戦闘後
ナナミは魔物から俺の刺したトツカのツルギを引き抜き、一振りして血を拭う。
そして器用に逆手に持つと、俺に柄を向けた。
「はい」
「あ、ありがとう……他の魔物は?」
トツカのツルギを受け取り、周囲を見渡す。動いている魔物は見当たらない。
死屍累々の状況だ。
「狩ったわ」
「逃げた魔物はいなかったのか?」
「私が逃がすと思う?」
「……いや」
それは無いだろう。彼女の力をもってすれば全ての魔物を狩るはずだ。
研究所に害を与えるかもしれない魔物を逃がすことはしないか。
「セタ」
「なんでしょう」
「トツカのツルギを片付けて正座しなさい」
「どうして?」
「反省会よ」
魔物の死体が近くにある場所で反省会なんてしたくないんだけどなぁ。
文句を言えそうになかったので、彼女の言われた通りにする。
足に小石が食い込んで痛い。
「さっきも言ったけど、得物から手を離したらダメよ。セタが持っている唯一の武器なんだから」
俺の状況にお構い無しにナナミは言った。
「ああ」
「突きで口の中を狙う考えは良かったわ。けど後のことを考えないと。今朝の鍛練で言ったでしょ。突いたら剣を手元に引く」
そんなことを言っていた気がする。
けどなぁ。
「突いてから気づいたんだけど、体が前に行っているから突いた腕を引くってのは難しくないか?」
実際にやってみて気づいたことだ。
一度でもフェンシングをしていたら分かったことかもしれないけど。
俺が言うとナナミはきょとんとした顔になった。
「今更?」
「今更って……」
「止まっている相手ならともかく、動いている相手に対して腕を引くのは難しいわよ」
嘘を俺は教えられたのか?
「近づいてくる相手だったら突き刺してもすぐに勢いを止められないし、剣に深々と突き刺さるわ」
「だったらどうするんだよ」
ナナミが言っていることはさっき俺が経験した状況だ。回避する方法はあったのだろうか。
「突いた後に剣を薙に振るうか、相手を突き飛ばす」
「……どっちも難しそうだな」
「あら?」
俺の返答にナナミは首を傾げた。
「薙ぎに振るえば頭蓋骨を斬るか、頭蓋骨に引っ掛けて横に投げることができる。突き飛ばすのも相手が来た方向じゃなくて自分自身の後方にすればいいのよ」
頭蓋骨云々はともかく、後ろに突き飛ばすのか。柔道やレスリングに似たような投げ技があった気がする。
ただその技を今回の魔物にしたら突き飛ばすことに失敗して、押しつぶされていたかもしれない。
「ナナミみたいに一撃で倒そうと思ったんだけどなぁ」
「……真似をしてくれるのは嬉しいけど、そんなのは無理よ。非現実的」
実際にしていた当の本人が俺の言葉を否定した。
「何度も傷つけて怪我を負わせ、体力の消耗を狙ったほうがいいわ」
「時間がかかる戦い方だな」
「一撃必殺は魔剣だからできるのよ」
魔剣だから、か。
切れ味が良いのも刀身の素材が特別なものだからだろう。
それに赤色の刃なんて見たことがないし。
俺が知らないだけだろうか。
「一撃で倒すことはセタが魔剣を持ってからの戦い方ね」
「了解」
「戦闘指導は終わり。それで、セタは大丈夫なの?」
「何が?」
心配されることなんてあっただろうか。怪我もしていないし、大丈夫だと思うんだけど。
「魔物と戦うことに躊躇いがなかったように見えたわよ」
ああ、そのことか。
確かに俺は躊躇いもなく魔物に剣を向けた。
スキルが発動したから躊躇いがなかった、と言えばそうかもしれない。
だけど恐らくは……
その時の感情を思い出し、口を開く。
「死にたくなかったからかな」
「死にたくなかった?」
「ああ。そう考えたらスイッチが入った」
死にたくないからトツカのツルギを呼び出した。
そして魔物を斬った。
「……なんだ。覚悟できているじゃないの」
ポツリとナナミは言う。
覚悟……洞窟に入る前に彼女が言っていた「武器を持つ覚悟」のことか。
「窮地に陥った時、死にたくないから相手を殺す。普通だけど、当然の覚悟ね」
「……いや、今回は魔物が相手だったから……」
「魔物も人間も同じ相手よ。敵は敵」
言い訳じみたことを言おうとしたら、即座に否定された。
「敵が人間かどうかを判断していると戦いの最中で迷うわよ。その迷いがセタ自身を死に近づける」
死、の言葉を強調して言われた。
彼女の言葉には重みがある。
「死にたくないなら「自分を襲うもの=敵」と決めて迷いを捨てる」
「……」
「まぁ、死地に送り込まれたときの生き残る手段だと思って」
そんな機会は一生訪れないでほしいと思う。
「じゃあ、研究所に戻ろうか。狩りは終わり」
「了解」
これで今日が終わる。魔物と戦って肉体、精神ともに疲れた。
「セタが生きてて良かったわ。魔物を仕向けてどうなるかと思ったけど」
「……ちょっと待て。今の言葉は聞き捨てならないぞ」
しまった、という顔をしているけど遅いからな。
帰り道はとことん追及して、謝らせてやる。
「先に帰るわ」
「おい、待て。話は……うおっ」
立ち上がろうとして失敗した。正座をしていたせいで足が痺れている。
そんな俺をナナミは見て、馬鹿にしたように笑った。そして洞窟の出口へと消えていく。
俺は彼女の後ろ姿を見送ることしかできない。
くそっ。





