裏の顔
「………"俺"さん?聞いてますか?」
「あっごめん、何だっけ?」
「だからありがとうございますって!女の子のお礼無視するなんてひどいですよー?」
別に悪気があった訳では無い。しかし、Giorgio Armaniの支払いを済ませ、沙里を待っている間にふと使った金額を顧みた。既に年収の4倍、1200万円近い。10億の当選金は既に9億8千万円台に突入している。それも、たった数日の出来事だ。
服と時計だけで1200万円だぞ?これから車も必要になるし、全財産無くなる前に家だけは買う予定だ。もちろん起業資金やその運転資金が必要になる。
当然、今までのように白米にマヨネーズをかけただけの飯なんて食ってられない。生活費も格段に上がるだろう。
俺が爺さんならいいが、まだ25歳だ。人生まだまだ長いんだ。まぁ少なくとも、その時はまだ人生は長いと確信していた。
とにかく、会社が成功するまでは、ある程度の節約はする必要があるな。
そんなことを考えていると沙里の話どころではなかったのだ。
俺は我に返って言った、
「そろそろ飯でも食おうか」
買った大量の服はGiorgio Armaniの店で預かってもらった。
ランチには少し遅い13:30、俺達は目に付いた洒落た店に入った。
外観はレンガで装飾されており、ドアも洋風の木目調で出来ている。店外にはピザやドリンクのメニューがボードに書かれている。ピザを出す個人店のようだ。
先程の店員とは打って変わって少し無愛想な学生らしいアルバイトが席に案内してくれる。
ーーこういう雰囲気の方が落ち着くんだよなぁ。
たとえ金遣いが荒くなり、沙里にも臆せず話せるようになったとしても、数日で"ホーム"は変わらない。
学生アルバイトが慣れた口調でメニューの説明をして立ち去る。
「佐……沙里は何がいい?」
佐藤さん、と呼びかけて口篭る。
それに気付かない様子で
「ランチセットですかね〜」
とメニューを見ながら言う。
結局ランチセットを2つ頼み、テーブルにはマルゲリータが2つ、サラダが2つ、ホットコーヒーが2つ置かれた。
そして遂に俺は気になっていたことを話す
「そういえば、会社辞めたんだよね?」
たった数時間で沙里に緊張することがなくなっている。我ながら早い成長だ。
「そうなんです。"俺"さんが居なくなって、新しい会社作るの本当なんだと思って……気付いたら辞めちゃってましたっ」
と、少しおどけた様子で言う。
「それって……どういうこと?」
自分から、会社に来るの?とは聞けなかった。
「えっと…雇ってくださいねって言いましたよね?」
とキョトンとして言う。
この子、もしかしたら相当、いわゆる天然なのかもしれない。
「も、もちろん良いんだけど、そんな急に大丈夫?お金とか…」
「あっ、大丈夫です!パパに仕送りしてもらってるんで!」
なるほど。過保護な親が後ろ盾なのか。まぁ、沙里はまだ23歳くらいのはずだ。娘は可愛いと言うしな……
「私はこんなですけど、うちのパパ、結構お金持ちなんですよ?」
「へぇ!そうなんだ」
まぁ、10億はないだろうがな、と無意識に高を括る。
「あの会社もパパの紹介で入ったから、社長も優しかったんですよ?」
言葉に詰まる。それは知らなかった。てっきり沙里が美人で世渡り上手だからなのかと思っていたが、思い違いのようだ。
しかし、"パパ"というのは、あの社長より格上の人物のようだな……
単なる商社マン好きの「ゆるふわ」だと思っていたが、案外カネでは動かない質かもしれない。
「なるほどねえ。あ、それで会社のことなんだけど、このあと司法書士の人に会うんだ。本格的に会社設立って感じだなぁ…」
と後半は独り言のように言うと、
沙里は、
「そうなんですね!すごい!定款の認証なんかも事務所任せですから楽でいいですね!」
と意外なことを言った。
TEIKAN?なんだそれは?
「い、いや、多分、そうだね……?」
「会社を作るのって色々ややこしいんですよ。私も司法書士の資格持ってますし。」
俺は愕然とした。この「ゆるふわ」が司法書士…?3000時間は勉強しなければ合格しない超難関だぞ?
沙里は見た目通りの「ゆるふわ」で、天然で、商社マンや証券マンとの合コンが日課で……って感じじゃないのか!?
「あ、意外って顔してますね。うちのパパ、教育熱心で小さい時から色々と勉強だけはさせられたんですよ。」
なるほど……あまり納得はいかなかったが、"パパ"がかなり強者だということだけは分かった。
沙里にはまだ謎がありそうだ。
安易な思い込みはやめた方がいいなと、自分に言い聞かせる。
とりあえず、話は会社を興したら沙里を社員として雇うということで決まった。事業は何のスキルもないので飲食業だ。飲食業の廃業率が高いのはもちろん知っていたが。
ーー飲食業をやると言っても、ガールズバーAMAZEくらいしか知らないのだが……まぁ参考になることがあるかもしれない。今度バーテンの「白ギャル」マイに聞きにいくとしよう。
15時には店を出てマイと別れる。
「服、忘れんなよ」
と声をかけ、司法書士Misaの事務所の近くへ向かう。
宝くじを買って大して時間も経っていないのに、人間関係と仕事、人生の9割と言っていいほど大きな要素が180度変わってしまった。
ーーこれが金の魔力ってやつかな…
と思い僅かにニヤける。言うまでもないが、"金の魔力"というものを、俺は勘違いしていたことを思い知らされることになる。