夢と現実
彼にまつわる不思議な話。
病弱で陰気で意志薄弱な彼。
学校の生徒のほとんどが、夢の中で彼を見たことがあるというのだ。
授業中、積極的に発言する彼。テストで一番をとる彼。運動会の徒競走で一等をとる彼。友達がたくさんいて人気者の彼 車で跳ねられそうになった子どもを救う彼。などなど。
どれも立派なことだけれど、現実とは程遠い。
体が弱く、学校に来ることすら珍しいし、そのため成績は芳しくない。徒競走で転ばず走り切れるかすらあやしいし、友達どころか彼が誰かと話しているとこすら見たことがない。車で跳ねられそうになった子どもを救う勇気なんてのもないだろう。
そんな彼が、どうしてみんなの夢の中では理想的な人物として描かれるのだろう。
「夢って見る人の願望を表すらしいし、みんな彼のことが心配なんじゃない? もっと学校に来てもっと活躍してほしいーーーみたいな?」
と部活帰り、俺の彼女の夢子は言う。
「うーん……ごく一部の人が見てるとかなら分かるんだけど、ほとんどの人が彼の活躍を期待してるなんて考えづらいんだよなあー。もしそうだとしたら俺はあいつの夢を見たことがないし、人を応援できない酷い奴なのかも。そういうお前はあいつの夢を見たのか?」
「……。み、見てないよ」
「一瞬間があった」
「はぁ……み!ま!し!た!」
「どんな夢?」
「……告られた」
「え!? あー! じゃあお前はあいつに告られたい願望があってそれを夢に見たんだ!」
「うざい!!!」
「あ、そういえば今度行こうって言ってた映画行けなくなった」
「え、なんで!? 楽しみにしてたのに……」
「まあ男には色々あんだよ……」
「なんか歯切れ悪い……もしかして、うわk」
「してねえよ!!!」
その日、彼の夢を見た。
俺はナイフを持った彼に追われていた。
彼は俺に追いつかんばかりのスピードで追いかけてくる。
俺は陸上部に所属していて、その中でも体力があり、かなり足の速いほうだ。
そんな俺が病弱な彼に追いつかれるはずがない。
これは紛れもなく夢である。
もう追いつかれてしまうと思った時、俺は転んだ。
仰向けになり、頭上にはナイフを持った彼が佇む。
「何が目的なんだ!」
「これはあなたの夢の中でもあり僕の夢の中でもある。授業中、積極的に発言する僕 テストで一番をとる僕。運動会の徒競走で一等をとる僕。友達がたくさんいて人気者の僕。車で跳ねられそうになった子どもを救う僕。現実で冴えない僕はいつも理想の自分を夢見ていた。その夢を強く願い続けた結果、他人の夢に介入できるようになったんだ」
「何を言っているんだ! そんなことできるはずがない!」
「それは現実の日常を満足に過ごしているお前だからそう思うんだよ。心の底から何かを願ったことはある? 夢を叶えるには自分を変えなければならないというけれど、本当は人は何者かになりたいのではなく、何者かになった自分を他人に見て欲しいんじゃないかな。それって自分を変えなくても他人の見方を変えればいいわけだよね。だから僕は他人の夢の中で理想の自分を見せているんだ」
「よく分かんないが、人殺しがお前の理想なのかよ! まさかお前……」
「そうだ、夢子さんが好きなんだよ。お前は夢に見るほど夢子さんを愛していない。お前の夢に来てみれば、夢子さんをよそに他の女といちゃついてる夢ばかり見てやがる。夢子さんが幸せならと思って諦めていたけど、そういう事情なら話は別だ。夢子さんにふさわしいのは僕だ。夢子さんには……お前はいらないんだ!」
振り下ろしたナイフが俺の心臓に突き刺さる。
彼は彼女を強く想った。
その願望が最大限に達したとき、夢は弾け、それは現実となった。