#5
一時間目が終わった後、みっちが私の席までやって来た。克之はチャイムと同時にそそくさと教室を出て行って、既にその姿はない。
まあ、いつまでも逃げ切れるワケがないのは本人も分かっているコトだろうし、今は泳がせておいてあげる♪
「ねえねえ!今朝湖浜先輩、和泉に何の用だったんだろうね?」
みっちがワクワクした様子で早口に捲し立てる。みっち、こういう話大好物だからなぁ。
「みっち、あの先輩知ってるの?」
なるべくさりげない雰囲気を装ってそう尋ねた。
「うん、2年の湖浜先輩。あのとおりキレイなヒトだから、かなり有名だよ」
うん。それは素直に納得できるなぁ。
「あのムネだから、男子達にも人気だし」
うん。なんか納得行かないなぁ。
「そんな人が朝から和泉の所に来るなんて、一体何の用だろ?」
みっちは私の顔をイタズラっぽい表情で覗き込みながら、からかうような口調でそう言う。
「な、何よ?」
私は思わず動揺した。何か、みっちに心の中を見透かされたような気がして。
そんな私の様子に気付いてのことなのか、みっちはさらに気になるコトを言う。
「和泉ってさ、普段大人しいっていうか、目立たない感じだけど、周りに絶対流されないトコあるじゃん?ああいうのイイって思う女子、いないとは限らないよね」
ギクリとした。交友範囲が広いみっちがそう言うってコトは、何か具体的な根拠があるのだろうか?
「だ、誰か和泉のコト、好きなコいんの?」
みっちは目を細めてニッと笑った。
「私が和泉にホレてるって言ったら、瑞季どうする?応援してくれる?」
答えに詰まった。咄嗟に言葉が出て来ない。
そんな…。みっちが克之のコトを好き?そんなの私どうすればイイの?やっと出来た親友が、よりによって自分の彼氏を好きになるなんて…。
ところがそんな私の動揺をよそに、みっちは突然楽しそうに笑い出した。その声に、クラスの視線が私達に集まる。
みっちはおっと、とばかりに口に手をあて、声を潜めた。
「じょ~だんだって。親友の好きなオトコ、横から取ったりしないよ」
「わ、私別に!!!」
思わず私が出した大きな声に、再びクラスの視線が集まる。
みっちの顔は、いかにも「やれやれ」といった感じだ。そして、まるでお姉さんみたいな優しい笑顔になってそっと囁いた。
「瑞季って、ホント分かりやす過ぎ」
さすがの私にも分かった。もう弁解とか言い訳とか、全部ムダだって。顔がトマトみたいに赤くなってるのが、自分でも分かる。
下を向いて、何と返事をすればいいのか考えていると、みっちが私の耳元に口を寄せて囁いた。
「でも、もしホントに湖浜先輩が相手だったら、うかうかしてられないよ。瑞季」
みっちにああ言われてまでうかうかしているほど、私も呑気じゃない。
二時間目の授業中、私は「昼休み、屋上に来て」と書いたメモを克之の手元にずいっと突き付けた。
こういう時呼び出す場所って、体育館裏とかプールの脇とかの方が良かったのかな?
克之は恐る恐るといった感じでメモを開くと、怯えた仔犬みたいな目で私を見る。カワイイけど赦してあげない。
克之はノートの端を破り取ると、背中を丸めて何か書き付けた。そして、まるでホオジロザメに手で餌をやるみたいなおっかなびっくりの仕草でノートの切れ端を差し出して来る。ホントに噛み付いてやろうかな。
私はジロリと目で克之を威嚇してからノートの切れ端を開いた。
゛かしこまりました。仰せの通りにいたします。゛
うむ、殊勝である。情状酌量の余地は僅かながら残っておるぞ。
昼休み、私は約束の場所に先に着いて克之を待ち受けた。
早く来なさいよね、克之。この季節、風がもうかなり冷たいのよ?
私が思わず自分の両腕をさすり始めた頃になって、ようやく克之が姿を現す。きっとエッチな本の隠し場所がバレた男子って、みんなこんな顔をするに違いない。
「遅い」
私はわざとぶっきらぼうな声で言った。
「わりぃ」
「…私が訊きたいことは分かってるよね?」
克之は私と目を合わせない。
「……えっと、………うん、多分」
「じゃあ、話を聞かせて?」
私は極上の笑顔で催促した。
克之は私の顔を見て明らかにビクッとする。みっちといい克之といい、ホント失礼だよね。
「…部活の相談された」
咄嗟には克之の言葉の意味が理解出来なかった。
「部活?」
「うん…」
克之は私から目を逸らして困ったような顔をしている。
今さら確認するまでもなく、克之は部活に入っていない。ていうか、入っていたことすらない。
「湖浜先輩って、何部なの?」
「帰宅部」
克之が即答した。
何なの?私をおちょくってるの? これは情状酌量取り消しかな。
克之も会話が噛み合っていないことに気付いたらしく、慌てて補足する。
「あ、湖浜先輩、新しい部を立ち上げたいんだって。それで相談に乗って欲しいって…」
へ?新しく部を作る?
それで克之に相談って…。 それってつまり。
「何部を作るの?」
私は半ば答えの見えた質問を口にする。
そして、やはり克之の答えも予想通りだった。
「先輩、釣り部を作りたいんだって」




