11.5.『羨望』
「それで。」
城へと着き、陛下への謁見を申し出待っている間、ライナスがユリウスに声をかける。
「お前は、欲しいものに手を伸ばさなくてよかったのか?」
問われて、ユリウスは無言でライナスを見つめる。
「何年お前を見てたと思ってるんだ。エレナのこと、好きだったんだろう?」
そう言われて、ユリウスは側近であり一番の親友の顔から眼を逸らす。
エレナは規格外の子供だった。それを面白いと思った。そして、彼女の悪意のなさや飄々としたところが安心できたのか、彼女の側だとよく眠れることに気がついた。いつも悪夢にうなされ寝られない僕は、初め、ゆっくりと寝られることがただ嬉しかった。けど気がつけば好きになっていた。
ユリウスが自分の手をじっと見つめてから、窓の外の藍色の空で瞬く星へと手を伸ばす。
「伸ばしたさ。願ったのは……、僕が欲しかったのは、大切なあの二人の眩しいほどの笑顔だもの。」
その答えに、ライナスがきょとんと眼を丸くしたが、すぐに破顔する。
「はぁ、難儀だなぁ、お前も。」
「なぁ、ライナス。」
「なんだ?」
「君なら、どうしていた?」
「ん?」
「君が僕と同じ立場なら、どうしていた?」
質問の意図が分かったのか、ライナスはんー、と空を仰ぐ。
「そうだなぁ。俺はお前みたいに、人ができていないからなぁ。きっと、エレナの気持ちも、ハルの気持ちも、気がつかなかったふりをしてエレナを嫁にしていただろうなぁ。嫁にして、毎日愛を囁いて、抱いて、これでもかってくらい溺愛して、いつか俺のことを愛させてみせたと思う。」
その返事に、ユリウスがはぁと大きく息を吐きながらくしゃりと自分の髪を掴み俯く。
「どうした?」
「いや、そんな考え方があったなんて目から鱗で。……諦め癖、はつけていないつもりだったけど、どこかで気持ちを自制していたのかな。ハルのこと、言えないね。」
「はは。でもお前は、人の機微に敏いからな。もしエレナを娶っていても、俺のように鈍感じゃないときつくてどこかでうまくいかなくなっていたよ。よかったんじゃないのか、これで。」
伏せたユリウスの髪を乱暴に、ぐしゃぐしゃにしながらライナスが撫でまわす。
「ではなぜ君は、エレナを諦めたの?」
「何言って、」
「君こそ、僕を舐めるなよ。何年、一緒にいたと思っている。」
その言葉に、ライナスが苦笑いする。
「確かに、エレナが好きだったよ。けど、諦められるくらいの恋だったってことだ。俺にとってもあいつら二人共大事だしな。それになにより、俺にとっては、お前が一番大切だからな。お前が好きな相手に手を出すことは、絶対にない。」
ユリウスが顔を上げて、それこそ生まれた頃からずっと一緒にいる幼馴染の八重歯を見せにかっと笑う顔を見て、苦笑する。
「……僕は、他人を羨むことはない。自分で生きていくしかないのに、他人を羨んでいてもなにも始まらないからだ。それなら、今の自分にできることを一つでも学んだ方が時間を無駄にせずに済む。」
「……ああ。」
「でも、君だけは、君の強さは、少し、羨ましい。」
ライナスが今度は優しく頭を撫ぜた。
「俺、お前の優しい強さが、すげぇ好きだよ。でもその環境はやっぱり羨ましくないけどな。」
「……羨んでよ。」
コンコン、とそこにノックがされ陛下への謁見のために席を立つ。
「もし廃嫡されたら、エレナについていこうかな。」
「お、いいなそれ。ぜひ積極的に廃嫡してもらえるように頼もうぜ。」
長く薄暗い廊下を歩きながら、ユリウスとライナスは、そこにはいない二人の眩しい笑顔がずっと続いていくことを、ただただ願っていた。
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