研究成果
朝の鍛練後、部屋に戻る途中で最近見かけていなかった人物と遭遇した。
ナギ所長だ。
まだ一度しか会ったことがない。
前会ったのは所長室で、銭湯での件を話したんだよな。
まだ俺の魔剣オハバリの研究をしているのだろうか。
「君は……ああ、オハバリの所有者か」
「研究のほうは順調なのですか?」
「君のオハバリは大変興味深い。イジンが持っている魔剣なんて研究したことないからな」
「はぁ……それで何か分かったのですか?」
「説明をするからついて来い」
俺に背を向けて、どこかへと歩みを進める。俺は離れないようについていく。
「……っと、ナナミどうするんだ?」
一緒にいたナナミに声をかける。所長と会った途端に黙りこんでいたから、忘れかけていた。
「んー、私はシャワー浴びてご飯を食べに行くわ」
「了解。ムツミに後で食べるって言っておいて」
「分かったわ」
ナナミと別れる。俺は離れていった所長に小走りで追いかける。
所長の行き先はオハバリのある銭湯だった。
脱衣場に入ると機械の動く重低音が聞こえた。
オハバリは誰かに抜いてもらうためかの如く、刃を床に突き立てている。
そしてその刃は様々な色のコードで機器へと繋がれている。
一昨日見たときとあまり変わっていないな。
「まずはこれを見たまえ」
所長にオハバリの傍らにあった画面を見るように言われる。
「読めるか?」
画面には解読できない漢字の羅列。単体だったら読めるけど、文章としては読めない。
そもそも魔法を使うための漢字の羅列だ。俺の知っている文章ではない。
けど平仮名、カタカナの生活を最近過ごしていた俺にとって漢字が懐かしく感じた。
「ここには魔剣の基盤となるソースコードが表示されている」
俺の答えを待たずに所長は説明をする。
「トツカのツルギや魔剣は所有者を認識するべく、魔力が込められたとき、基盤に所有者の名前や性質を書いているのだ」
「そうなのですか」
俺はソースコードをまじまじと見る。所々に俺の名前が書いてある。
あと「那波」の漢字が何回も出てきている。これはおそらくナナミのことを指しているんじゃないのか?
ナナミの名前があるということは彼女も所有者として認識されているということだ。
だけどこれ、当て字っぽいな。
「それで発見したことなのだが」
「はい」
「今のオハバリには何も魔法が登録されていないのだ」
使える魔法がないということなのか?
確かムツミは魔剣には事前に使える魔法が設定されていると言っていたはずだ。
「所有者が確定していないからではないのですか?」
「所有者の確定は「トツカのツルギ」の時点ですでに終えている」
「そうなのですか?」
「君は「魔剣」の問いかけについて言っているのかね? あれは魔剣が所有者の覚悟を聞いているのだ」
「はぁ」
よく分からない。
「魔力を最初に流し込んだときに所有者の特徴、癖、性格など全てを「トツカのツルギ」が把握する。これが「所有者の確定」だ。「問いかけ」は「魔剣」が所有者を再確認するためのものに過ぎない」
(再確認の割には問いかけが謎かけに近いのですけどね)
心の中で突っ込みを入れておく。
「つまり本来なら魔法はトツカのツルギが所有者を確定したときに登録されるのですか?」
「察しがいいな。その通りだ」
所長は口角を上げ、笑みを浮かべる。
「そして魔剣に登録される魔法は所有者の特徴から作られるのだ。激しい感情を持つ人間なら「火」の魔法、俊敏な行動をする人間なら「風」の魔法が登録されることが多い」
あくまでも一例だがな、と所長は付け足す。
その考えだと俺のオハバリに魔法が登録されていないのことはおかしいのか。
登録されていない理由はあるのか?
「魔法が登録されていない理由は解析できているのですか?」
「全く分からん」
「……はあ」
即答に俺はため息しか出なかった。
そんな俺を所長は睨んだが、何も言わず話を続ける。
「だが、推測はできているぞ」
「推測ですか?」
「考えられるのは二つ。一つ目はナナミと君がトツカのツルギに魔力を流し込んだこと。これによって魔剣になっても主たる所有者を決めかねている」
「一つの魔剣に二人の所有者がなることってあるのですか?」
「あり得ない話ではない。その場合は魔剣が所有者の主従を決める」
「主従ですか」
「双剣など、二対一体の魔剣が主にだがな。その場合は主の所有者の特徴に魔法は依存する」
「ではオハバリは俺かナナミ、どちらを主にするのか悩んでいるのかもしれないのですか?」
「ああ。普通は双子など考えや特徴が似た人間が主従になるからな。普通は魔剣に変化時に主従は確定するのだが、オハバリが何を悩んでいるのかは分からない」
赤の他人同士の例はないのか。
考え方も違うことが多いし、それだと魔剣は所有者を決めかねるかも。
「二つ目は仮に主の所有者が君だとする。その場合は君がイジンだということ。ムツミから聞いたが、君は漢字を多く知っているのだろう?」
「ええ。元の世界で使っていましたから」
この世界の一般人よりは漢字を知っていると思う。
だけどそれが魔剣に変化時の魔法の登録にどう関連してくるのだろう?
「漢字を多く知っているということは、それだけ魔法を多く使える可能性がある。魔剣に登録される魔法がどれかに特化できないということだ」
「色々な魔法が使えるせいでトツカのツルギが設定できないということですか?」
俺の疑問に所長はうなずく。
「もしくは魔法について知識が少ないから、設定されていないかのどちらかだ。イジンはこの世界について詳しく知らない、もしくは魔法を知らないから設定されなかったと考えられる」
所長の説明に納得できた。だけど、どのみち魔法が設定されていないことには変わりはない。
魔法が設定されるためにはナナミが所有者にならないといけないのだろうか。
俺が大国主からもらった武器だし、ナナミが所有者になるのもなぁ。
「今から魔法の設定はできないのですか?」
「私も魔剣になってから魔法を再設定できないのか研究をしているが、芳しくなくてな……」
ムツミの言っていた通り、魔剣はブラックボックスになっているようだ。
だからこそ研究しがいがあるのかもしれないけど。
「魔法の使えない魔剣なんて、意味がないように見えますけど」
「確かにそうかもしれん。だけど決めつけるの尚早だ」
「どういうことですか?」
「ナナミが主の所有者になれば別だが、君が主の所有者になるとする」
「はい」
「その場合、逆にこういう風に考えられないか?」
「というと?」
含みを持たせてから所長は続けた。
「漢字を多く知っているから魔剣にあえて魔法を設定せず、臨機応変に魔法が使えるようになっている、と」





