誰だ?
「ムツミっ!」
研究室に入ると同時に俺は叫ぶ。しかし視界の中に彼女の姿は見えなかった。だけど出る時に閉じたはずの実験室へ繋がる扉が開かれている。
周囲を見渡しながら俺はゆっくりと実験室の扉ほうへと歩く。するとその扉の近くの床に人影を発見。
この建物には俺を除いて三人しかいない。その内ナナミと所長は模擬戦場にいる。
「大丈夫か!」
駆け寄り、彼女の体を起こす。手にドロッとした感触。見ると手が真っ赤に染まっていた。
傷の位置は、胸。
すぐに「治療」の魔法を発動。手当てを開始する。
「う……」
治療が効いてきたのか、ムツミはうっすらと目を開ける。
「ムツミっ」
「ナ、オ……ヤ?」
「大丈夫か」
「大丈夫に、みえ、ます?」
大丈夫には見えない。
だけどそこは魔法。傷を塞ぎ、流血を止めることはできる。
「魔法のおかげで傷は塞がってきているっ。もう少し耐えてくれ!」
「わかり、ました」
沈黙が流れる。その間に俺はオハバリに魔力を流し続け、魔法を継続させる。
しばらくして傷は塞がり、流血は止まった。血を流しすぎたせいか、顔は青白い。
(血を増やす魔法があれば……)
漢字が思いつかない。「増」と「血」の漢字を思い浮かべたが頭の中で「その魔法は発動できません」と音声が流れた。
(治療室……)
真っ先に思い付いた場所だった。あの場所なら何かあるかもしれない。
俺はムツミを抱きかかえると研究室を出る。
「セタ……何をして、いる?」
ムツミが口を開く。だけどこの口調はアゾットだ。
「応急措置で止血した。今は治療室へ連れていく途中だ」
「なるほど、な……ナオヤ、私抱えられています?」
今度はムツミだ。
「ああ、抱えている」
「この状態じゃなかったら……嬉しかったのですけどね……」
「今は何も話すな」
「は……い」
ムツミは目を閉じる。
一刻も早く治療室へ。
俺は全力で駆け、数分もせずにたどり着く。俺はムツミをベッドに寝かせ、棚にある薬品を見る。
だけど何も思いつかない。
医学的なことを全く知らないから、何をしたらいいのか分からない。
「手伝いましょうかぁ?」
「!?」
不意に背後から声をかけられた。俺はとっさにオハバリを展開し、振り向きざまに薙ぐ。
「ひっ」
相手はまさか剣を突き付けられるとは思ってもいなかったのか、後退し足を滑らせて尻餅をついた。
フード付きのマントを着た人間。深く被られたフードのせいで顔が見えない。
「誰だ?」
「わ、わたしは怪しい者ではないですぅ」
「……とりあえず顔を見せろ」
「はいぃ」
気の抜ける口調と共にフードを外す不審者。
フードの下から現れたのはブロンドの髪をした女性だった。地球でいう西洋人の顔立ち。
「こ、これでいいですかぁ?」
「何者なんだ?」
「わ、わたしは、アキツの統王に派遣された者ですぅ」
アキツ。確かその国はこの研究所がある王国名。
統王という言葉は……ああ、ムツミの日記で見かけた名前だ。
俺は一層の警戒を強める。
「おい」
「な、なんでしょう?」
「その統王からなんで派遣されたんだ?」
「そ、その前にぃ」
答えることをせず、彼女は俺の言葉を遮る。
つーか気が抜けた口調のせいで苛つく。
だけどここは我慢。
「なんだ?」
「彼女はナギではないですよねぇ?」
ここでなぜ所長の名前が出てくる?
