学園生活のはじまり
魔術学園に入学が決まってからとんとん拍子で話は進んだ。元からソラのような孤児でも入学できるようなシステムが出来上がっているので当然だ。
学園の寮に無料で入ることができるので生活費はタダだし、国から支度金を渡されたので学習に必要な道具や生活雑貨も買い揃えることもできた。
ソラもそれまで着ていたボロ布ではなく、安い物だったがちゃんとした古着も買った。平民の生徒は私服の上に学園から支給された制服の黒いローブを着る決まりがあり、使い古された古着でも目立たなかった。
衣食住の心配なく勉強に専念できる恵まれた環境。まるで天国のような環境だった。
石造りの寮は四人部屋で、二段ベッドを二つ置いたらそれでいっぱいだった。ベッドの足元に箱が置いてあり、そこに私物を入れる決まりになっている。荷物をほとんど持ってないソラの箱の中はガラガラだった。
それぞれのベッドを確認して荷物を置いたところで、改めて同室の四人は自己紹介をした。
「俺はソラ。よろしく」
「シグムントだ。これからよろしくな」
(でかい……本当に俺と同じ年なのか? 何を食ったらこんなにでかくなるんだ?)
赤い髪に青い瞳の屈強な体の少年が言った。ソラと同じ十歳の少年だが、すでに大人と比べても遜色ない体格の持ち主だった。ソラは同じ年の子供の中でもかなり小柄な方で発育が悪い少年だったので羨ましかった。
「ゴホッ、ゴホッ……僕は、アストマ……この部屋、ちょっと埃っぽいな……ゴホッ」
(こいつ大丈夫なのか? 放っておいたら死にそうなんだが)
やせっぽっちの不健康なアストマという少年が咳をしながら言った。先ほどから咳が止まらず苦しそうにしている。
こんな病弱な少年じゃスラムだったらすぐに死んでしまうな、とソラは思った。喘息という病気らしく人にはうつらないと言っていたが、似たような咳をしていた人間が何人も道端で野垂れ死んでいたのを思い出して不安になった。
「ボクはドーラク。よろしくねー」
(こいつ金持ちそうだな……)
三人目はブヨブヨと贅肉を携えた金持ちそうな少年だった。平民学校に似つかわしくない金の匂いがする人間である。普通の平民はここまで太れるほど食料を買えない。
苦労知らずで親に甘やかされた人間特有の、のんびりした空気をまとっていた。スラムにいたらあっという間に身ぐるみを剥がされそうだなとソラは思った。
この三人がソラの最初のルームメイトだった。
(俺、こいつらと上手くやれるのか……?)
スラムにいた孤児たちとも全く違う彼らとちゃんとやっていけるか不安はよぎった。
◆
魔術学園は国内の魔力持ちを集め教育を施し、国家の利益になる人材を育成する国営の教育機関である。この学園は身分の差には厳格だった。
具体的に言うと貴族や大商人の関係者が通う【上級学校】と平民が通う【下級学校】の二つが魔術学園の敷地内に立っていて、それぞれの授業内容が全然違う。
上級学校の生徒たちは実家にいた頃に基本的な教育を受け終えていて、より高度で専門的な授業を受ける為に学園に通っている。当然、生徒も教師もそういう前提で授業を進めている。
それに対し平民出身の下級学園の生徒たちは文字の読み書きすら覚束ない人間も大勢いた。ソラもその中の一人だ。平民学校の生徒は入学してから半年間、みっちりと基礎だけを学んでいた。
午前中は文字の読み書き、正しい敬語の使い方、礼儀作法、中つ国の地理や歴史、算術など。主に学科を勉強する。午後は魔術の訓練の初歩。自分の体の中にある魔力を掴み、それを自由に操れるようになる訓練を受けることになる。
◆
「うぐぐぐ……」
ソラが最初につまづいたのは文字の読み書きだ。何しろそれまで全く教育を受けて来なかったのだ。ソラ本人の意欲は高かったが勉強についていけていなかった。
「ここの綴り間違ってるぞ」
「え……あ、ありがとう……」
「ゴホッ……これは、箸じゃなくて、橋って意味だよ……」
「あ、そうか! だとすると、この文の意味は……」
「ねー、みんなー。おやつ一緒に食べないー?」
「い、いいのか?」
教会で開いている日曜学校には平民でも参加できる。シグムントやアストマはそこで読み書きをマスターしていたし、ドーラクは実家でもっと難しい勉強もしていた。ドーラクの実家なそこそこの大きさの商会で彼はそこの次男坊だった。
他の三人のフォローを受けながらソラが簡単な読み書きをできるようになった頃には、生まれも育ちも違う四人はすっかり友人と呼べる関係になっていた。