居酒屋
「"俺"さんって、面白いんですねー!」
佐藤沙里の笑顔が目の前にある。
「いやいや、そんなことないよ…ちょっとトイレ」
と堪らずトイレに立つ。
あれから会社近くの居酒屋に入った。
大した話はしていないが、何となく会話が弾んでいる感じがする。
トイレに座ってスマホで沙里のインスタをチェックする。
近況を伝える機能"ストーリー"が更新されている。
「会社の先輩とデート♡」
の文字と共にビールが写っている。
で、で、デート!?
そうか、まぁ、そういう意味じゃないよな。
落ち着けよ俺。
手を洗い鏡を見ると、そこに写っているのは相変わらず色褪せたスーツと曲がったネクタイを身につけた、いかにもヒラって感じのリーマンがいる。
スーツを新調しないとな。
とりあえず席に戻り会話の続きをする。
「お待たせ、それで、転職はするの?」
「それより"俺"さんはいつ会社立てるんですか?なんの事業するんです?私の転職もそれによるかなぁ…」
俺は咄嗟に答えた
「え、えーと、飲食系…かな、うちの会社にもサービス事業部あるし」
「飲食業かぁ…わたし料理得意なんですよ?」
「じ、じゃあメニュー考えてもらおうかなー…なんて…」
沙里の顔色を伺う。冗談なのか本気なのか分からない。掴みどころのない女性だ、まったく。
真に受けてキモいなんて思われたら10億を失うのと同じくらいキツいだろう。
「あれっ、もうこんな時間!」
時計は20時を指していた。
ーーいやいや、20時って「こんな時間」か?
「すみません、こんなに時間取らせちゃって!でも楽しかったです!」
と沙里に流され会計する。
まぁ3時間くらいいたのか。確かに一応相談に乗るっていう体裁だしな…
と、あわよくば一泊、と考えていた自分を納得させる。
ちなみに俺は誰にも譲らない主義がある。
初デートでは奢らない!
…だがそんな主義クソくらえだ。
少なくとも、沙里の大きな目で見つめられると大抵の男はそうなってしまうだろう。
俺は大衆居酒屋にしては高い8000円+税を払い、
沙里は財布を出して払う素振りを見せる。
沙里は俺がインスタのフォロワーだということは知らない。当然、俺が沙里を合コンマスターだと知っているとは微塵も思っていないだろう。
沙里の本心は後で投稿をチェックするとして…
「じゃあな佐藤。また明日」
「あっ、沙里でいいですよ!」
「じゃあ沙里、お疲れ」
若干「沙里」の部分が震えていたかもしれないが気にしない。
ホテルに戻ってまずは沙里のインスタをチェックする。沙里は今頃電車で写真を加工している頃だろう。
しかし思いの外、沙里は"ストーリー"を更新していた。
内容は「2軒目〜♡」とある。
どこかのバーらしいが、誰かと待ち合わせでもあったのだろうか。
俺は間の時間つぶしに使われたのか…
まぁ上手くいきすぎるのも怖い。
ホドホドでいいんだよ、ホドホドで。
と、自分に言い聞かせ、眠りについた。