抱え込んでいたもの
ムツミだと分かった俺は彼女を解放した。彼女は腕をさすりつつ、短剣を拾いに行く。俺もトツカのツルギを拾い、認証言語を呟き格納した。
ムツミのほうを見ると俺と同じことをしていた。短剣を格納している。
一瞬、短剣を叩きつけようとしていたのが見えたけど、気のせいか?
俺は彼女に近寄る。
「本当にムツミ、だよな?」
「こんな美少女は他に誰がいるのですか?」
「アゾットがいるな。ムツミと同じ体を共有しているし」
「……セタさん、ひどいです」
「どこかで聞いたことある言葉だな」
確かムツミが俺とナナミをからかった時、ナナミから制裁を受けた時に発した言葉だ。
「今回もムツミが悪いだろ」
「アゾットです」
私は悪くない、と主張するムツミ。
まあ、そうかもしれないけど。
精神は違えど同一人物だから、多少の責任はあるだろ。
「魔剣管理をしっかりしろ」
「……そういえば、私がアゾットを持っていることを言いましたっけ?」
話題を逸らされた気がする。
けどまぁ、いいか。
怒っても仕方がないことだし。
それに俺の怒っている対象はムツミではなく、アゾットだ。
ムツミに対しては注意程度。管理さえしてくれれば問題ない。
「アゾットのことを知ったのは日記だな」
「……日記?」
俺の言葉を聞き、ムツミの目が据わった。
「ア、アゾットがムツミに隠れて紙の日記に写した、って言っていたぞ」
「……へぇ」
あ、ムツミの怒気が高まった。怒気は彼女の内面に向けられている。
俺に向けられてはいないけど、怖い。
ムツミは腕を組んで小声で何か呟いている。おそらく内面に逃げたアゾットと会話をしているのだろう。
どうしてそんなことをしたのかとか、何を書いたとか、言葉が聞こえてくる。
話がまとまったのか、俺のほうを向いた。
どこか不安げな表情だ。
「セタさん、どこまで読みましたか?」
「えっと……俺が研究所に来るまで」
続きも書いていたけど、そこは読んでいない。新事実が沢山あって、理解することができなくなったからだ。
切りのいいと思った俺の登場の部分から読むのを止め、頭の整理をしていた。
その途中でムツミ――いや、ムツミと入れ替わったアゾットから連絡が入ったんだ。
「……ナナミ様と私の過去を知ってしまった、ということですか」
「……なんか、悪い」
謝るととムツミはため息を吐く。俺が読んでしまったことに対して、彼女はそれほど怒っていないようだ。
「ナナミ様と私をどう思いますか?」
「どう、って?」
「アキツ王国の罪人ですよ、私たちは」
自嘲気味にムツミは言う。
知られてしまったから、どこか自棄になっているのか。
(でも、そう言われてもなぁ……)
正直、実際にその時、その場所に俺はいなかったから、何とも言えない。
けど国民を殺してしまったナナミ、そして国を統べる王を侮辱、傷つけたムツミ。
それをどう感じたか。
想像の域を出ることはない。加えて俺が見たのはムツミの日記のみ。ムツミの感情しか含まれていないデータ。
俺は考えながら口を開く。
普通ならどうするべきだったか。
「どうにかして罪から逃れるべきだったとは思った。特にムツミは」
「正直ですね」
「命さえあれば次の手段を考えることができるからな……だけど」
言葉を切る。ここからは俺が直感で思ったこと。
俺ならどうしたのか。
「俺がムツミの状況だったら、同じことをする」
たぶん、いや絶対に同じことをする。
しなかったら一生後悔するからな。それだけは嫌だ。
相手が誰であろうと許せないものは許せない。
「口が達者ですね」
「言っとけ」
「でも……そう言ってくれて、心が軽くなりました」
笑みを浮かべる。その笑顔はどこか吹っ切れたような表情だ。
これまで抱え込んでいたことを少しでも吐き出せたから、スッキリしたのか。
だけどどこか悲しそうな感じもする。
知られたくなかったことを他人が知ってしまったから、ショックなのか。
複雑な表情をしている。
見ているこっちが苦しくなる。
どうにかして安心させたい。
(これは俺の柄じゃないと思うんだけどな)
頭を掻きむしり、俺はムツミに近づく。
そして優しく抱き留める。
彼女は突然のことで困惑しているようだった。
「ムツミ」
「……はい?」
「一緒にいた時間は短いけど、俺はムツミのこと見てきたと思っている」
出会って一週間ほどだけど、その生活はムツミなしでは語ることができない。
一緒に食事を作って食べ、毎日午後の魔法の練習。勉強するための本も貸してくれた。
感謝し続けても足りない。
(だからこそ)
悲しい笑顔はして欲しくない。
ここから俺が言う言葉は、小説やドラマでよくあるベタなものだと思う。だけどその言葉しか思い浮かばない。
それでムツミの気持ちはもっと楽になるはず。
それしか俺にはできない。
「抱え込まなくていい。我慢しなくていい」
「……でも」
「俺が知ってしまったことを、知らなかったことにすることはできない……だけど」
一度言葉を切る。
「だけど知ったからこそ、ムツミを支えることができる。俺はなんでもする」
「本当ですか?」
「ああ。だから今は思い切り泣けばいい。すべてを吐き出したらいい」
「……セタさん。胸を貸してください」
「ああ」
彼女は嗚咽を漏らして俺の胸に顔を埋めた。





