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9.『卒業パーティー(後)』

 








 舞台袖の最奥から、僕は走り出す。

 乱雑に詰まれた箱に足をぶつけ、置かれた椅子を蹴倒して、扉を開けるのさえもどかしいくらいに焦っていた。


 暗闇から大広間へと出るとシャンデリアの突き刺すような光に目が眩んだ。

 まだ潤んでいた瞳の中で光も人々の姿も、万華鏡のように揺らいでは形を変えていく。


 姉さんは……!?


 大広間の真ん中がぽっかりと空いていた。

 その中心に、姉さんと殿下が向き合っているのが見えた。ざわつく取り囲む人だかりを割って入っていく。




 姉さんが殿下に対して手を差しだす。


 待って、姉さん!僕は。


 人だかりを抜けて、ぽっかりと開いた空間を姉さんの元へと駆け寄る。



 ──その手を握るのは、僕でありたい。



 勢いのままに、姉さんへと手を伸ばした。その手を取る瞬間に、


「婚約破棄は承るわ!」

「エレナ姉さん、好きです!」


 そう、姉さんと僕の言葉が重なった。









「「……へ?」」


 僕と姉さんは、お互いを見つめて固まる。


 え?なんて?

「え?なんて?」


 心の声が漏れたのではなく、姉さんが僕の方を見てそう声に出して尋ねる。僕は大きく息を吸って、姉さんを見つめる。


「エレナ姉さん、貴方を、愛しています。」


 姉さんが殿下と婚約されると聞いた夜、言葉にできずにいた愛を伝えるその言葉を、まっすぐに姉さんへと向けて言った。


「姉さんが、好きなんです!」


 もう一度言うと、姉さんは一瞬で白い頬も首も耳も、全身を真っ赤に染めていく。


「危ない!」


 腰が砕けたようにふらつく姉さんを、僕は手の中に抱き寄せる。

 よかったと安心したのも束の間、会場が水を打ったように静まり返っていたのに気がつき汗が一気に噴き出した。





「……うわぁ。よくこんな衆人環視の中でそんな告白できるね。」


 沈黙を破る様に、ボソリと言葉を呟いたのはユリウス殿下だった。


「恥ずかしくないの、ハル。常識どこに捨ててきたの?僕だったら羞恥で死ねる。」


 すごく残念なものを見る目をして殿下が言う。その声色にちょっと蔑みの色が宿っているように感じるのは、気のせいだと思いたい。

 我に返ったら、恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。もう顔から火が出そう。泣きたい。姉さんに言ったことは後悔はしていないけど、でも、やっぱり恥ずかしい……!


「ははは。それくらい、お前の発破がきいたってことじゃないか。お前もあれくらい、人目も憚らずに告白()えるような恋を、一生に一度くらいしてみたらいい。」


 隣で、ライナス様がユリウスの肩を叩いて呑気にそう言う。


「いやだよ、プライドが許さない。」


「そのプライドが捨てられるくらい、ハルはエレナが好きで、頑張ったってことだろう?かっこいいじゃないか。」


「かっこいい、のかな?」


 二人が、仲良くそう軽口をたたく。それを見た人々が、また少しずつざわついていく。


「あ、それより、婚約破棄ってなんなんですか!?」


「知らない。勝手にエレナが言い出したんだ。」


「なんか、ユリウスの好きな人を虐めた罪で断罪されるのでしょう、とかなんとか言っていたな。」


「言っていたね。好きな人ってもしかして、あの、噂になったシルビア嬢のこと?」


 不快そうに眉を顰めた殿下の後ろから、すごい勢いで飛び出してくる女性がいた。


「呼ばれて飛び出てジャジャーン!シルビアです!」


 飛び出してきたのは、ユリウス殿下が気にされていると噂のシルビア嬢だった。

 相変わらず、貴方もお元気そうですね。


 彼女は、殿下の横を素通りして、僕の元へと走り寄ってきて手を取ってキラキラと薄紅色のその瞳を輝かせた。


「素敵でしたわ、ハルディン様!これが『真実の愛』なのですわね……!」


「はっ!こら、シルビア!私がちょっと目を離した隙にハルにべたべた触るな!」


「やん。ああ、エレナ様も良かったですわね!これで両想いですわ!そして、当て馬王子様、グッジョブですわ!」


 ぱっと手を放すと、シルビア嬢は今度ユリウス殿下へ向かってぐっとサムズアップしてウィンクしてみせた。


 ……えーっと。

 今、なんかすごい不敬な言葉が、聞こえた気がするんだけど……?


