再会2
翌日、アキから紹介された司法書士MisaにLIMEを送る。アイコンはありがちなラテアートの写真だ。
「Misaさん。"俺"と申します。友人のアキから紹介されました。法人設立について相談を依頼したいのでご都合のよろしい時間などありますでしょうか」
我ながら堅い文章だ。と思っているとすぐに返事がきた。
「本日の夕方17時などいかがでしょう?xx駅までお迎えにあがります」
「それで宜しくお願いします」
17時までは暇だな。xx駅はちょうど昨日アキに出くわした駅だ。
何気なくインスタをチェックすると、佐藤沙里が投稿していた。写真はどうでも良い空の写真だが、投稿文の冒頭に「会社を辞めました」と書かれているのが見える。
俺はすかさず「続きを読む」を押し文章を展開する。
「会社を辞めました。
あまり良い職場環境ではなかったためです。
残りは有給を消化するので、本日からニートです!笑
皆遊んでね〜♡」
投稿時間は昨日の夜になっている。
あの会社に有給など存在したのか。
まぁ元々特別扱いの彼女のことだ。さして不思議なことではない。
ふとある考えがよぎる。
俺が会社を"飛んだ"こともおそらく関係しているのではないだろうか?
先週、彼女には会社を辞めることや、会社を興そうとしていることは話している。
そういえば、雇ってくださいね、なんて言ってたな。冗談だと思っていたが、連絡してみるか。
LIMEで佐藤沙里の名前を探す。彼女は意外にも本名でLIMEに登録している。アイコンには洒落た街の風景に、誰かに撮ってもらったのであろう彼女の後姿が写っている。
沙里と連絡先を交換したのも先週のことだ。まださほど時間は経っていないので連絡するのも気が引けるが、職を探してしまう前に"キープ"しておかなければ。
俺が彼女を"キープ"するというのは滑稽な話だな。10億のおかげだな。
「"俺"です!突然会社辞めてごめんね。実は本当に会社を建てることにしたんだ」
簡素な文だが、これくらいがガッツいていない印象で良さそうだ。そうだ。
少し緊張しながら送信を押すと、10秒も経たず既読になる。ずっとスマホを見ているのだろう。
………………………
既読がついてから2分が経過している。「待て」をされた犬のように画面を何度も下にスワイプして更新する。
そういえば、昔某ネット掲示板にハマったときに何度もF5キーを連打していたことを思い出す。
さらに3分後、人生で最も長い5分間が過ぎ、返事が来た。
「実は私も辞めたんです!」
そ、それだけ?
この短い言葉に5分間待ったのは何だったのか。
何と返せば良いか悩んでいると続けてメッセージが来る。
「今日会いませんか?ニート同士!笑」
思いがけない言葉に胸が高鳴るのを感じた。
まさかこれほどまでに上手くことが運ぶとは、まるで"そういうゲーム"のようだ、と思ってしまう。
「いいよ、13時にxx駅でどう?」
「了解です!」
の返事とともに、猫をモチーフにしたキャラクターのスタンプ【OK!】が返ってきた。
珍しく女性から送られてくる可愛らしいスタンプに心はさらに高揚する。
時刻はまだ11時だが遅刻するわけにはいかないのでホテルを出る用意をする。
服は1着しかないので、昨日と同じGiorgio Armaniの上品なクリーム色のセーター、茶色のジャケット、スラックスを着る。そして腕には金時計、足元はどことも知らないイタリア高級ブランドの靴。
これで成金ワンセットが完成だ。
カジュアルな服も買っておくべきだったな…と少し後悔した。だが、佐藤沙里の好みはおそらくこいうものだろう。インスタのフォロー欄からそれはチェック済みだ。
沙里がフォローしているのは大抵女性モデルか、男性ビジネスマンや投資家だ。彼らは大抵同じようなフォーマルっぽい堅い服装をしている。
総額600万円を身につけた俺はフロントにタクシーを呼んでもらい、xx駅へと向かう。
xx駅に着くと、2000円を出し釣りを断る。
駅からはちょうど外回りのサラリーマンや学生が大勢出てくる。
全く電車というのは貧民の乗り物だ。痴漢に間違われる危険性もあるし、何より何を好き好んで人混みに入らなければならないのか。
まだ12時前か。約束まで時間があるな……
そう思った矢先、駅から沙里が出てくるのが見えた。