#21
克之が再び私から離れて行った後、同じ場所で釣りを再開したが、しばらくは空白の時間が続いた。
向こう岸の先輩にも時折目をやるが、こちらと同様2匹め以降は苦戦している様子だった。
反時計回りに池の周囲を少しずつ移動しながら釣りを続ける先輩は、釣れない時間が積み重なって行くのに従って徐々に焦りの表情を浮かべ始める。
この場所を知り尽くしているはずの先輩があんなに苦戦しているなんて、よほど今日のコンディションが良くないんだろうか。
先輩はかなり焦りが出てきている様子だが、そこに行くと私は元々釣れないのがデフォの人間。私1人が釣れていないのならともかく、先輩も同じ状況なら焦りは感じない。
まして数の上では現状先輩と並んでいるのだ。
ウフフ。もしかして、今精神的には私の方が有利だったりするのかな?
それにしても、経過としては先輩が1匹釣るたびに私が追い付くという展開で、まだ私がリードを取った場面はない。もしここで一時的にでも先輩をリードすることが出来たら、きっと合格に近付ける…。
さっき克之に「これは勝負じゃない」と注意されたけど、ここまで頑張って食らい付いて来たんだもん、少しくらい欲張りたいよね。
私は「釣れなくなったと感じたら、思いきってカラーを変えろ」という克之の言葉を思いだし、ウォレットを取り出した。
歌でリズムを取っている以上、スプーンの重さを変えたらタナに影響する。ここはカラーだけを変えた方がいい。
次は金色の2.9グラム。
私は素早くスプーンを交換し、岸際から順に沖に向かって探りを入れていく。
アタリが無くても焦らない。「釣れなくて当たり前」と自分に言い聞かせれば冷静でいられる。
ふと、向こう岸から渋い顔で私を見つめている先輩と目が合った。
あれ、もしかして「歌なんか歌って余裕じゃない」とか思われてる? 先輩、これリズムを取るための苦肉の策なんですケド…。
何か意図したわけでもないのに、心理上の相対的な優劣が私に傾いているのを感じる。
そうこうしているうちスプーンが届く範囲を1通り探り終えたが、魚の気配はまったく感じられなかった。
私は最初に入った島に近い場所に目をやる。
克之も更に池の周りを時計回りに進んでいて、今はその場所には誰も入っていなかった。
よし、もう一度場所を変えてみよう。
私は元の場所に戻ると、さっきと同様に池の周囲にキャストする。さっきと変えるのはリーリングの時に口ずさむ曲だけ。
カウント3で表層付近、カウント6で底の近く。池の右側、左側、手前。
丁寧にあらゆる箇所を探って行くが、キャストするたび私のスプーンは何事もなく平穏無事に手元に戻って来た。
まあ、無事に帰って来るのはいいことだけど、たまには魚を連れて帰って来てよ。
どうやら完全に状況が変わった。
見れば先輩ですらが、戸惑ったような表情で手を止めて立ち尽くしている。この池を良く知っている先輩をも混乱させるような変化が、今何かしら水中で起きているんだ。
私は自分も釣りをする手を止めて、水面を見つめながら考えを巡らせた。
スプーンのカラーチェンジ、場所の移動、タナの選別、リーリングのスピード。試せる要素は1通り試した。これ以上工夫できることがあるとしたら何だろう?
私は首を捻りながら冗談半分に呟いた。
「もう後は神頼みかな?」
無意識に呟いたその自分の言葉が、つい何時間か前の記憶を呼び覚ます。
神頼み…、お祈り…、祈願………。
「合格祈願のお守り」
そうだ、車を降りる時に克パパがくれた「合格祈願のお守り」。あれって一体何だったんだろう?
私はベストの胸ポケットにしまっておいた紙包みを取り出すと、そっと開いた。
「何だろう、これ?」
包みから出てきたのは、見たことのないタイプのルアー。
金属製のワイヤーシャフトに、小さな穴が開けられた楕円形の金属板と、円筒形の金色をした真鍮製のパーツが通された作りになっている。
今まで見たことがないのにも関わらず、それがルアーだと分かったのは、円筒形のパーツの下にトラウト用のバーブレスフックが取り付けられていたからだ。
もう1つ気付いたことは、このルアーが新品ではないこと。大事に使われていたみたいだが、よく見ると無数の細かいキズがついている。
私が釣りの手を止めたのを訝しんだのか、克之がこちらに歩いて来た。
口を開いて何か言いかけるが、私が手にしたルアーに気付くと、眉を寄せて不思議そうにじっと見つめる。
「それって…」
克之は確信が持てないのか、首をかしげながら呟いた。
「…モンスターハンター?」




