ムツミ?
階段を進んで行く。
長い。
都心にある地下鉄の階段みたいだ。
エスカレータではないことが個人的に辛い。
どうやらこの研究所は歩くことが中心だから、ないことは仕方のないことかもしれない。
次第に足元が暗くなり、歩くのが困難になっていく。
俺はポケットからミズカネを取り出し「発光」とトツカのツルギに描き魔力を注ぐ。
一瞬強く光ってしまったけど、魔力量を抑えて明るさを調整する。
下を見る。まだ続く階段。足を滑らせてしまったら人生が終わってしまいそうだ。
「なんでこんな場所に呼んだんだ?」
階段を下りながら愚痴をこぼす。
ムツミがどういう人物なのか考える。
人をからかうのが好き。
まじめな話でも途中で冗談を言う。
(……こんな地下の場所を指定したのも何かの冗談なのか?)
ふとそんなことが思い浮かぶ。
実は実験室のどこかに隠れていて俺が入ってきた入り口を元に戻し、出られないようにするとか。
笑えない冗談だな。
まぁ、この階段を下りたら分かることだ。
「お」
一歩踏み出したら段差がなかった。
どうやら階段が終わったようだ。俺は足を止める。
前方にトツカのツルギを掲げる。正面に入り口のような四角い影が見えた。
どうやらここが目的地らしい。
「……こんな場所があったんだな」
入り口をくぐると不意に広がる広い場所。
持っているトツカのツルギから放たれる光が届かないくらい広い。
今の光じゃ全体がどれだけ広いのか分からないな。
魔力量を増やし、明るくする。目を細め、周囲を見渡す。
人影が見えた。
ムツミだ。
俺はムツミに近づく。
「セタさん、来ましたね」
この場所を指定したのは冗談ではなく本当だった。
「暗くないか?」
「そうですね。明るくしましょう」
ムツミがそう言い、手元で何か操作する。すると周囲が明るくなった。
俺はトツカのツルギでつけていた光を消す。
「どうしてこんな場所に呼んだんだ?」
「ここはどこだと思いますか?」
逆に質問された。俺はもう一度周囲を見渡す。
くり貫かれたように広いドーム状の場所。周囲は金属製の壁でおおわれている。
足元は土。
似た場所を俺は知っている。
「模擬戦場?」
「そうです。まあここは「模擬」という言葉のつかない戦場、と私は勝手に名付けていますけど」
「どうしてそんな場所に俺を呼んだ?」
改めて聞く。すると脇に差している剣を叩きながら、ムツミは口を開いた。
「セタさんとさいごの勝負するためです」
「勝負?」
「どうしてセタさんを私が鍛えたと思いますか?」
「ナナミに勝つためだろ?」
それはムツミが最初に言っていたじゃないか。
ナナミに勝つことを目標にするって。
「それに俺が負けたらムツミに殺されるんだろ?」
「……そうでした」
一瞬遅れた反応。
え? なにその反応。
もしかして俺、ムツミに余計なことを思い出させた?
「そんな約束もしましたね」
「……言わなければよかった」
「ご愁傷様です」
殺そうとしている相手に同情されても嬉しくないな。
内心で嘆いている間、ムツミは腕を組んで右手の人差し指で頬を叩いて思案していた。
「では、勝負をしましょう」
「……ちょっと待て。今の会話からどうしてそんな展開になる?」
脇に差している剣を抜こうとするムツミを慌てて止める。
俺が呼ばれた理由って勝負をするためなのか? なぜ勝負をしないといけないんだ?
勝負するならナナミと戦った結果を見てからだろ?
(いやいや、そうじゃなくって)
根本的に何かがおかしい。
俺がここに来た理由はムツミが「話したいことがある」と言っていたからで、俺も彼女に聞きたいことがあったからだ。
勝負をするためではない。
もしかして「お話=勝負」じゃないよな。
そんな肉体言語はいらないぞ。
「ムツミ」
「はい」
「どうして勝負するんだ?」
「どうして、ですか?」
ムツミは首をかしげる。
言った張本人が首をかしげてもなぁ。
彼女はまた腕を組んで考えている。
「さいごの確認、といったところでしょうか。ナナミ様と勝負をして、勝つ覚悟があるかどうか」
「そんなの言葉でできるだろ」
勝負をする必要なんてない。
俺はナナミと勝負して、そして勝つ。
その覚悟はしたつもりだ。
「ここで戦って無駄な体力を消耗したくない」
「そうですか……それは想定外です」
「想定外って」
なんだか会話が噛み合わないな。
違和感。
ムツミと会話をしているのにどこかムツミと会話をしていない感じ。
(――あ)
ふと脳裏に浮かんだ日記の一文。
――魔剣を顕現させなくても魔剣の意志は体を自由に動かすことができる証拠。
そしてナナミのフルンティングのこと。
「……本当に「ムツミ」なのか?」
「何が言いたいのです?」
「おまえは「アゾット」じゃないのか?」
俺の質問にムツミは笑みを浮かべた。
「よく分かりましたね」
「日記を読んだからな」
読んでいなかったら推測すらできなかった。
会話を続けて違和感が大きくなって「誰だ」って聞いていたかもしれないけど。
「そうですか」
俺の返答にムツミ――アゾットは納得したように頷いた。
それにしても、ものすごく気持ち悪い。
ナナミとフルンティングの時は口調やオーラがガラッと変わるから違和感がなかったけど、ムツミとアゾットの場合は口調が一緒だから変な感じだ。
「日記から推測できるとは、セタさんも成長しましたね」
「初対面にそんなことを言われてもな」
「確かにそうですね……それでは改めて自己紹介を」
アゾットを包む空気が変わった。これが本来アゾットが身に纏う雰囲気か。
「初めまして、セタ。私――我はアゾット。ムツミの魔剣だ」





