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僕たちは小学生ぶりに一緒に布団に入った。成人男性二人に一つのベッドはさすがに狭かった。もうあの頃とは違うみたいだ。


なのに兄はあの頃みたいに「はい。」と手を繋ぐことを促した。本気かよ、と思いながらも僕はその手に応じた。あの頃より随分男らしくなった兄の手と、僕らの絵面を想像して笑いが込み上げてきた。兄もどうやら同じだったようでクスクスと笑っていた。


「さすがに狭いなあ。」

「成人男性二人が手ぇ繋いで一緒に寝てるって。」

「ふふ、なかなか見たくない絵面だなぁ。」

「当事者でよかったよ。」

「それにしてもやっぱりお前は本当に綺麗な顔だなぁ。」

「なに、口説かないでよ。」

「いや、本当になぁ。」

「翔、父親に似てきたなぁ。」


父親のことは、僕はほとんど覚えていない。写真の中の父は綺麗な人だった。自分と似ているとは到底思えないが、兄が定期的にそう口にするのだから、きっと似ているのだろうと思った。


隣でまじまじと僕の顔を眺めていた兄は開いた方の手で僕の頭を撫でた。僕はそれを合図にしたかのように、兄の胸の中に顔を埋めた。兄はただただ頭を撫でた。由美子さんが小さい頃してくれたように。


「お前のせいじゃないからなぁ。」


頭を撫でながら言う。

引っ込んだはずの涙がまた込み上げて来て、僕は肩を震わせた。


「お前のせいじゃないよ。」

「ただ運が悪かったんだよ。」


我慢できなくなってしゃくりをあげてしまった。


「全部、神様のせいだからなあ。」


もう我慢する気もなくなって、子どもみたいにわんわんないた。


「けど、あの時、僕が、」

「大丈夫。」

「兄ちゃん。」

「うん。」


こうして抱き締められていると子どもに戻ったような気になり思わず兄ちゃんなんて呼んでしまった。兄の顔は見えないが、ただただ優しく頭を撫でてくれたのだった。





あの時もそうだった。14年前、母が死んだ時。

当時僕は6歳で、兄は12歳だった。今より小さい僕は、今より小さい兄と手を繋ぎ、胸の中で泣いていた。ただただ優しく撫でてくれた兄が突然僕のおでこにキスをした。


「え、何今の」


ぽかんとする僕に対してにこにこしながら


「お母さんのマネ」


と兄は答えた。

母は生粋の日本人のはずなのにやたらキスをしてくる人だった。小学生にあがるころには恥ずかしくなり拒否していたのだった。拒否していたことを後悔している僕を見透かしたような兄の行動に涙がさらに溢れた。泣き止まない僕のおでこと頬に兄は何度もキスをした。そして、


「それは、お母さんやらなかった。」


口にキスをされたときに僕は睨むふりをしながら言ってやった。二人して可笑しくなってケラケラ笑ったのだった。そしてもう一度、「お母さんのマネ」ではないキスをした。



この奇妙な行為は暫く続いたが、母への悲しみが癒えて行くに連れて自然となくなった。そしていままで思い出すこともなかった。





キスをしてほしい。


キスなんて彼女の葵と数え切れないほどした。けれど、「お母さんのマネ」のキスを、そしてそのあと「お母さんのマネじゃない」キスをしてほしい。

男女のそれみたいなねちっこい欲望じゃない、ただ純粋な愛情の。


しかしもう僕たちはあの頃とは違う。子どもどうしのじゃれあいで許される時期はとうに超えてしまった。

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