#3
メリーディアの店内は、いつも通り私とみっちの2人きりだった。
このお店は住宅街の中にある小さな個人経営のケーキ屋さんで、販売がメイン。けれど店の片隅に小さな2人掛けのテーブルが2つあって、その場でコーヒーや紅茶と一緒にケーキを食べることができる。
私はティラミスにアッサムティー、みっちの前にはモンブランとキリマンジャロが並んでいる。
「はわ~」
みっちはモンブランを前に幸せそうな溜め息を洩らした。
「みっちって、ホントにケーキ好きだよね」
私は思わず苦笑いしながら言う。
「な、違うよ!? 私はここのケーキが好きなだけだよ?」
うんうん、そうだよね。この前、ラベ.ステに行った時は「あんま美味しくない」って呟いて2つしか食べなかったもんね。あ、店のお姉さん、みっちが注文する前からお代わりのフルーツショートとカスタードシューの用意してる。
「そんなことより瑞季、一つ聞いていい?」
話逸らしたな、みっち。
「怒んないでよ?」
そう言いながら、みっちは少し不安そうな顔をした。
「分かった。怒らないから言ってごらん?」
みっちを安心させるために極上の笑顔で言う。
「うっ… その笑顔、かえってコワイんだけど…」
フォークをくわえながら、上目遣いでみっちが言った。
失礼だな… 克之と同じコト言って。
「いいから言いなさい」
思わずこちらも真顔になる。
「は、はいぃ!」
みっちがシャキーンと背筋を伸ばした。ホント失礼だ。
「うんっとさ………、み、瑞季と和泉って、ぶっちゃけどうなの?」
それを聞いて、私は思わず拍子抜けした。
「なんだ。今さらそんなこと?」
「少し前に噂になってたアレって、ホントにデマなの?」
「当たり前じゃん。英語で分かんないトコあったから、ちょっと和泉に訊いただけだよ」
そう私が答えても、みっちの目は納得いってなさげだ。最近、何か疑われるようなことあったっけ?
「何で急にそんなコト訊くの?」
「別に急でもないよ?」
みっちはコーヒーを啜りながらケロリとして言った。
「知りたがってるのは、私じゃなくて男子どもなんだよね。どっちかって言うと」
え? どういうコト?
キョトンとする私に、みっちは大仰に溜め息をついて見せる。
「瑞季、あんた自分がすご~くカワイイってコトに気付いてる?」
みっちはそう言うと、お店のお姉さんをチラリと見た。
お姉さんはニッコリ笑って、既にスタンバイ状態になっていたお代わりのケーキが乗った皿を差し上げる。
なんだろう、このコワイくらいの阿吽の呼吸。
「一時期、瑞季と和泉が噂になったことあったじゃん? それで他の男子どもは様子見してたわけだけど、当の和泉はずっと否定してるし、噂はうやむやになるしで、そろそろアンタ狙いの男子どもが焦れ始めてるってワケ」
お姉さんが空の皿の代わりに、フルーツショートとカスタードシューが乗った皿をテーブルに置く。
「最近私と瑞季が仲イイのを見て、男子どもがうるさく私に言ってくんのよ。『川原に彼氏いるのか訊いてくれ』って」
え? え?…それってつまり…。
「言っとくけど、2人や3人じゃないからね。私にその質問して来んの」
みっちがカスタードクリームのついた唇でにっと笑いながらそう言った。
「じゃあいいや。和泉のコトは置いとくにしても、瑞季、誰が気になってる男子とかいないの?」
みっちの表情が少し真剣になる。
「わ、私、今あんまりそういうの考えてない…」
しどろもどろで、私はやっとそれだけ答えた。
「ま、瑞季らしいっちゃらしいか」
少し呆れたような笑顔でそう言いながら、みっちは私の口許にフルーツショートが一切れ乗ったフォークを差し出した。
よし。受けて立つ。
パクっと差し出されたフォークを口に入れながら、私は心の中で勝ち誇っていた。
どうだ克之。あんまりこのカワイイ彼女をほっとくと、他のイケメンと浮気してやるぞ!
今にして思えば、嵐の前の静けさだった。