プロローグ 入学式
【中つ国】と呼ばれる王国がある。
この国の人間には魔力を持つ人間と持たない人間がいて、魔力を持つ人間が通う魔術学園がある。
国の中央と東西南北の計五か所に存在する魔術学園のうち、北方にある【ノーザン魔術学園】でこの日入学式が行われていた。
豪華に飾り付けられた壇上に、赤と金で彩られた煌びやかなスーツの初老の男性が立った。ガーレス魔術学園長。王位継承権も保持する王族の一人であり、公爵の地位も賜っている男性だ。
「入学おめでとう。君たちをこの学園に迎えることができ、私は非常に喜ばしく思っている」
貫禄に満ちた落ち着いた声が魔道具で拡大され、ホールの中に響く。
ガーレス学園長の視線の先には臙脂色のブレザーを着た生徒たちが着席している。彼らの胸に輝くワッペンには様々な紋章が縫い付けられていた。それぞれの家が代々受けて継いできた家紋。彼らは由緒正しい貴族の子女だった。
「我々は君たちに期待している。君たちの中から新たな英雄や将軍、未来の大臣が現れることを期待している。国家を支える揺るぎない柱の一つとして力強く成長することを期待している」
生まれも育ちも恵まれた少年少女たち。未来の王国を支えていく人財として大人は彼らに大きな期待をかけ、その期待に負けないように立派に成長してほしいと願っていた。
胸に輝く家紋を誇らしげに、幼い貴族の子女たちは学園長の言葉を聞いて瞳を輝かせていた。
「そして、彼らの後ろに控えている君たちにも我々は期待している」
臙脂色のブレザーの集団の背後、同じ年ごろの白い制服の集団がいた。
男子は詰襟を、女子はセーラー服を着用して微動だにせず、綺麗に整列をして立っている。
「これから国家を負って立つ彼らの支えとなり、その良き手足となって忠実に仕えることを期待している」
白い服の集団は貴族に仕える従者――何代にもわたって貴族に仕えてきた従僕の家系や、一代貴族(騎士)の家に生まれた嫡男、そして貴族とも取引のある信頼と力ある商家の子供たちである。
生まれた時から貴族の支えとなることを定められた家の子供たちだった。
瞳を輝かせて頬を紅潮させる貴族の子女と、姿勢を正し緊張した顔を見せる従者の子供たち。
その様子に相好を崩して学園長挨拶をしめくくった。
「この学園でよく学びなさい。君たちの進む先に輝かしい未来が待っていることを、私は確信している。ノーザン魔術学園へようこそ、入学おめでとう!」
――わあああああああああああああ!!!
入学式の様子を見守っていた周囲の観客が盛大な拍手と歓声で祝福を送る。
英雄の卵たちに幸あれと、生徒の両親も、学校の先輩も、来賓もみんなが笑顔で祝っていた。
◆
貴族の子女の入学式が行われていた同時刻、ノーザン魔術学園の別の場所でも入学式が行われていた。
申し訳程度に飾り付けられた大き目の教室に、黒いローブの子供たちが集められていた。顔には不安の表情が浮かび、せわしなくキョロキョロと周囲を見渡したり、隣の子供と小声でおしゃべりをしたり。当然列に並ぶこともなく、ぐちゃぐちゃにひとまとめにされていた。
その子供たちの周りを白いローブの大人たちが囲み、正面の壇上に臙脂色のローブを着た白髪の年老いた男が立っていた。壇上の老人はメンソーレ下級学校長。ノーザン魔術学園の中にある【下級学校】の学校長である。
ざわざわと騒がしい室内に構うことなく、ボソボソと話始める。
「えー、入学おめでとう。君たちの入学を我々は歓迎している。
君たちは平民でありながら魔力を持ち、魔術を学ぶことが許された選ばれた人間である。だが、勘違いしないでほしい。我々は君たちに英雄になることを期待していない」
聞いている子供もいるし、聞いていない子供もいるし、聞いていても理解していない子供もいる。
それでもまったく気にせず、メンソーレ学校長は一定のペースで話続ける。挨拶をしなければならないから話しているだけで、彼は子供たちに何も期待していなかった。
「我々が君たちに求めることは社会の歯車になることだ。この社会を支える部品の一つになることだ。大量に集められた画一的な人材の一つになることだけを望んでいる。
君たちは英雄にならなくていい。将軍にならなくていい。大臣なんてもってのほかだ。ただの一兵士、一役人としてほどほどに仕事をしてくれればいい」
生まれも育ちも恵まれず、ろくな教育を受けて来なかった平民の子供たちに社会は何も期待しない。ただ命令された通りに、与えられた仕事をほどほどに頑張ってくれればそれでいい。英雄的活躍なんて誰も望んでいない。
「この学校を出た君たちに与えられる仕事は他の誰でもできる仕事だ。だが、誰かがやらなければならない仕事でもある。君たちはその仕事をきちんとこなしてくれればそれでいい。
その代わり、将来の君たちは仕事に困ることはない。食う物にも住む場所にも着る物にも不自由しない程度の報酬を得られることを約束しよう」
『魔力さえあれば』誰にでもできる仕事。それが彼ら平民に望まれる仕事。
魔力という才能を必要とする分だけ報酬は高いが、仕事の内容も難しくなく、重大な仕事も任されない。それが平民の立ち位置だ。
「君たちはこの学園を無事に卒業できれば一生食いはぐれることはないだろう。それがなんと幸福なことなのか、君たちはよく理解して謹んで仕事に励みなさい。ノーザン魔術学園へようこそ、入学おめでとう」
――パチパチパチ
熱意もなく、期待もなく、ただ淡々と告げられた祝福の言葉。周りの大人たちがやる気なく拍手するのにあわせて子供たちもよくわからないまま拍手をする。
まばら拍手の雨が部屋の中に降り注ぐ中、ノーザン魔術学園下級学校の入学式は終わりを迎えた。
◆
――教師の指示にしたがってゾロゾロと移動をする生徒たちの中に、毅然と顔を上げて力強く歩を進める子供がいた。
彼の名はソラ。スラム育ちの孤児で、たまたま魔力を持っていたから魔術学園に通うことを許された幸運な少年である。
彼は先ほどの校長の言葉を聞いて、それでも諦めていなかった。平穏な生活、食うに困らない仕事、スラムの人間なら垂涎の的であろう言葉に心を揺らさずにいた。
彼の望みは英雄になること。誰も望まずとも、周囲に反対されようとも、決して諦めるつもりはない。
平民から成り上がり、この国中に勇名を轟かせる英雄になる――それがソラの夢だった。