ソラの生い立ち
魔力持ちは英雄候補だ。
敵の大軍を薙ぎ払うような攻撃魔法を操った賢者、死者蘇生すら可能な回復魔法を使う聖女、恐るべき竜と一騎討ちをして死闘の末に勝利を掴んだ英雄。こうした偉業を達成した人間は皆魔力を持っている。
魔力持ちは貴族か、貴族と縁を結んだ上流階級の人間がほとんどを占めているが、ごく稀に平民からも魔力持ちが生まれることがある。
こうした平民の魔力持ちの存在を調べるために、国は十歳になった国民全員に魔力検査を受けることを義務付けていた。
そして、魔力持ちは一人の例外なく、全員が国立の魔術学園に入学して魔術の教育を受けることを義務付けられていた。
貴族や貴族の関係者が入学するのは魔術学園の【上級学校】。魔力検査で発見された平民の魔力持ちが入学するのが【下級学校】だ。
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ソラという少年は孤児だった。物心ついた時にはダンジョンの街のスラムでゴミを漁っていた。それより古い記憶はなかった。
彼を保護する人間はおらず、酒場から出る生ごみを漁ったり、ダンジョンから帰ってきた上機嫌の冒険者にたまに恵んでもらえた食料や小銭で日々を生きていた。
彼に優しく接する人間などいなかった。彼に教育を与える人間もいなかった。汚れた飢えた孤児を見かけた人間は露骨に顔をしかめて彼を追い払った。
夜なると酒場から漏れ聞こえる吟遊詩人の下手くそな歌が彼の子守歌であり、唯一の教科書だった。戦場で、ダンジョンで、華々しく活躍し、褒めたたえられ、使いきれないほどの財宝を手に入れ、貴族に成り上がり、美女を思うがままにし、人生を謳歌する物語の英雄たち。
ソラが彼らに憧れ、夢を見るのは当たり前のことだった。
いつか英雄になる。この街の人間から、国中の人間たちから認められ、褒め称えられ、憧れるような人間になる。辛く苦しい生活の中でソラは物語の英雄たちに自分を重ねて、輝かしい未来を夢見ていた。
◆
そんなソラを拾ったのがとある冒険者のグループだった。
うだつの上がらない年のいった冒険者たちで、ダンジョンの浅い場所をうろうろと歩いて日銭を稼いでいた。
彼らは大勢の孤児を連れてダンジョンの中に潜っていた。ダンジョンの中には魔石が転がっている。孤児たちに指示を出して魔石を拾わせ、一日中こき使って小銭を恵んでやるのが彼らのやり方だった。
ソラも孤児たちに混ざって一緒に魔石を拾っていた。孤児たちは互いに争って魔石を集めていた。集めた数で貰える小銭が変わるのだ。仲間も友達もいない。全員が敵だった。
孤児たちがどんどん先に先に進んでいく時、ソラは不思議な感覚を覚えた。道の向こうから何か嫌な感じがするのだ。怖くなって足を止めて、中年冒険者の近くで立っていた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」
叫び声だった。まるでダンジョンそのものを揺るがすような恐ろしい声だった。道の先でバタバタと争う音が聞こえて、孤児たちが恐怖に顔を歪めて戻ってくるのが見えた。
暗がりの中から醜い小人たちが姿を見せた。体を赤く染め、手に赤く塗れたナイフを持って孤児たちを追いかけていた。
「おお、ゴブリンじゃねえか。今日はラッキーだな!」
「いくぞお前ら! 怪我なんてすんじゃねえぞ!」
「わかってるよ、ポーションは高いからな!」
顔は見えなかったが、声で彼らが笑っているのがわかった。孤児たちがゴブリンに何人も殺されていくのを見ていながら、彼らは自分たちの幸運を信じてやまなかった。そして言葉通り、手傷一つ追わずにゴブリンを倒してしまった。
嬉々としてゴブリンの耳を切り落とし、ナイフを持って引き上げる彼らを見てソラはようやく気がついた。孤児を集めて魔石を拾わせていたのはただのついでだった。彼らの本当の狙いは孤児を餌にしてモンスターに襲わせ、油断しているモンスターを安全に倒すことだったのだ。
仲間と嬉しそうに今日は上等な酒が飲めるな、と笑い合う中年冒険者たち。孤児が何人も死に、軽傷者も重症者も大勢出たのに、まったく気にしていなかった。
◆
中年冒険者だけではなかった。同じような冒険者は何人もいた。
ダンジョンの街には冒険者も娼婦も多く、両親を亡くした子供も、親に捨てられた子供も大勢いた。
そんな彼らに連れられて何度もダンジョンに潜り、死んでいく孤児を何人も見送って、それでもソラは生き残っていた。
ある程度の年齢になったソラは孤児院に入れられた。孤児院はたまにスラム街で炊き出しをやっていたのだが、その時に声をかけられた。ソラと同じような年齢の少年少女だけを選んで声をかけている様子だった。
その理由もすぐにわかった。孤児院の人間は十歳くらいの孤児だけ集めて魔力検査を受けさせていたのだ。
そして、検査の結果、ソラが魔力持ちだということが判明した。ソラは魔術学園に入学することが決定した。
――ソラの夢見た英雄たちと同じように、ソラにもまた力が存在していたのだった。