バレンタイン:2人の思い出
ラーゼルン国のとある屋敷での事。
「カトリナ、あと1週間後だけど……。やってみる?」
「ん??」
飼い犬とじゃれている当時6歳のカトリナ。
動きを止めるカトリナに介さず、犬はずっと鳴き甘えている。それを無視して話すのは彼女の母親だ。
「2月14日はバレンタインデーと言ってね。感謝の気持ちをチョコとして送ったり、気になる人にチョコを送るの。勿論、お返しもあるのは当然よ」
「……???」
頭の中はハテナで埋め尽くされ、分からないとばかりに犬とじゃれる。
「好きな人、もしくは感謝したい人はいる?」
「……んーー」
まだ6歳のカトリナにその判断を下すのは大変だ。
だが、ふとある人物の事が思い浮かびすぐに「いる!!!」と元気よく答えた。
「じゃあ、一緒に作りましょうか」
こうして初めての手作りをすることになった。その準備に1週間を費やした。いつも傍にいることが当たり前の執事と違い、母がいる事は嬉しい筈だ。
だが、気付いたらキョロキョロと周りを見て探してしまう。
「……」
「あともうちょっとだから。それまで我慢したらちゃんとお礼を言うのよ?」
「うんっ……!!!」
泣きそうになるのを抑え、カトリナはその日の為にと練習を繰り返すのだった。
そして、ついにその日がやってきた。
2月14日、バレンタインデー。その日、カトリナの専属執事を務めている筈のファールは朝から元気がない。
いつもなら起こす時には寝ている筈のカトリナは、今日に限って部屋に居なかった。思わず誘拐されたのかと思い、顔を真っ青にしながら探し回った。
初めに2階から飛び降りようとして、使用人達を管理、教育をしているエドからは即座に止められる。
「放して下さい!!! 賊がお嬢様をさらった可能性だって」
「絶対にないから安心しろ!!!」
「っ、しかし……」
いつもならそのエドに歯向かうは真似はしない。が、冷静さを失っていたファールは素直に受け取れない。ここ1週間、カトリナが何かをしている事に気付いてはいた。
聞こうとしてカトリナの母親に「当日まではダメ」と言われ、彼女に気付かれない程度にそっと見守っていた。眠そうに部屋に戻る際には扉を開けてベットまで誘導したりなど、意識がない時には必ずファールのサポートがあった。
「……お嬢様に、嫌われたのでしょうか」
「いや、そうじゃなくて」
「どこが……まずかったんでしょう」
「あー、その、ファール?」
エドは今日は何の日であるかも知っているし、カトリナがあげようとしている人物も心当たりがある。だからこそファールにはそんな誤解はして欲しくないと思い、こそっと伝えた。
「……バレ、インタイン……」
「おはよう、ファール!!!」
遠回りに教えるよりも良いだろうと思い、ストレートに伝えればファールは言葉を理解しようと頭の中で繰り返す。そんな時、元気な声が自分を呼ぶ。振り向けば、目的の人物であるカトリナが笑顔で呼んでいた。
勢い余って倒れてしまったが……。
「ごめん、なさい」
「いえ、平気です……。良かったです、お嬢様が無事で」
「ん?」
(まだ疑ってたか……)
呆れたエドに気付かず、ファールは立ち上がり執事服を整える。ふとカトリナの手に握られている小さな袋を見て「あの……」とつい声をかけてしまう。
「うっ、あ、あのっ……」
気付かれたという表情をしたかと思ったら、カトリナは恥ずかしそうに顔を伏せ言葉を発しなくなった。じっと見られているのが嫌なのか、エドの後ろに隠れてしまう。
カトリナをファールの前へと連れ出し、その度に恥ずかしそうに体を縮こまりと数分の行動の末。逃げられないようにと軽く抑えつけると言う暴挙に出た。
「観念して下さい、お嬢様」
「う、うぅ……でもぉ」