「……ムツミだ」
俺は訝しげながらも彼女の名前を口にする。
「助けてもいいですかぁ? このままだと死んでしまいますよぉ」
ムツミを指さして彼女は言う。
「止血はしたみたいですけどぉ、体内に毒が回っているようですしぃ」
「……治せるのか?」
「応急処置ですけどねぇ。ちゃんとした治療は設備の整った環境でしなければなりませんしぃ。それにぃ」
「それに?」
「彼女は保護対象になっていますのでぇ、助けないと私が怒られてしまいますぅ」
誰に、とは聞かない。
この場合は統王のことを指している。
だけど、統王はナナミとムツミをこの研究所へ送った本人じゃないのか?
今更なぜ保護しようとするんだ?
「気になることがあるようですけどぉ、とりあえず治療しますねぇ」
「あ、ああ」
うなずくと彼女は懐から短剣を取り出す。刃を上に向け、なにやら呟く。すると横たわるムツミを中心に魔法陣が描かれた。
目を凝らして魔法陣を見る。いろいろな漢字が紋様として描かれているのが見えた。
「ふぅ。これで一先ずは安心ですねぇ」
魔法陣が消える。
「ミズカネを起因とした毒だったみたいですけど、一命を取り留める分だけは解毒しておきましたぁ」
俺はムツミに近づく。状態は安定しているらしく、規則正しい呼吸となっていた。
「ですが、いつ容態が悪化してもおかしくはないのでぇ、一刻も早く王国の治療院に連れていくべきですぅ」
「わかった……と言いたいところだけど」
俺は改めてオハバリをブロンドの髪の女性に向ける。女性はすぐさま両手を上げた。
「誰なんだ?」
「わ、私はぁ、キサと申しますぅ。統王直属の部隊の隊長の一人ですぅ」
「統王は信頼できないんだが?」
そう言うと、キサと名乗った女性は合点したのか「ああ」と声を漏らした。
「現在の統王はぁ、先日新らしく即位されたのですぅ」
「即位?」
「前統王……いろいろとやり過ぎたことが多かったのでぇ、国内外から反感を買っていたのですよぉ」
つまり殺されたのか。
そして新しい統王が生まれたと。
「それでぇ、国内の状況を整理している過程でぇ、この研究所でナギが前統王と手を結んで違法な研究をしていたことが分かりましてぇ」
「ここにやってきたと?」
「はいぃ」
キサはうなずく。
俺は彼女の目を見るが嘘を言っているように感じなかった。
それに俺を殺す気なら「背水」が反応しているはずだ。それがないということは敵意がないということ。
俺はキサに向けていたオハバリをおろす。
「あ、あのぅ、私からもいいですかぁ?」
「なんだ?」
「あなたは誰ですかぁ?」
「俺は瀬田直也」
「セタナオヤ? 聞いたことがない名前ですねぇ」
「イジンと言えば分かるか?」
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が発動しました。
頭でアラートが鳴ったのと同時に俺はオハバリを振り上げていた。
ギィンと刃が何かを弾く。
その「何か」は黒く小さな両刃の剣。
クナイだ。
あっぶねぇな。
「今のを防ぎますかぁ」
投擲した本人は何事もなかったかのような口調。
「いきなりなにするんだ!」
「イジンは私たちの国では指名手配犯なんですよぉ」
「は?」
「「自分たちが法だ」と我が物顔で好き勝手にしていたのでぇ」
何してくれるんだ。
関係ない俺にまで被害がでている。
「俺は無関係だ」
「そうでしょうねぇ。容姿が全然違いますしぃ」
「おい」
だったら攻撃するなよ。
悪態をつくが、言っても今更なので言葉は心の中に留めておく。
「……話を戻すが、違法な研究をしていることを知って派遣されたってことでいいんだよな?」
「もう少し言いますとぉ、ナギの捕縛とナナミ様の保護ですねぇ」
「ナナミは別の場所にいるが?」
「別部隊が向かっているはずですよぉ。もう出会っているころだと……きゃあ!」
キサが言い終える直前ドン!と地を鳴らす音と振動。
――所有物ナナミが攻撃されています。
通知が頭に響く。俺はため息を吐いた。
「なぁ、向かった部隊は戦闘狂か?」
「力で解決することが好きな人ですよぉ」