 そのシルビア嬢の言葉に、ユリウス殿下は苦虫をかみつぶしたように顔を歪め、その隣でライナス様が笑っていた。


「当て馬王子……?」


 聞き間違えかなって思ったけど、姉さんにもそう聞こえたようだ。


「当て馬王子ってなんなの、ユリウス?」


「……。」


 無言で嫌そうな顔を背けたユリウス殿下の前に、シルビア嬢がひょっこりと顔を出す。


「それは私から説明しましょう!そうそれは一年前のこと。ハルディン様がこの学園に入学された当初、恋に恋い焦がれる(わたくし)たち思春期の学生たちは、エレナ様とハルディン様のお互いを想い合う瞳にそれはもう目を奪われ、歓喜いたしました。義姉弟の、甘く切ないラブ・ストーリーの予感!互いが互いの背にそっと愛おしいと視線を送るけど、いつだってその視線が絡み合うことはない。なんてじれったい!なんて甘酸っぱい!そんなお二人の萌えるお姿を、学園中の生徒たちが固唾を飲んで見守ってまいりました。仲睦まじい、けれど、二人は姉と弟という禁断の関係。さぁ、どうなるこの恋物語!?更に更に、燃え上がるラブ・ストーリーに燃料を加えるスパイス、お二人の仲を裂くように立ちふさがるエレナ様の婚約者という存在。そう、まさにここにいらっしゃいますユリウス殿下、だれが呼んだが、人呼んで『当て馬王子』様ですわ!」


 びしぃっとシルビア嬢に腕で指し示されると、……チッ、と今まで長い付き合いで一度だって聞いたことのない、ユリウス殿下が舌打ちする音が聞こえた。


「それを言い出したのは君でしょう、シルビア嬢。不敬が過ぎると、何度君に忠告したかな……。そろそろ、本気で不敬罪で処罰したくなってきたよ……。」


 地を這うように低く威圧感のある声が殿下から漏れる。


「まぁまぁ。ここまでこいつの感情揺さぶるのなんて、エレナとシルビア嬢くらいなもんだな。」


「ライナス、君のその、なんでも面白がる癖をなんとかならない?」


「人生は楽しんだもん勝ちだろ、ユリウス。」


「はぁ。まあいいや。ファーストダンスも終わって、僕らの出番も終わりだ。別室で、答え合わせをしようか。エレナ、ハル。そして一応、いやだけど、シルビア嬢も。エレナ、君がやっている仕事は他の誰かに代わってもらって。」


「はい。」


 姉さんは僕の手から離れると、すぅっと大きく息を吸って群衆へと鋭い目を向けた。


「ダニエル!カティア!バート!グレン!サラ!ベティ!」


「「「「「「Yes!Yes, Ma'am!(はい!こちらに!)」」」」」」


 呼ばれた面々が敬礼しながら一歩前へ出る。


「私たちはこれで下がるわ!いいこと!必ずやこの卒業パーティーを成功へと導き我が世代こそが黄金なのだと、下級生たちはもちろん、教師陣、そしてお招きしたすべての客人たちに知らしめなさい!ここに金字塔を打ち建て、我が学園が、我が国が!最高峰だと世界に知らしめるのよ!この機会に、貴方たちの力を世界に広くアピールするのよ!いいわね!?」


 カツン、と姉さんが高いヒールを高らかに鳴らす。


「「「「「「Aye, aye Ma'am. We understand and will carry out your order, Ma'am.(ご命令、承知いたしました!これより実行します!)」」」」」」