「今日の為に色々と準備をしてきたのでしょう? いつまでも待っているファールが可哀想です」
その間、ドキドキしながら待っていた。
自分が何か失礼な事をしたのではないか。だとすれば一体どこだ、と考えているとすっと出された袋。
「受け取って、平気……ですか?」
自分にだろうとは思ったが、念のためにと聞けばカトリナは何度も首を振った。受け取った袋を開けてみれば、中に入っていたのはトリュフだ。大きさがバラバラで全部で5つ入っていた。
「こっ、これからも、よろしく……!!!」
それだけを言うと彼女はそのまま走り去った。
ただ、横を通り過ぎた時に見えてしまった。耳も顔も真っ赤に染まったのを……。
「これで、お嬢様の気持ちは分かっただろ? なにも失敗だなんて思うな」
「……はい。そう、ですね……」
自分の早とちりだった。
しかも、まだ1年とちょっとしか関わっていないというのに。それでも、彼女は拾われた自分に対して良い印象を持っていた、とそう受け取って良いのだろうと思いポタリと涙を流した。
「お嬢様、中に入ってもよろしいですか?」
「まってぇ~」
中でバタバタと音が聞こえて来るが、中に入る許可を得るまでは入らないでいる。すっかり外は暗くなり、仕事を終えたファールはお礼にとカトリナの部屋を訪ねたのだ。
今朝、渡されたトリュフ以降、妙に顔を合わせるのが難しくなり落ち着かなかった。その間、同僚にはからかわれ何故だかカトリナの父親に睨まれるという激務を終えた。
(せめて、お嬢様にはこれを渡して置かないと)
少し眠いが辛抱だと自分に言い聞かせていると、カトリナが扉を開け「どうぞ」と入室許可を下す。ふんわりとしたピンク色の上下のパジャマを着て、にょこりと顔を出すカトリナにファールは笑みを深くした。
今日も、可愛い……、と。
「どうしたの?」
「今朝のお礼、と言う訳ではありませんが……2人で飲もうかと思いまして」
そう言ってファールの手に持っていたのはホットチョコレート。
生クリーム入りで赤と黒のコップにそれぞれ注がれていた。甘い香りがカトリナの鼻をくすぐり、既に瞳を輝かしている。
「いいの?」
「はい。俺からのバレンタインデーと言うことで」
「もらう~~」
満面の笑みで受け取ろうとするのを、ファールから待ったがかかる。途端、しょんぼりとしたカトリナに慌てて説明をした。熱いから気を付けるようにと言い、ふーふーするようにと説明をするもちゃんと聞いているかは不明だ。
「ファール、いじわるしないで」
「意地悪ではないですが……。はい、どうぞ」
ベットの上で受け取り、懸命に息を吹きかけ少しでも冷まそうとしている。そんなカトリナに姿にファールは、微笑みホットチョコレートを飲んでいるとふと見られている事に気付く。
「あの……」
「ずるい」
「えっ」
「私はまだ熱いのに……ファールはもうのんでる」
「俺も、一緒に冷ましましょうか?」
「うん!!!」
2人で冷まし合うという妙な体験をしつつ、味わっているとカトリナがポツリとポツリと言ったのだ。
ファールには感謝してるし、隣にいてくれるのが嬉しい。
これからも隣にいて欲しいから、その証として頑張って作ったのだと。
「えぇ。分かっていますよ、お嬢様。俺は貴方の傍に、隣にいます」
「うん!!!」
そう笑い合い、コップを置いてからの記憶はない。
2人してそのまま寝てしまったのだ。カトリナは慣れない手作りと当日まで、ファールに隠していた気遣いで。ファールの場合は当日まで、接触させて貰えないストレスとネガティブな思考とで精神共に疲れ切っていたのだから。
当時6歳のカトリナと、9歳のファール。
これを機に毎年のバレインタインデーには、2人で飲むようになり楽しみの1つになっていった。