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#7

 放課後、私と克之、それに湖浜先輩の3人は、校舎の3階にある空き教室で向かい合って座っていた。うちの学校もご多聞たぶんに漏れず、少子化の影響でいくつも空き教室がある。

 机や椅子は教室の後ろ側に積み上げられて、前側3分の2はガランとしている。そこに椅子が3つ、輪になるように並べられていた。

「部を新しく作るって聞きましたけど、具体的にはどんな部なんですか?」

 私が先輩に質問する。質問というより、尋問じんもんみたいな口調になっちゃったけど。

「ルアーフィッシングを中心に活動する部にしようと思ってるの。その方が女子の入部も見込めるでしょ?」

 湖浜先輩は動じる様子もなく、ニッコリと笑って言った。

 そこに克之が質問を挟む。

「でも先輩、新しい部を作るって言っても、そんな簡単に行くんですか?」

 そうそう! メンバー集めとか顧問の先生とか、色々あるじゃない。

「そうね…」

 湖浜先輩も少し考え込む様子を見せた。

「…うちの学校では、部として認められるためには最低4人の部員が必要だから、人数が集まるまでは同好会として活動しましょう。顧問の先生については、理科の平岩先生に根回ししてあるし」

 ちょっと、手回しが良すぎない?

 しかし、克之は困った様子でさらに続ける。

「でも、オレエサ釣りもやりますし、ルアー専門っていうのはちょっと…」

「分かってるわ。ルアー中心なのはあくまで部活動の時だけで、和泉君のプライベートの釣りにまで口を出す気はないもの。和泉君だって、ルアーをまったくしないわけじゃないんでしょ?」

 むう、しないどころか、私のお父さんにも勝ってるくらいだし…。

「…それに、これからは私もルアーだけじゃなくて色々な釣りをしてみたいし。プライベートで和泉君が教えてくれると嬉しいんだけど」

 湖浜先輩は脚を組み替えながら、克之に満面の笑みを向けて言った。私は克之の視線が湖浜先輩の脚の辺りを落ち着きなくさまようのを見逃さなかった。

 克之、この世に未練はもう無いみたいね?

「い、いやそれは、まぁ…」

 克之が口の中でゴニョゴニョと言う。

「なんか普通に釣りに興味がある人より、先輩目的の男子がワラワラ集まりそうな部じゃありません?」

 私は先輩への皮肉と、克之に対する牽制けんせいを込めてそう言った。

 克之はハッとしたように先輩の脚から目を逸らす。

 ええ、もうバッチリ手遅れですからね、克之。

 先輩は私の言葉に、克之から私に向き直ってやんわりと答えた。

「そうね。そういう本来の活動目的と違う理由で入部しようとする人達を選別するために、簡単な入部試験はしようと思ってるわ」

「入部試験?」

「そう。主に実技の」

 そう言って先輩はニッコリ笑う。

 すごい。何がすごいって、自分目的の入部希望者がいる可能性をまったく否定しないのがすごい。

「それは、釣りが下手な人は入部させないってことですか?」

 先輩の言葉に、今度は克之が不満そうな声で質問した。

「ううん。あくまで釣りに対する『真剣さ』を見たいだけ。技術的な面は云々《うんぬん》しないつもりよ」

「なるほど…」

 納得したのか、克之はそれ以上追及しない。

「…手伝ってくれるわよね?和泉君」

 湖浜先輩は克之の方に身をのり出してそう言った。

 あざとい。あの潤んだ目、あざとい!

「そちらの、川原さん…だっけ? あなたも問題ないわよね?」

 先輩が私に向き直って言う。

 ぐぬう… 既に言質げんちを取られていて反論できない。私は納得いかなかったが、仕方なしに頷いた。

 もう! 何なのこれ。全部先輩の思惑おもわく通りにコトが進んでる。

「ところで…」

 視線を克之と私の間で行ったり来たりさせながら湖浜先輩は続ける。

「2人って付き合ってるの?」

 まさかの核心を突いた質問に不意を突かれた。誤魔化ごまかすことも咄嗟とっさにはままならない。

 私がワタワタしていると、意外な人から意外な言葉が飛び出た。

「そうです」

 たった4文字。

 その声は慌てた様子でも困ったような様子でもなく、まるで道を尋ねられて答える時のような、ごく何気ない調子だった。

 そう宣言した克之の顔には、柔らかい微笑が浮かんでいる。

「ふーん…」

 先輩が私達の顔を交互に見比べた。

 そして私と目が合うと、お気に入りのオモチャを見る子供みたいな顔をして囁くように言った。

「…そうなんだ」

 



 枕元の時計が23:00を指した。

 眠気は訪れない。

 私は今日あったことを思い返して歯軋はぎしりしたい気持ちに駆られる。

 まるでシナリオが用意されていたかのような、見事なまでの湖浜先輩の段取り。

 私は何一つ抵抗できず、されるがままだった。

 それよりなにより、私は今日大事なものを1つ失っている。


 釣りをする克之の隣を独占する権利。


 釣りという、克之にとって大切な要素を繋がりにしてそばにいるという立場は、今日の朝までは確かに私だけの物だった。少なくとも女の子の中では。

 なのにものの半日もしないうちに、私のその特権は侵略された。

 克之は先輩に対して、私が自分の彼女だということをはっきり伝えてくれたけれど、私自身は今日の自分と先輩の直接対決は惨敗ざんぱいだと認めざるを得ない。

 それに先輩の最後の笑顔。

 あの笑顔を思い出すと、克之の彼女という立場までもが危うい物に感じられて不安になった。 

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