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10.『答え合わせ(前)』

 







 ──『答え合わせをしよう。』


 そうユリウス殿下に言われて、大広間からほど近い控室の一室に僕らはいた。

 一先ず紅茶を淹れようとすると、姉さんが私に任せてと得意げに言うので、僕はその手から紅茶のポットを奪い取る。

 姉さんは、紅茶だけはどれだけ練習しても摩訶不思議な液体を生み出してしまうので、危険なのだ。


「さて、なにから話そうか。」


 僕が淹れたお茶に口づけ一息つくと、ユリウス殿下が頬杖をついて口火を切る。


「エレナ、僕らの婚約の経緯は知っている?」


「へ?いえ、そういえばちゃんと経緯とかは聞かなかったわ。」


「ハル、君は?」


「いえ、申し訳ありません。」


「やっぱり。ウェストリンド侯爵が嘆いていたよ。君たちに事情を説明しようとしたのに、まったく聞いてくれないって。」


 確かに思い返すと、姉さんと殿下との婚約が決定したと言われた日はあまりのことに頭が朦朧として、父様がなにか言いかけていたのを聞かずに部屋を出た気がする。


「隣のレムリア皇国から皇女を僕の正室に、と打診があった。表向きはとてもいい条件の縁談だ。けれど、彼の国の魂胆はその皇女を通じた我が国への内政干渉だろう。受けるわけにはいかない。そこで、急遽私には既に内定した婚約者がいるとお断りした。が、そう簡単に諦めてくれず、相手は誰だとしつこい。その内、これを受けなければ武力行使もあり得ると匂わせるようにまでなった。それならば実際に婚約したことを見せた方が早いと思い、婚約者をたてることにした。とはいえ、相手は誰でもいいわけではない。下手な相手を立てて、逆につけ込まれるようなご令嬢では意味がないどころか、状況が悪化するだけだ。そこで白羽の矢が立ったのが、エレナだった。家格、人心掌握、社交界での駆け引き。それは皇国でも既に話題になっていたから、ちょうどよかった。」


「まさに政略結婚ですわね!」


「シルビア嬢は黙ってて。」


 目線の一つもやらずに、ユリウス殿下がシルビア嬢を一喝する。


(フェイク)の、とまではいかないが、エレナ、君との婚約はレムリア皇国からの目くらましという側面もあった。」


 僕らは黙ってユリウス殿下の話を聞いていた。


「そして、そのレムリア皇国だが、少し前に第一皇子派と第三皇子派での拮抗していた情勢が、第二皇女と手を組んだ第二皇子派により崩され、ある意味で安定していた勢力図が激変した。また、それとほぼ同時期に、属国にしていたシュベール国で皇国からの離脱を目指した反乱がおき鎮圧に手を取られている。今あの国は内の問題の火消しに追われ、狙っていた我が国への侵略は後伸ばし、という状況だろう。僕へ皇女や側室をあてがいたいという話も止んだ。そういえば、エレナ。確かシュベール国の反乱の情報をいち早く手に入れたのは、君だったね。その時は濁されたけど、情報源はどこだい?」


「……仕方ありませんわね。コハク!」


「はいはーい!」


 いきなり天井から黒い影が落ちてきて、びっくりした。

 紅で縁取りをされた白狐の不思議なお面を被った黒装束の小柄な男が、そこに立っていた。


「レムリア皇国暗躍部隊のコハクです☆よろしくね☆」


「は?」


 そう呟き、息苦しくなるほどこの小さな部屋全て圧倒する殺気を放ったのはライナス様だった。


「……彼の言葉が本当なら、君は敵国の暗躍部隊をここに招き入れているわけだが、エレナ?まさかと思うけど、君、僕を、我が国を、裏切っているわけではないよね?もしそうなら君だとて僕は容赦しないよ……」


 その圧のかかった中で、平然とユリウス殿下は頬杖をつきながら姉さんへと問いかける。

 殿下が、いつもは虚ろなその瞳を見開いていた。アメジストの瞳は明かりの下で昏さを増し、その中心はまるで底なし沼のように真っ暗だった。


「コハクがレムリアの暗躍部隊ではあるのは本当ですが。今は私のために色々仕事をしてくれているのです。」


「……へぇ。それを君は何をもって信じたの?証拠は?」


 姉さんの発言に更に凍えるほど冷たく重苦しくなっていく空気に、シルビア嬢は小さく体を震わせていた。だが、姉さんは一切目線を逸らさず、その殿下の切れ味鋭く奈落に連れていかれそうな視線を受けて立ち、そして、飄々と嗤った。


「今までの実績がありますもの。皇国の第二皇子派がなぜ急に勢力を増したか、属国での反乱をだれがどう手引きしたか。そこの影にはこのコハクの手が必ず入っておりましたわ。」


「おれっち優秀だからね☆情報操作はお手の物だよ☆」


 場に似合わない、明るい声が響いた。


「よくやったわ、コハク!」


(あね)さんがそう言ってくれるなら、やった甲斐があったってもんだよ!」


 コハクが頭を掻き、体をくねらせる。なんか、随分と明るい暗躍者だな。


「でも、無理はしないでって言ったのに。たくさん動いてくれて助かったけど、貴方の命の方がよっぽど大切なんだからね。無茶はしないでいいんだよ?」


 そのセリフに、そいつはきょとんとしてから頬を掻く真似をする。


「……皇国の暗躍部隊、特におれっちたち子どもは基本使い捨てって言われている。そしてお偉方の命令(オーダー)や必要な情報の前には、おれっちたちの命はそこらの菓子の包み紙より軽い。けど、そんなおれっちたちでも一人の人間だと気づかせてくれて、そして大事にしてくれる。大義名分を掲げおれっちたちに死ねと命ずる国なんかより、おれっちたちの体とか、命の方が大事だと、心から言ってくれる。そんな姐さんだからこそ、従いたくなっちゃうんだよ。」


