屋上
俺の目に映るのは、いつもモノクロの世界ばかりだ。
色鮮やかな世界なんてない。白と黒のありきたりな色。
ただ、一瞬だけ見えるのが、赤黒い色。その色が見えた時は、いつも嫌なことを考えている。そして、それは今も見えている。
黒石琴光喜は、見渡しの良いビルの屋上で、風にあたりながら暇つぶしをしていた。
「プルルルルル。プルルルルル」
大きな音で電話が鳴り出した。
ピッ
「もしもし?」
と言った瞬間、右眉がぴくっと上に上がる。
(しまった。油断した。)
「相変わらず、着メロだっせーな」
目の前に現れたのは、紺色のコートを着た男だった。男は、右手に紫のカバーをつけたスマホを持っている。
どうやら、琴光喜に電話をかけたのはコイツらしい。そして、左手に持っているナイフを琴光喜の首筋にゆっくりと近づける。
すると琴光喜は、右手で持っていたスマホをゆっくり起き、睨みながら両手を上げる。
「ふっ」
その様子を見て男は、思わず笑いをこぼす。そして、ニヤつきながらナイフを下ろした。
「これで俺の六百七十二戦中、六百七十二勝〇敗ってとこかな」
「よく覚えてんな」
少しイラついた口調で、琴光喜は男と話す。どうやら負けた事が相当悔しかったのだろう。
この男、真栄原武弥と琴光喜は、およそ十年前くらいから、この会い方をしている。
真栄原は琴光喜のスマホを見つめ、琴光喜にバレないよう、小さくため息をついた。
「しかし、まだこの着メロとストラップしてんのか。いい加減変えろよそのだっさい着メロもストラップもー」
「うっせーよじじい。お前だって自分の娘のストラップちらつかせてんじゃねーか。ムカつくんだよ」
「はっはーこれか?かわいいだろー。最近では、パパからお父さんになったんだぜーほんっと愛いよなー」
「ふーん」と小さく言って「気持ちわり」と、目線を外して言った。
真栄原は、琴光喜のその様子を見て
「まあ、いいんじゃない?それも」
と、ひとこと言ってから、まるで空気に溶け込むように消えて行った。
『また後で電話するからな』
真栄原は、その言葉を残して行った。おそらく、またさっきの様な勝負をするのだろう。
「次は俺が勝つ」と、独り言を言い、スマホのストラップを見る。
「カナさん…」
(待ってて。必ずあんたを殺した奴らを殺すから。)
そう思い、ストラップを強く握り締める。
「プルルルルル、プルルルルル」
(あずみんか…。)
ピッ
「なーんですか。あずみーん?」
『こーちゃん、あんたのお母さんを殺した奴ら、わかったわよ』
少しハスキーな女性の声だった。それから五分くらい電話の相手と話していたが、
「わかった。すぐ行く」
と言って、琴光喜は走り出し、ビルの屋上から勢いよく飛び出した。