#6
「釣り部を作る」
その言葉を聞いた時私の頭に最初に浮かんだのは、それが克之の苦し紛れのウソだっていう可能性だ。
大体、中学生の女子が釣りに興味を持つなんてことがもうまず信じられない。私みたいな特殊な場合を除いて。ましてや部活を自分で作ろうとするほどのめり込むなんて。
さらにその人が、まるで良家のお嬢様みたいなあの湖浜先輩だなんて話となると、もうこれは誰が聞いても信憑性ゼロだった。
でも次に考えたのは、克之がこういう場面でウソをつくような器用な人間じゃないってコト。一口に言って、克之は典型的な「頭がイイけど要領が悪い」タイプだ。騙し合いとか大人の駆け引きとか、絶対向いてない。
しかも今の話、作り話にしてはあまりに出来が悪い。ウソをつくにしても、もう少しありそうな話をでっち上げないかな?
私はまず前提条件の確認から始めることにした。
「湖浜先輩って、釣りするんだ?」
「先輩、お父さんがレインボーの管釣り経営してるんだって」
克之がさらっと口にした言葉が、頭の中でうまく噛み砕けない。
「レインボー? カンツリ?」
私はおうむ返しにその聞き慣れない言葉を口にする。
「ああ…。『レインボー』はニジマス、『管釣り』って言うのは、管理釣り場のこと」
克之が「そこからか」みたいな顔して言った。なんかムカつく。
「ニジマスの釣り堀みたいなもの?」
智也が群馬で行った釣り堀が頭に浮かんだ。
「うん。そうそう」
じゃあ、「ニジマス」に「釣り堀」でイイじゃん。何でわざわざ聞き慣れない言葉使うのよ?
「昔からあるみたいなエサ釣りの釣り堀以外に、最近はルアーやフライ専門のところもあったりするんだ。そういうところを、エサ釣りの釣り堀と区別して『管理釣り場』って言うことがある」
へー、そうなんだ。
「先輩のトコはルアー専門みたいだけど」
克之の言葉に何となくだけど納得した。
私もミミズなんかを使うのは苦手だけど、ルアーなら抵抗がない。それなら女子が釣りに興味を持つというのもギリギリ信じられる。ましてお父さんが経営しているというのであれば尚更。
よし。では第2段階の確認だ。
「それで、何で克之のところに釣り部を作ろうって話が急に来たわけ?」
私はちょっとイジワルな調子で克之に質問した。
「ユウが…」
ユウ? 池中君のこと?
「池中君がどうかしたの?」
「ユウ、湖浜先輩と同じ学習委員なんだ。一昨日の委員会の時、釣りの話ができる相手がいないって、先輩、ユウにこぼしたらしくて」
ああ。池中君、可愛い顔してるせいかやたらと年上のお姉さま達にチヤホヤされるからなぁ。
克之はちょっと困ったような顔になって続ける。
「それでユウが先輩にオレのこと話したらしいんだ。『うちの学校に、1人スゴイ釣りバカいますよ』って」
「それで先輩に克之の釣りバカっぷりが知れたと…」
自分で八つ当たりと知りつつ、私は刺々しい口調で克之に言った。
「そ、そうらしい」
「ふーん。それで先輩、今朝克之のトコに来たってわけだ?」
「…そう」
むう。なんか一応話の筋は通ってる。今のところ克之を責めるポイントもない。
「それで?」
私は少し語調を和らげた。
「え?」
克之はポカンとした顔で聞き返して来る。
「だから、何て返事したの?」
一番気になるのはそこだ。
克之は肩をちょっとすくめて答えた。
「考えさせてくれって言ったよ。なんか、先輩が作りたいのってルアー専門の部らしいし。オレ、エサ釣りもするからなぁ」
克之の答えにホッとした反面、なんでハッキリ断らないのかという不満も感じる。
「で、どうするの? 受けるの? 先輩の頼み」
「だから少し考えるって。部活って言っても、オレだって勉強とかあるし」
克之は少しムッとした様子でそう言った。そして急に視線を逸らして口ごもる。
「そ………、それに、お前と会う時間だって欲しいし…」
声がだんだん小さくなる。
克之、いいんだよ? そういうことはもっと大きな声で言っても。なんなら屋上から町じゅうに響き渡るくらいの大声で言っても。
内心、珍しい克之のデレ反応にニンマリしながらも、私の中で天の邪鬼な気持ちが首をもたげた。
「ふ~ん? そんなコト気にしないで手伝ってあげればイイのに」
克之の顔を下から覗き込みながら、からかうように言う。
「な……………!?」
克之が顔を真っ赤にして何か言いかけた瞬間、透き通った涼やかな声が私達2人の間に割って入った。
「あら、良かったじゃない? 和泉君」
私と克之は同時に声の主の方に視線を向ける。
腕を組みながら階段に通じるドアに寄りかかっていたその人は、非の打ち所のない美貌を備えた顔に微笑みを湛えてじっと私達を見つめていた。
「可愛らしいガールフレンドにお許しをもらえたみたいで…」
湖浜先輩はそう言いながら私に勝ち誇ったような視線を向ける。
言質を取られた。
私はそのことに遅まきながら気付く。
「い、いや先輩、あの………」
克之が慌てて何か言いかけるのを、先輩の言葉が遮った。
「昼休みに相談の続きしたかったのに、和泉君どっか行っちゃうんだもん」
上目遣いに克之を見ながら、甘えたような声で先輩は言う。その手がまるで迷子のように、克之の制服の裾をきゅっと掴んでいた。
その光景に私の体内警報が一気に最大レベルに跳ね上がる。
この人、油断ならない。