 その深くて色々な感情が入り混じった声に、ああ、この人も姉さんの強い優しさに救われた人なのかな、と思った。

 共感するものがありコハクを見ていると、視線が合った。すると思いっきり“チィィィッ!”と大きくワザとらしい舌打ちをして睨みつけられた。なんなら、唾でも吐かれそうな勢いだ。


「お前は気に入らない。」


「はぁ!?いきなり、なんだ!?」


「あっちの旦那たちはできることもできないことも、やるべきこともやるべきでないことも、自分の弁えってものを知っているから、まぁ、まだ許せる。けどアンタと来たらどうだ?おれっちと同い年の癖に、姐さんや旦那方に甘やかされて、ぐだぐだぐだぐだと。それに、もともと気に入らなかったんだよ。アンタはアンタだってことだけで、姐さんに大切にされてて。何考えてんのか知らないけど、どうでもいい女に手を出して、姐さんを悲しませて。よっぽど暗殺……」


「コハク!」


 それまで柔らかだった姉さんが、突然鋭い声を上げる。


「はい!」


「教えたわね。ハルは?」


「姐さんの宝物です!」


「ハルに手を出すものには?」


「死、あるのみです!」


「よろしい。いい子ね、コハク。」


 そうやって、姉さんがコハクの頭を撫でる。言われたことは嬉しいけど、今の光景は面白くない。

 ん?いや待て。言われたことも二言目はおかしかったな。

 ……そういえば、最近ガーナード伯爵家の噂も影もない、な。

 うん、深く考えるのはやめておこう。


「そろそろ、本筋に戻ってくれる?」


「あ、ごめんなさい、ユリウス。」


 ユリウス殿下は、息を一つ吐いて、椅子にもたれた。


「まぁ、今見た限りではエレナに心酔しているようだ。だが、皇国に情報が流れる可能性が否定できない状況では、彼を野放しにすることはできない。」


「はぁ?アンタらが、おれっちをどうにかできるとでも?思い上がってんじゃない、()()()?」


 小馬鹿にしたようにコハクが鼻で嗤うが、殿下はその言葉も態度も丸っと無視して姉さんへと顔を向けた。


「エレナ。コハクはそれだけ大きく動き回ったら、そろそろ向こうでも危ないんじゃないの?」


「ああ、そうですわね。コハク、貴方も他の子も、もうレムリアの暗躍部隊やめなさい。私の元へいらっしゃい。」


「はい、やめます。姐さんに従います!」


「一先ず、これでこの件は終了だ。」


 殿下、流石です。

 姉さんがコハクに下がるよう言うと、彼は僕にサムズアップした手を思いっきり下にしてからまたどこへやら消えていった。あいつ……!


「さて。ハル。さっきコハクの言葉にあったから聞くけど、君はシルビア嬢に言い寄っていたのは、粗方予想はつくけど、なんだったんだい?」


「え!?」


「はっ!そうよ!私てっきり、シナリオ通りにハルはシルビアのこと好きになっちゃったんだと思った。」


「シナリオ通りってなんだ、エレナ?」


「ナンデモアリマセン。」


 ライナス様が皆がひっかかったセリフを尋ねるが、姉さんは明後日の方向を向いた。


「……言わないと、いけませんか?」


「ハル、君、エレナの前でシルビア嬢に言い寄ってたんだよ?二人の女性に対して不誠実だと思うけど。ちゃんと弁明しなさい。」


「……僕は、姉さんが好きです。」


 不誠実だという殿下の話に頷きつつも、僕はそこだけは伝えたいと思って姉さんへ対する思いは明言する。


「「「知っているよ(ます)。」」」


 そこにいた殿下とライナス様、シルビア嬢の声が綺麗にはもった。姉さんは顔を薄紅色に染めて頬を手で覆う。可愛い。


「殿下が気にかけていると噂になったシルビア嬢に強く当たられているのを見て、姉さんは殿下がお好きなのだと思いました。それで、姉さんと殿下お二人の仲を裂くシルビア嬢には、殿下ではなく他に目を移していただきたくて。」


「それで、シルビア嬢を自分に惚れさせようと言い寄っていたと。ハル、君、結構最低なことをしているよ?」


 今度こそユリウス殿下に蔑む目で見られて僕は体を小さくする。


「呆れた!そんなためにシルビアを困らせていたの!?」


「いえ、私は全然困っていませんよ。だってパーティーでも言いましたけど、ハルディン様がエレナ様を慕っているのは一目瞭然でしたから、ああ、エレナ様のために頑張っているんだなぁって生暖かく見守らせていただきました。」


 そのシルビア嬢の朗らかなのに心を抉るどころか止めを刺しにきた一言に、目から汗が流れそうになる。


「……ハル。」


 ぽん、とライナス様が何も言わずに肩を叩いて慰めてくれるけど、僕はいたたまれず顔が上げられずいぷるぷると体を震わせた。

 それでも、シルビア嬢、申し訳ありませんでした、と謝罪を入れると、執筆業が捗ったので大丈夫です!と上機嫌で言われた。




 執筆って何……?













お読みいただきありがとうございます!

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