~後編〜
「仕方ないな。」
それが白蛇になった僕の率直な感想である。
今の手も足も出ない感覚は気持ち悪いが、じゃあ何が困ると言えば思い浮かばない。
人間だった時の生活だって、精神的には手も足も出なかったわけだ。
なぜこうなったかは多少は気になる。
原因として考えられるのはあの”忘帰餅”くらいなのだが。
ではあの女性はこの山の魔物か神の使いかだったのかもしれない。
女性はいつまでたっても帰ってこない。
待つのにも飽いたので外に出かけてみることにした。
鼻先で戸に隙間をつくり這い出る。
腹に感じる土の感覚が意外と心地よい。
道を横切り木々の間に這入っていくとカエルがいた。
人間だった時はあのネバネバした皮膚を気持ち悪いと感じたが、今は美味しそうだと思う。
ただ、腹は減っていないので寛大に見逃すことにした。
低い視線から草むらの中を好奇心を持って探索していると
果たして自分がどこから来たのかを忘れてしまった。
腹が減れば捕食し、疲れればとぐろを巻いて寝る。
そんな生活を数日間続けたのち、気まぐれで山の頂上を目指してみようと思った。
さらに数日間かけて這い上ると、山頂付近に祠があった。
ちょうど眠るのによさそうな大きさだったので、床下から入り込み、とぐろを巻いた。
どうやらこの祠は近隣の信仰の対象であったようで、1週間に数回は村の人間がお参りに来る。
そのときに生卵を供えていってくれるので、非常に都合が良い。
夜になると扉を開けて卵を丸呑みする。
おかげで食い物を求めて出歩く必要がなくなった。
食べることが充足されると、特にすることがなくなった。
仕方なく、いろいろなことを考えることにした。
僕は一体何者なのだろう。このあとどうなっていくのだろうと。
出た結論は、考えても仕方がない、だった。
そもそも僕は本当に人間だったのだろうか。
考えているふりをしていただけでなかったか。
その後、僕はほとんど考えるのをやめた。
何度もなんども太陽が昇り、沈み、花が咲き、そして散った。
季節は初夏を迎え、観光客が増えていった。
リュック姿の人々が、汗をかきながら僕の前で手を合わせてなにやらぶつぶつ言っている。
人語を解釈するのもめんどうになってきているが、どうやら僕は縁結びと商売繁盛の神らしい。
どちらも以前の僕に縁のなかったものでご利益は期待できないとおもう。
どこかの馬鹿者が煙草の吸い殻を草むらに捨てたらしい。
それがくすぶって、たまたまこれも捨てられていた雑誌に燃え広がった。
まったく迷惑な話だが、炎は祠にも燃え移った。
僕は閉じ込められてしまった。
「これもまあ、仕方ない。」だな。
このあと僕は焼け死んで、本当の神になるのかもしれない。
あるいは神の使いとして旅人に道を示すのかもしれない。
いずれにしても、以前よりましなことは間違いない。
炎はもう鼻先まで迫って、僕の赤い舌を焦がす。