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それぞれの道へ

 学力では他の面々から後れを取っていたソラだが、逆にソラが得意なものもあった。魔力の扱いである。


「これが魔力だ! どうだ、感じ取れるか!」


 右手を前に突き出したゴードン教師が校庭に集まった生徒たちに向かって声を張り上げる。騎士学科の教師も兼任しており、地声が大きく迫力のある筋肉男だ。


「今俺の右手から魔力を放出している! まずはこれを感じ取れ! お前たちならできるはずだ!」


 ぐるぐるとホールの中を歩いて回りながら、目に見えない魔力を学生たちに向かって放出する。透明な何かが頬を撫でていくような感触がするが、風が吹いているわけでもない。


「これが……魔力……?」


 初めて体験した魔力にほとんどの生徒が驚く中、ソラは一人だけ別の驚きを感じていた。たった今ソラが感じ取った魔力、これと同じものを何回もダンジョンの中で感じていたのだ。


「魔物が現れる時に感じた感覚と同じだ……」


 冒険者のパーティに連れられてダンジョンの中に潜って魔石を拾っていた時、何度もこの感覚に襲われ、その度に魔物と遭遇しながらも生き残ってきた。

 ソラはそれをただの直感だと思っていたが、実際には接近してくる魔物の魔力を感じ取っていたのだ。魔力を持たない他の人間には感じ取ることができない、魔力持ち特有の感覚である。


「まずは魔力感知の練習から始めるぞ! 俺の手から空に向かって魔力を出すから、魔力が出ていると思ったら手を上げろ! 魔力が止まったと思ったら手を下げろ! いくぞ!!」


 生徒に向かって直接魔力を向けていたゴードン教師が、今度は空に向かって魔力の放出を行う。魔力の感知力を高める訓練だ。魔力という未知の力に触れたばかりの生徒たちではゴードンの放出する魔力を認識するのは難しい。迷った顔で手を上げたり下げたりする生徒たちの中で、ソラは迷いなく手を上下していた。


「……ほう! 今年も有望そうなのが何人かいるな! お前たちはこっちに来い!」


 百人以上いる生徒の中から数人が呼ばれて別室に移動する。部屋の中には別の教師がいて、今度は一人一人順番に感知できているかを確かめられた。


「全員合格ですね。それではあなたたちは次のステップに進むことにしましょう。そこに座ってください」


 クリスという若い女性の教師がソラ達を床に座らせ、次の訓練を始めさせた。


「今度は自分の体の中の魔力を感じ取る訓練です。先ほどの魔力と同じ力が貴方たちに宿っています。それを見つけてみましょう」


 魔力持ちという理由で学園に集められた生徒だ。当然、全員が魔力を持っている。

 けれど持っているだけでは意味がない。体内の魔力を認識し、意のままに操ることができて初めて意味がある。


(俺の中の……魔力……)


 目を瞑り集中する。今まで自分の中にある『力』なんて意識したことがなかった。

 だが、自分の中に『ある』と確信を持ち、いざ『探す』と意識をしてみれば、あっけないほど簡単にその『力』を見つけることができた。


「これが……魔力……」


 ソラは自分の中をゆっくりと流れるように揺蕩う力を感じとった。生まれて初めて鏡を覗き込んだ人間のように、初めてはっきりと自分自分の力を自覚したのだ。

 他の生徒たちも同じように力を自覚したようで驚きの声がもれていた。生徒たちがちゃんと魔力を感じった様子を確認してクリス教師は更に先へ進める。


「感じ取ることができたなら次は操作の練習です。ここから少し難しいけど焦らなくて大丈夫ですよ。あなたたちは他の子たちより大分進んでいるから、安心して練習してください」


