魔草の場合は水がなくても、大地の養分がなくても枯れることなく青々と生い茂るようになる。
ダンジョンの外でもテイマーから魔力の供給を受けることができる従魔たちは、魔力さえ足りていれば餌を食べなくとも生きていける。非常に経済的に優しい生物である。
だが、従魔を魔力のみで飼おうとすると、自ずと飼える魔物の数に上限ができてしまう。テイマー一人の魔力で数十、数百の魔物を飼い支えるなどそう簡単にできるものではない。普通のテイマーの場合は十匹も飼えれば多い方だと言える。
そして、このテイマーの魔力量という問題には実は簡単な解決方法が存在していた。テイマーの魔力以外のもの――つまり、餌を与えることで自分の限界以上の数の魔物と契約を結べるようになるのだ。クセニッヒも他のテイマーたちと同じように、狸たちに魔力だけでなく餌を与えている。
魔物厩舎で餌として与えられるのは、学園で料理に使った食材の余りや、人間たちが食べなかった残飯だ。食堂から毎日回収して厩舎の魔物たちに与えている。
「なあ、知ってるか、上級学校の話」
「上級学校?」
食堂で残飯を貰ってきた帰り。同じグループになった同級生のシドがソラに話しかけてきた。
シドはソラとほとんど体格が変わらない小柄な少年で、一緒の学科になるまで話したこともなかった相手だ。
「上級学校の方にある従魔術学科ってさ、貴族や商家の坊ちゃんがいるわけだろ」
「ああ、そういえば……。もしかして、あっちも自分たちで世話しているのかな?」
ソラはお坊ちゃんたちが食堂で残飯をもらってえっちらえっちら運んでいる姿を想像しようとしたが、自分で言っていてこれはないな、と思った。
「まさか。あいつら、連れてきた使用人とかにやらせているらしいぜ」
「……やっぱりそうなるよな」
金持ちの人間の周囲には常に大勢の人間が控えていることをソラは知っていた。だから彼らが自分の手で魔物の世話何てするはずがないとわかっていた。
「そうじゃなくてさ、あっちの学校の連中ってさ」
「うん?」
「聞いた話だと、入学式の時にはもうすでに自分の従魔を持ってる連中ばっかりらしいんだよ」
「……え?」
自分たちとは違うだろうと思っていたソラだったが、その言葉に驚いた。半年間ずっと基礎訓練ばかり受けていて、ようやくこれから各学科の授業が始まろうというソラたちに対し、上級学校の生徒はとっくの昔に自分だけの従魔を手に入れていた。
「あいつら金持ってるからな。冒険者に依頼して魔物の卵や幼体を捕まえてきて、それを大金で買って家から連れてきてるんだと。いい御身分だよな、本当に」
そう言ったシドの瞳は嫉妬の炎が灯っていた。
ソラには彼の気持ちが痛いほどわかった。ただ生まれが違うと言うだけでこんなにも違う。ソラたちが他人の従魔の世話をして、糞尿で汚れた藁を掃除したり、大量の残飯を一生懸命運んでいる一方、上級学校の連中は金にあかして自分の従魔を手に入れ、その世話も周りの使用人たちに丸投げして美味しいところだけもらっていく。
「どうしてあいつらばっかり……ズルいだろ、こんなの……!」
シドの呟きにソラは何も言えなかった。