 それに対して、ダニエル、カティア、バート、グレン、サラ、ベティと呼ばれたそれぞれ大司教の息子、騎士団長の娘、大農園の息子、大商人の息子、他国の王族の血を引く留学生の姫君、我が国の社交界の花と、それぞれ深い教養と権力を併せ持つ人々が姉さんへと敬礼を向け、忠誠を誓うように胸に手を当て、頭を下げる。


「まかせたわよ。それに、皆!」


『Yes, Ma'am!』


 皆、と呼びかけると周りに集まった卒業生たちが、一斉に姉さんへと敬礼をしながら声を張り上げた。

 まるでそれは地鳴りのようにこの大広間を揺らがせた。


「昨日までの苦しい訓練を見事にやり遂げたこと、まずはよくやったと賞賛を贈りましょう。」


 顎を上げて、姉さんが腰に手を当て言うが、それはとても賛辞を贈るような温かな声色ではなかった。


『Thank you, Ma'am!It’s such an honor and privilege, Ma'am!(ありがとうございます!非常に光栄であります!)』


 先ほど以上に、この大広間を揺るがす声が響く。


「よろしい、ひとまず、楽にしていいわ。」


 彼らは、『楽に』と言われるとそれまでの敬礼をやめて、足を肩幅に開き、両手を背中で軽く握ったが、一切視線を外さずに厳しい顔でじっと姉さんを見つめた。騎士希望の数十人いる卒業生ばかりでなく、剣を握ったことがあるとは見えないような先輩も、美しく繊細なドレスを纏った女性も皆、そのピン、と張った姿勢で顎を引き、姉さんの次の言葉を待つ。その目は、歴戦の戦士にも劣らぬ真剣で鋭い目をしていた。

 くるり、と姉さんが取り囲む生徒たちの顔を一人一人を見るように、ゆっくりと見回す。

 ごくり。幾人かが、喉を鳴らす音が響く。

 そこにいる生徒たちだけではない、教師たちも、国内最高峰のこの学園の卒業式に招かれた貴族たち、他国からの使者たちも皆が固唾を飲み姉さんへと視線を注いだ。

 なにを、言い出すんだ……!?

 張り詰め緊張した空気の大広間な中を睥睨してみせた姉さんは、カツン、と小さくヒールを鳴らし目を上げると、ふ、と朗らかに、道端に咲く可憐な花のように微笑む。

 そのギャップに、誰もが釘付けになった。一瞬で、緊張したこの大広間が緩み、花が舞ったようにほんわかした空気が流れた。


「皆、楽しみなさい!卒業、おめでとう!!」


 にっこりとそれだけ言うと、彼らは一瞬息を飲み込んだ。

 その後に、この日一番の歓声が、上がる。







 ……姉、さん?なんか昔よりだいぶパワーアップしてないですか?


 ……現実を受け入れられない僕は、頭を抱えてその場にひれ伏すが、その上でユリウス殿下とライナス様、そしてシルビア嬢が楽しそうに会話を交わす。


「統制力とかって問題ではない気がするんだよね、あそこまでいくと。もしかして、薬物での洗脳なのかな。もし犯罪に手を染めているなら、侯爵家だろうとエレナを容赦しないだけど。」


「そんなわけないじゃないですか!単純にエレナ様のお人柄を慕っているだけです。エレナ様に心を捧げる人は多いんですよ!私だってその一人ですけど、ぽっ♡」


「君、気持ち悪い。」


 くねくねと体をくねらせるシルビア嬢から、ユリウス殿下が一歩離れる。


「あはははは。でもユリウス、そのおかげで、隣国との戦争がなくなったんだろう?」


「……なくなった、のではないよ、ライナス。今のところは、だ。」


 いつだったか、僕が姉さんの横に並べるようになれたら気持ちに名前を付けようと思っていたけど、きっと一生かけても僕は追いつけなかった。

 そして、ユリウス殿下に、姉の何を知っているのかと迫ったこともあったけど、僕はまだまだ姉さんという未知数な人をわかってはいないみたいだ。


 でも、これから先、どんな姉さんが見て知ったって、僕の気持ちはかわらないんだろうなぁ。











お読みいただきありがとうございます!

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