 クリス教師の言うように魔力操作は今までとは格段の違いがあった。魔力の感知はソラに既に経験があったからすぐにわかったが、魔力の操作は未知の領域である。


「魔力操作の練習は寮の部屋の中でもできるので、暇を見つけたら練習してみてください」


 結局初日の授業では魔力の操作はできないまま終わりの時間を迎えた。

 クリス教師から与えられた宿題を持ち帰り、全員が寮で自習に励むことになった。


「……さっぱりわからん」


「僕たちはまだ先生の魔力もわからないしね……ゴホッ」


「すごいねソラくん」


 同室の三人もソラと同じように瞑想をして魔力を感じ取る練習をしようとしていたが、体内の魔力を感じ取るところまで行けずに躓いていた。


 ◆


 魔力の授業が始まって一週間。ソラは一つの答えを得た。


「思い切り力を込めてぶん殴ると、魔力も動く!」


 全力で何かを殴ろうとして腕に力を籠める時に、無意識のうちに魔力が腕に集まってきていることに気がついたのだ。

 この発見のきっかけはスラム時代の記憶だった。ソラがスラムで争う時、あるいは何かから逃げる時、小柄な体からは思いもよらないような力を発揮した。同じような体格相手なら負けなし、一回り体格の違う年上の少年相手でもソラの方が力も強く、足が速かった。さすがに大人相手だと負けるが、それでもソラを幼く非力な弱者だと甘く見た相手を何度も痛い目に合わせてきた。

 その体格に見合わぬ腕力や脚力を支えていたのが魔力だった。騎士学科の生徒が習う身体強化魔術の初歩の初歩を、ソラは知らず知らずのうちに使っていた。


「はっ! ふんっ! はあっ!!」


 人目のない寮の裏でぶんぶんと手足を動かしながら、魔力を操作する練習をする。手を動かしながら魔力を動かし、魔力を動かしながら手を動かす。その感覚に慣れたら手足の動きを止めて魔力だけを動かす練習する。

 こうしてソラは自分の経験と活かした一風変わった練習方法を混ぜながら、見事に魔力操作を身に着けた。


「この練習方法いいな! 俺にぴったりだ、ありがとう!」


 また、頭を動かすより体を動かす方が好きなシグムントにもこの方法が板にあっていたらしく、魔力感知ができるようになった後、この練習方法で同じように魔力操作の方法を身に着けた。瞑想のようにじっとしているのが苦手な人間にはピッタリだったらしい。


 ◆


 ――魔力操作の後は魔力を体外に放出する訓練、放出する量を調整したり、一定の量を維持したまま長時間放出する訓練などを行い、ソラたちは半年間かけて魔力を扱う方法を身に着けた。

 座学では後れを取っていたソラだったが、魔力の訓練では非常に優秀な才能を示し、ルームメイトの三人にも自分が見つけたコツを惜しげもなく教えたり、訓練の手伝いを行った。

 四人は性格も違うし得意なことも違っていたが、だからこそぶつかり合うこともなく、互いに助け合って仲良く過ごすことができた。

 そして半年間の基礎訓練期間が終わった夜、四人は最後の夜を迎えていた。


「お前たちと一緒の部屋になれてよかった。……寂しくなるな」


 年に似合わない厳つい顔に、今だけは年相応の寂しそうな顔を浮かべたシグムントが言った。

 彼は火属性の魔力を持っていたが、攻撃魔法学科ではなく騎士学科に進む予定だった。騎士学科で学ぶ身体強化魔法は属性に関係なく習得できるが、無属性以外の生徒が騎士学科を希望するのは珍しかった。泥臭い肉体労働の騎士より、強大な攻撃魔法を使う戦場の華である攻撃魔法学科を志望する生徒の方が多かった。

 騎士学科の生徒は今いる四人部屋の学生寮をそのまま使う予定だ。調整は入るのでシグムントも別の部屋に移ることになる。


「みんな元気で。病気になるのは僕が一人前の医師になってからにしてくれよ」


 今日は調子が良さそうなアストマ。やはり友達と離れるのが寂しいらしく、それを誤魔化すように珍しく冗談を口にした。

 彼は水属性の魔力があり、前々から希望していた通りに回復魔術学科に進むことになった。騎士学科以外の生徒はそれぞれの学科の寮へ移動することになる。回復魔術学科の寮は学園の医療施設に隣接していて学生のうちから手伝いに駆り出されることもある寮だった。


「これみんなにあげるねー。とっても美味しいんだよー」


 自分のおやつコレクションから一押しのおやつを分けてくれるドーラク。四人がここまで仲良くなれたのは彼の性格も影響していたのだろう。

 無属性の魔力を持っていたドーラクは錬金術学科へ進む。彼の兄も同じく無属性の魔力持ちで、上級学校の錬金術学科の三年に在籍している。ゆくゆくは兄の手伝いをする助手のような立場になる予定だ。錬金術学科はお金持ちしか入学できない学科と言われている。


