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プロローグ

 「楠木努(くすのきつとむ)先輩、好きです。私と付き合ってください」

 「ごめんなさい。俺、恋愛に興味ないから。お断りさせてください」



 西暦2133年。3月19日。午前11時13分。

 卒業式を終えた都立青豊高校(せいほうこうこう)の天文部の部室に、俺たちはいた。

 顔を真っ赤に染めて、ぷるぷると小さく震えながら頭を下げる後輩の早坂美来はやさかみくは、それはもう可愛らしかった。

 陽の光を反射して輝く茶色の髪も。桜色の柔らかそうな頬や、長く整えられたまつ毛。それに、制服からほんのちょびっとだけ突き出た小さな指も。

 学年で1番と噂される容姿は、伊達ではないと他人事のように思っていた。


 そして、俺は。

 早坂の純粋な願いに、90度腰を曲げて、丁重に断る。


 「――っ」


 ぽかん、とした顔は一瞬の事で。意味を理解した途端、唇をきゅっと噛んで悲痛な表情になる。

 可愛い後輩にそんな顔をさせてしまった事に、胸が痛む。だが、俺の意思はどうしても曲げられなかった。

 早坂は震える声で、理由を問う。


 「どうしてか、聞かせてもらえますか?」

 「早坂のことが嫌いって訳じゃないんだ。むしろ、たった1人しかいなかった天文部に入部してくれて、俺の助けにもなってくれた。感謝もしてるし、人間として好ましいという気持ちはある」

 「なら――」

 「でも、その感情は、恋愛感情とかじゃないんだ。それに俺、大学に入学したら、やりたいことたくさんあるんだ。だから、ごめんな。早坂とは、付き合えないよ」

 「……」

 「理由はもう1つある。俺と早坂が男女になった時を想像してみろ。美少女のお前の横に、ちんちくりんな地味男が立っているんだぞ? 笑われるのはお前だ。俺は、それがどうしても許せない」

 「……」


 (ただの屁理屈だ。こんなもの)


 俺は、早坂に告白を断った理由を話しながら、その言い訳じみた言葉の羅列に心底呆れていた。

 大学に入学してやることなど、せいぜい勉強とサークル活動とアルバイトだ。恋愛が障害になることなんてありえないし、両立できないはずがない。

 隣にいる人の価値なんて、決めるのは俺ではなく、告白してくれた早坂自身だ。そんな事を言い出す時点で、俺がどれだけみっともない事をしているのか、どれだけ不甲斐ない姿を晒しているのかは想像に難くない。

 それに、相手に好意を抱きながら、その人からの好意を否定する。いったいどんな矛盾だ。

 これだけで、俺の言い訳は破綻する。


 「そう、ですか」


 きっと、早坂も気付いているのだろう。俺のどうしようもない身勝手さに。俺の、卑屈で小心まるだしの振る舞いの浅はかさに。

 だが、早坂は目に涙をいっぱいに溜めて、それでも不器用な笑顔を浮かべる。

 その強さに、俺は息を呑むしかない。

 見下ろしている筈の早坂の姿が、この時は大きく、気高く美しく見えた。


 「分かりました。私、先輩を困らせちゃいましたね、えへへ」

 「……そんな事は、ない」

 「お時間を取らせて、すいませんでした。大学生活、頑張ってください!」


 そう言って、早坂は俺の返事を待つことなく、涙の軌跡を残しながら走り去っていた。

 残された俺は、胸の奥から響く鈍痛と口の中いっぱいに広がった苦味に、顔を顰めながら、ただ後悔の溜息を吐くしか出来なかった。




 ――今から語るのは、遠い未来で起きた悲しい出来事から始まる、甘く切なく、それでいて柔らかな、幸せを求める2人の物語である。

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