プロローグ
圧倒的に初投稿
「あ、流れ星」
世界のどこかの村で子供が夜空を指さして言った。
「流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えるとその願い事が叶うのよ」
薪を抱えた母親が隣で子供に笑いかけた。
「ええー、もっと早く言ってよー」
光を帯びた球体が夜空を横切り、ゆっくりと小さくなっていく。その光景はまるで命が潰えていく一瞬のきらめきの様で、しばし親子は目を奪わるのだった。
だが実際にそれは一つの魂が終焉を迎えた姿であった。
ドラゴンの頂点、カオスドラゴン。
人間の頂点、勇者。
カオスドラゴンと勇者の長い、長い戦いの決着がついたのだ。
そして、その勝者は今――――
「おえええええええええええええええええええええええええええええ」
吐いていた。
「ええええええええええろろおろろろろっろろっろろっろろろろろろ」
盛大に吐いていた。
一度吐いてしまうと、止めることなど、勇者にも出来はしない。目の前に横たわる巨大な屍が、胃液と消化しきれなかった昼食で汚れていく。
敗者、カオスドラゴン。死の谷の支配者であり絶対王者。ドラゴンの頂点は、今、骸に吐瀉物を吐きかけられていた。
胃の中が空になって、吐くものがなくなってもえずき続ける。痙攣したように何度も喉を震わして、やがて自分の頭の中で鳴り響いていたファンファーレが止まったことに気づいて、勇者は呆然と自分の手のひらを見ながら、呟いた。
「生きてるのか……俺は……」
そう思うのも無理もない。地面のあちこちがえぐれて窪んでおり、大きくできたクレーターが、その戦いの壮絶さを物語っていた。谷だったこの場所は、もはや平地となり果てていた。
だが、勇者が吐いてしまった理由はそれではない。
レベルアップしてしまったからだ。
テレレレッテレーと子気味良い音が頭の中で鳴り響くのがレベルアップの合図だ。
レベルが上がれば強くなる、当たり前だ。
だが、全ての人間には生まれながらにして、レベルの限界値が決まっている。
その数値を超えてしまった人間は――――
死ぬ。
自分の限界値を知るすべはない。
10レベル前後でほとんどの人間は死んでしまう。
20レベルまで上がって生き残れるのは300人に一人いるかどうかだろう。
30レベル以上ともなると、一万人に一人。
40レベル以上に至っては、十万人に一人。
それが彼のレベルは86。いや、カオスドラゴンとの戦闘で上がり87レベル。現最高レベルをまたひとつ更新してしまった。
このレベルで生きていることは奇跡としか言いようがない。だが奇跡はそう何度も続かないことを勇者は知っていた。
ゆえに吐いた。込み上げてくる死の恐怖にあらがえず吐いた。
「討伐確認は角だったか……?」
勇者は息を整え、胃液まみれの口元を拭った。カオスドラゴンの側頭部から生えた一対の羊のように捻じれた角は胃液を浴びて、てかりを帯びていた。さすがに自分のゲロにまみれた角を持ち帰る気にはならない。
「あ、そうだ。洗い流すか」
レベルが上がったことにより頭に浮かんだ魔法があった。効果はわからない、だが名前から、水系統の魔法だと予測した勇者は口を開いた。
「ウォーター・ロード」
自分の中からごっそりと何かが持っていかれるような感覚に、勇者は魔法の発動を確信した。しかし何も変わった様子がない。
「あれ?」
勇者は僅かに頭を傾げた。高らかに唱えたのに何も起こらないことに一抹の恥かしさを覚える。体がむずむずとこそばゆい。その恥ずかしさをかき消すように大きく叫ぶ。
「ウォーター・ロード!! ウォーター・ロードぉぉぉ!! ウォォォォタアアアアアアアッッロォォォォォドォォォッッッ!!!」
やけになって何度も唱えるが魔力が減るだけで、効果がなかった。
「もしかして、モーセの十戒みたいに海を割る魔法とかか……?」
だったら使えないなと落胆し、肩をすくめた。その瞬間、勇者に影が射した。
何事かと振り返ると、目前に巨大な闇の壁が迫ってくるのが見える。月明りを遮るほど高いその壁。
勇者がそれを津波だと理解した、刹那には水に飲み込まれていた。
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