「……」


 それぞれの夢に向かって進む友人たちの姿が、ソラには眩しい。はっきり言って羨ましかった。

 ソラの夢は英雄になることだ。国中のみんなから認められるような人間になることだった。

 強力な攻撃魔術や回復魔術を使ったり、騎士として凶悪な魔物を退治したり、吟遊詩人の唄に出てくるような憧れの英雄たち。彼らの姿に自分の将来を重ねていた。


 けれど、ソラの魔力属性は無属性だった。攻撃魔術が使えるのは火・水・風・土・光・闇の六属性。回復魔術が使えるのは水・土・光の三属性。無属性の魔力持ちだった時点でソラにはそれらの魔術の適性がなかった。

 それでも諦めることなく騎士学科を志望したソラだったが。


「身長が低すぎる。騎士学科に入れることはできんな」


 小柄なソラは身長が足りずに門前払いを受けてしまった。

 独学で身体強化魔術もどきを使えるようになっていたソラだったが、残念ながら身長を伸ばすことはできなかった。騎士学科の教師に直談判もしたがけんもほろろに追い返され、話も聞いてもらえなかった。


 ――平民の通う下級学校が求めるのは【英雄】ではなく【兵士】だ。わざわざソラを特別扱いしてまで騎士学科に入れる必要がなかった。教師の指示に従わない人間は兵士になっても使いにくいに決まっていた。


 騎士学科を追い返されたソラだったが、ドーラクが入る予定の錬金術学科は金持ち御用達の学科なのでソラには厳しかった。

 錬金術の授業に必要なものは全て学校が用意してくれるのだが、自主練習に使う素材などは自腹で用意しないといけなかった。ポーションの作成の練習をするならポーションの材料になる薬草を自分で買い揃える必要があり、当然作成に失敗したらゴミになってしまう。何度も練習してまともに作れるようになるまで非常にお金がかかる学科なのだ。

 ドーラクの兄が上級学校に入学し、ドーラクが下級学校に入学したのも、兄弟二人とも上級学校に通わせるとお金がかかりすぎるという切実な問題があったりする。


 そういうわけで錬金術学科に入る資格もなかったソラには選択肢は一つしか残っていなかった。

 従魔術学科である。

 魔物と従魔契約を結んで使役する従魔術師テイマーになるための学科だ。

 ソラの理想とはかけ離れた学科だったので落ち込んでいた。


「元気を出せ。お前なら大丈夫だ」


「そうだよ、ドラゴンとかすごい魔物だっていっぱいいるわけだし」


「ドラゴンと契約したら竜騎士だねー。かっこいいなー」


「……竜騎士か。……そうだよな。竜騎士ってかっこいいよな?」


「ああ」「う、うん、かっこいいと思うよ」「物語の英雄みたいだよねー」


「英雄……! そうだよ……! 竜騎士だって間違いなく英雄だ、テイマーだって英雄になれるんだ!」


 ソラは三人に慰められながら新しい夢を見つけ出した。

 竜騎士。ドラゴンライダー。多くの英雄譚でも登場し子供も大人も憧れる存在。

 例え攻撃魔術や回復魔術が使えなくとも、騎士のようにかっこいい剣や鎧を扱えなくても、英雄になることができる。


「やってやる! テイマーとして多くの魔物たちを従えて、英雄譚になるような偉業を成し遂げてみせる! 絶対に英雄になるんだ!!」


 決意も新たにやる気を漲らせるソラに、シグムントは共感するように何度も何度も頷き、アストマは困ったように笑って何も言えず、ドーラクはにこにこと笑いながら拍手をした。

 それぞれの夢を語り、互いの進む道を祝福しあい、最後の夜は更けていく。


 ――後日、従魔術学科の授業で渡された魔物にガクリと肩を落とすソラの姿があったのだが……今の彼らがそれを知る由もない。

 ただ未来への希望に胸を膨らませ、去り行く時を惜しんでいたのだった。

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